7話 《過去改編》を取得する
ダンジョンでスライムを倒した。モンスターが消滅した後に残されたのは、米粒ほどの小さな魔石が二つと、古ぼけた銅貨が数枚だ。
俺はそれらを拾い上げ、手のひらで転がした。
魔石は一つ数十円、銅貨はそのまま五十円くらいの価値しかない。
自動販売機のジュース一本すら買えやしない。それでも今の俺にとっては、命を削って手に入れた貴重な収入源だ。
俺は念じるようにして、それらを「アイテムボックス」へと仕舞い込んだ。
アイテムボックスは、探索者なら誰もが持っている魔法の収納スペースだ。
魔石や硬貨、モンスターの素材などは、不思議なことに無限に収納できる。
だが、武器や防具、その他のアイテムには厳しい制限がある。その個数はレベルに依存していて、レベル9の俺なら三個までしか保持できない。
ちなみに、俺が今使っているショートソードはサイズが大きすぎてボックスには入らない。
アイテムボックスに入れられるアイテムの大きさにもレベル制限があるのだ。おまけにダンジョンと無関係な私物は入れられない決まりになっている。
今の俺のボックスには、魔石と硬貨の他には緊急用のポーションが一個入っているだけだ。なんともさみしい中身である。
実は、ギルドは銅貨の買い取りを行っていない。
アイテムボックスに入れた銅貨は、百枚貯まると自動的に銀貨へと変わる仕組みだ。
銀貨が一枚五千円相当で取引されているので、逆算すれば銅貨の価値は五十円程度ということになる。
同じように、金貨は銀貨百枚(五十万円)、白銀貨は金貨百枚(五千万円)というレートで変換されていく。
これらの硬貨は、ダンジョン内の特殊な施設や無人販売所などで通貨として使える。
地上での使い道はほとんどないし、溶かして地金にしようとしても、価値が下がるだけだ。
かつて、これらを偽造しようとした馬鹿な連中もいたらしいが、ことごとく失敗に終わったという話を聞いたことがある。
魔石と銅貨を回収した俺は、再び暗い通路の奥へと足を向けた。
しばらく進むと、通路の先からカサカサと不快な音が響いてきた。
現れたのは、第一層の定番モンスター、大百足だ。
体長は一メートルほど。節くれだった茶褐色の外殻が、不気味に光を反射している。
「俺が虫嫌いだったら、今ごろ悲鳴を上げて逃げ出してるところだぜ」
俺は重心を低く構え、大百足が鎌のような顎を鳴らして突っ込んでくるのを待つ。
奴が飛びかかってくる瞬間、俺は思い切り懐へ潜り込み、剣を斜め上に突き出した。硬い外殻を滑り、柔らかい節の隙間に刃が食い込む手応えが伝わる。
「ギチチッ!」
嫌な鳴き声を上げる大百足を無視して、俺はそのまま剣を引き抜くと同時に、土魔術を起動した。
「土弾!」
放った土の塊が大百足の背中に直撃し、外殻を粉砕する。《虫特攻》スキルの補正が乗っているのだろう、一撃ごとに確かな手応えがある。俺は怯んだ巨躯へ踏み込み、無防備な腹部を一気に切り裂いた。
ドロリとした緑色の体液を撒き散らし、怪物は砂が崩れるような音を立てて魔素へと還元されていく。
後に残ったのは、やはり数十円でしか売れないちっぽけな魔石だけだった。
「……ふぅ。ったく、割に合わない労働だぜ」
その時、俺の脳内に『レベルが上昇しました』という無機質なアナウンスが響いた。
久しぶりのレベルアップだ。
最後にレベルが上がったのは、まだクランに所属していた去年の九月頃だったか。
当時は雑用ばかりで、ダンジョンに潜る機会なんてほとんどなかった。今はソロで挑んでいるが、月に数回の探索では経験値なんてたかが知れている。
それでも俺がダンジョンへ通い続ける理由は、レベルが上がった際、稀に「固有スキル」が発現することがあるからだ。
それは一般スキルとは一線を画す特殊な力だ。一流と呼ばれる探索者は、例外なく強力な固有スキルを手にしている。
発現率は五人に一人。引き当ててもハズレである可能性だってある。だが、学歴も職歴もない俺のような人間が人生を逆転できる唯一のカードが、固有スキルなのだ。
人生の先が見えないこの生活を抜け出すには、探索者として成功するしかない。
終末世界なんて呼ばれる時代に、高校中退でまともな職にもつけず、底辺を這いずる日々。未来に何の希望もない俺みたいな人間は、そんな「万が一」に縋ることでしか、今日を生きられないんだ。
俺は静かに、心の中で「ステータス」と呟いた。目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
【名前】 北條緋呂
【年齢】 24歳 【レベル】 Lv10
【HP】 132/184
【MP】 110/168
【攻撃】 124
【防御】 113
【敏捷】 120
【理力】 106
【技力】 111
【幸運】 107
【SP】 367
【武装スキル】 《剣術 Lv2》《投術 Lv2》《体術 Lv1》
【魔術スキル】 《火魔術 Lv2》《土魔術 Lv1》
【固有スキル】 《過去改変 F》
【一般スキル】 《回避 F》《追撃 F》《索敵 E》《虫特攻 E》《編集 E》《料理 E》
【耐性スキル】 《魔術耐性 E》《貫通耐性 E》《斬撃耐性 E》《精神耐性 E》《毒耐性 E》
レベルが10に上がっている。これでようやく、全てのステータスが100を超えた。
ステータスは元々の身体能力への補正値だ。一般的な成人男性の平均が100程度と言われている。
つまり、元の身体能力にステータスの値が加算される仕組みだ。今の俺なら、一般人の倍近い運動能力を発揮できる計算になる。
一桁レベルの頃は運動が得意な人程度でしかなかったが、ようやく探索者らしい力が備わってきた。
もっとも、この力が発揮されるのは魔素が満ちているダンジョン内やその周辺だけだ。
レベルがいくら高かろうが、魔素の無い地域へ行けば一般人と同様になる。
――だが、そんなことは、今の俺にはどうでもよかった。
俺は、自分の目を疑った。
「……固有スキルを、取得している?」
ステータスウィンドウの下の方。そこには、俺が何年も夢に見続けた文字が、はっきりと刻まれていた。
固有スキル――《過去改変》。
一瞬、頭の中が真っ白になった。
俺はその意味を理解しようと、薄暗いダンジョンの中で長いこと立ち尽くしていた。




