少女とたからもの
電車を複雑に乗り継いで家路につく。
日が傾き始めた土手は人の数も徐々に減り、少し涼しくなった風が吹いていた。
疲れた足を憂鬱ながらに引きずり、家を目指す。
あの場所からなら電車一本で楽々できるのだけれど、万が一つけられていて、
安易に住処を特定されては堪らない。
それこそ鍵のかかっていない箱の中に、木偶人形が宝物をぶら下げた状態だ。
「………ちっ」
冗談じゃない、と僕はむきになって足を強く踏み出した。
みすみす豚親父共のオヤツに成り下がってたまるかよ。
「これ」を抱えたままだろうが、僕は生き延びてみせる。
………そもそも、なんで「これ」はここに、僕の体に埋め込まれている?
非常に稀少で、常世のものとは思えない美しさを持つ、人魚の目。
これを手にした人間は、過去においても両手で数えられるほどしかいないとか、そうでないとか。
だから信憑性はないが、人魚の目を埋め込んだ人間は、身体中から力が沸いて仕方ないとか、そうでないとか。
曖昧な話ばかりだが、そんな魅力を携えたこれを偶然手に入れたとき、僕は一気に浮わついた。そして困惑した。
いつだれに奪われてしまうか分からない。こんな稀少な品物を。
どうすれば?どうやれば豚共の手から守れる?
冷静さを失った僕は、唐突に移植を持ちかけてきた胡散臭い眼鏡男の話すら
鵜呑みにした。
そして気がつけば、人魚の目は僕の体に埋め込まれていたのである。
あの眼鏡男のことはよく分からないままだ。僕の体や人魚の目に傷一つ付けずに
移植する方法を知っていたし、何より金をさほど請求してこなかった。
よく考えれば怪しいことこの上ないのだが、以来異常は全く見られないし、
そればかりか箱庭の悪魔の武器まで容易に扱えるようになっていた。
ので深く追求することをやめた。命を狙われること以外は、問題はない。
「…はあ」
正直、あの一時の焦りに駆られて目を移植したのはどうかと思う。
できれば穏便にくらしたいものだ。
でも、今ここで一人の僕が足を止めることはできない。すぐ後ろに死が迫っている。
記憶の中の妹を見つけ出す。そのために、僕は、生き長らえ、箱庭の終わりを見届けなければならない。
「マツリ……」
「……あの」
「……」
「あの…!」
「マツリ「あの!!!」「?!」
服の裾を低い位置から引かれ、声に驚いて振り向くと、声の主であろう少女が小さく叫び肩をならした。
「………あ。やっぱり違った…。」
春色のワンピースを着たふわふわの髪の少女は、どうしようという色に瞳を染め、それは今にも泣き出しそうに震えている。
ただしそれは片目だけの話で、右の目は白い眼帯に隠れていてその状態を知らない。
「……どうしたの?」
戸惑いながらも、とりあえず僕は少女を刺激しないような一言を絞り出した。
少女はおそるおそる手を離すと、今度は自分のワンピースの裾をきゅっと
握りしめ、涙を堪えた瞳で僕を見つめた。
こんなに可愛らしい少女が一人でどうしたというのだろう。
…そう、可愛らしい、のだ。誰が見てもそうだろう。
幸いというか辺りはすっかり人気も無くなったが、僕がこの少女を泣かせているように見えないだろうか。
真面目に大学生をやれていないだけに、やけに世間の目は気にするようになった。
「私…たからものを盗られちゃって。」
…盗られた?盗まれたって事か?
「ずっと、盗った人を探してこの道を歩いてきたんです…そうしたら、あなたから、盗った人と似てる匂いがして…それで…」
「成る程ね…。」
こんな少女からものを盗るなんて、大人気ないというか、人としてどうなんだソイツ。
「ごめんなさい、でも、全然あなたに似てなかった。
後ろから見たときも、違うなって、ちょっと思ってたんです…。」
相手が相手なら、そうですか、気の毒ですね、では。でこの場を失礼したいところだが、相手の、しかも少女が今にも泣き出しそうなのだ、放っていくほど僕は酷い人間じゃない。
…にしても…匂い?
この子匂いが分かるのか、っていう点はひとまず保留にして、やっぱり気にかかるのは箱庭の品々の匂い。もし探し物が箱庭の品なら、狙われるのも合点がいく。
「もしかして、君のたからものって言うのは、箱庭のものだったりするのかな…?」
ビンゴの様だ。僕の問いに少女は驚いた様子で口が開いたままになっている。
「その匂いがそれなら、僕は箱庭の品物に関しては人より少し詳しい。それに、
同じようなやつらの事も知っているから、君が探しているやつも見つけられるかも。ちょっと天気が気になるし、帰りは送るから、一度僕の家に寄らないかい?」
言い切ってから、面倒な事言っちゃったなあ、と後悔したが、時既に遅し。
少女の希望を湛えてきらきらと輝く瞳は、嬉しそうに僕を見つめていた。
「ありがとう…おにいさん。」
ここまでご覧下さり、本当にありがとうございました。




