05 山岳民と魔法薬
白雪姫の追跡に騎士団が向かってから二日が経過していた。
執務室の重厚な扉が開き、報告に戻った騎士たちが姿を現す。その全身は木の枝に引っ掛けられ、泥と汗に塗れて見る影もなく汚れていた。
「――報告いたします!」
隊長格の騎士が、片膝をついて深々と頭を下げた。その顔は蒼白で、重い失態を犯した恐怖から小刻みに震えている。
「姫殿下は今なお逃亡中にございます……! 途中で手引きしたと思われる山岳民の集団と合流し、そのまま旧鉱山地帯へと逃走されました。
複雑に入り組んだ廃坑の奥深くへと入られたため、現有の捜索戦力では追跡不可能と判断……一時撤退し、ご指示を仰ぐべく戻ってまいりました!」
室内を重苦しい沈黙が支配する。騎士たちの頭の中には、過酷な処罰の光景が浮かんでいた。冷酷無比な『氷の王妃』のことだ。任務失敗の咎で、即座に降格か、あるいは監獄へ放り込まれても不思議ではない。
だが、クレメンティアが口を開き、放った言葉は予想とは全く異なるものだった。
「――白雪は、生きているのだな?」
「は、はい! 山岳民どもの支援を受けておりましたので、少なくとも怪我等はなく、無事である可能性は極めて高いかと存じます……!」
「……そうか。それならば大変結構だ」
クレメンティアは書類から視線を外し、疲弊しきった騎士たちへ静かな眼光を向けた。
「ご苦労だった。過酷な原生林と坑道での捜索、よく無事で戻った。次の命があるまで、隊を率いて十分に休息を取りなさい」
「……え?」
思わず、騎士の口から間抜けた声が漏れた。
怒号も、詰問も、懲罰もない。それどころか、まるで鉄と氷で作られているかのようなあの冷酷な王妃から、労いの言葉すら掛けられたのだ。
「なにか不服か?」
「い、いえ! めっそうもございません! 直ちに下がるようにいたします!」
騎士たちは狼狽しながら礼をとると、逃げるように執務室を辞していった。机に戻り、何事もなかったかのように書類へ目を落とす王妃を、まるで狐につままれたかのように呆然と見ることしかできない。
一方、扉が閉ざされた室内で、クレメンティアは静かにペンを置いた。
白雪姫を安全に保護するため、クレメンティアはその後も腕利きの使節や対話に長けた官僚を、幾度となく山岳民の集落へと派遣した。
だが、事態は一向に改善しなかった。
「王城に戻れば王妃に殺される」と固く信じ込んでいる白雪姫と、王国の法と税制から長く取り残され、納税能力も低く、王都から逃れてきた貧民や脱税者、ならず者まで受け入れてきた山岳民たちは、使者の対話要求をことごとく拒絶。王宮の使者が接近するたび、網の目のように張り巡らされた廃坑の奥深くへと隠れ潜んでしまうのだった。
王妃の意図した「安全な身柄確保と対話」という合理的シナリオは、現地の人々の過剰な警戒心によって、ことごとく破綻し続けていた。
「……埒が明かぬな」
深夜の私室で、クレメンティアは溜め息混じりに額を押さえた。
「これは……妾自身が直接現場へ行くしかあるまい。しかし、妾が豪奢な衣を纏い、護衛を連れて赴いたところで、妾を『冷酷な毒婦』と信じて疑わぬ白雪は、またしても全力で逃げ出すに決まっている。……相手に警戒されず、物理的に至近距離まで接近する手立てはないものか」
その独白のような嘆きに応え、鏡の表面が怪しく揺らめき、低く無機質な音声を響かせた。
『――お答えします。対象に視覚的警戒心を抱かせず接近するための外部ライブラリデータが存在します。「一時的に容姿を老年化させる変装薬」の調合レシピを出力可能です』
「……何?」
『処方プロセスを表示します。蒸留水120グラム、マンドラゴラの乾燥粉末20グラム、不純物を除いた紫の魔石4グラム……』
鏡の表面に、まるで怪しげな煉金術の処方箋のような化学組成と手順が次々と浮かび上がっていく。
鏡が突如としてデータを出力し始めたことに、クレメンティアは一瞬呆然としながらも、その数式と成分表を鋭い眼光で精査し始めた。




