5話 フリーターはダンジョンに行く①
クランを解雇されてから、早いもので二ヶ月が経った。
今の俺の生活は、週のほとんどをバイトに費やしている。ダンジョンに潜ることなんて、月に二回くらいしかできていない。
ソロで安全に歩けるのは、せいぜい第一階層までだ。必死に魔物を倒して魔石を換金しても、入場税やら機材の維持費やらで、稼ぎのほとんどが消えていく。
手元に残るわずかな小銭を見るたび、自分の価値ってこんなもんなのかと、惨めな気持ちになった。
この二ヶ月、大手クランには片っ端から履歴書を送りつけた。だけど、返ってくるのはいつも同じ結果だった。
「誠に残念ながら今回は採用を見送らせていただくことになりました」
見飽きた定型文だ。画面越しの冷たい拒絶を感じる。
世間では深刻な探索者不足なんてニュースが毎日流れていて、政府も若手探索者を育てようと補助金をつぎ込んでいる。
需要はあるはずなんだ。
どこもかしこも、人手は足りていないはずなんだよ。
それなのに、それなのに、どうして俺の居場所だけがないんだ。
「なんで俺は、どこにも採用されないんですかねえ!」
ある日の深夜、俺は誰もいない自室で天井に向かって叫んだ。
世の中には「人手不足」と「就職難」が同時に存在する。
そんな資本主義のバグみたいな矛盾した真実を、俺は身をもって知ることになった。
一つ賢くなったかもしれないが、お腹はちっとも膨らまない。
冷静になれば、雇う側の理屈も理解はできる。
俺のような、中途半端に年を食った低レベルの経験者を教育し直すより、まっさらな十代をゼロから仕込む方がずっと安上がりで将来性もある。
合理的だ。ああ、合理的すぎて涙が出てくる。
五月の大型連休は、遊び半分でダンジョンに潜る学生探索者たちでごった返していた。
今の第一階層は、お世辞にも「探索の場」とは呼べない惨状になっている。
一階層は魔物も弱く、大した稼ぎにはならない。だから、ここにいる連中のほとんどは遊び感覚の「お客さん」だ。
Tシャツにスニーカーなんて軽装で、キャッキャと騒ぎながらスライムを追い回している。
中には友達と連れ立って、バイト感覚で二階層や三階層まで足を伸ばして小金を稼いでいる連中もいる。
若さゆえの無鉄砲か、それとも才能の差か。彼らにとってダンジョンは、スリルを味わえるちょっとしたレジャー施設のようなものなのだろう。何が言いたいかというと、とにかく連休中のダンジョンは混みすぎて話にならないのだ。どこへ行っても人、人、人で、魔物よりも人間の方が多いんじゃないかと錯覚する。
おまけに入場制限がかかることも珍しくない。一階層は人が多くて魔物の取り合いになり、効率は最悪だ。
暇な学生が多いから朝から深夜まで人が途切れない。魔物一匹を仕留めるのにも、学生たちの行列に並ぶようなストレスがつきまとう。
結局、この時期はダンジョンへ行く頻度を減らして、バイトに時間を費やすことになる。
連休が終わり、ようやくいつもの日常が戻ってくると、いつもの生活に戻る。
そして、五月が終わり、俺も二十四歳になった。
年齢を重ねたところで、俺の生活には何の変化も起きない。
前のクランでは、ダンジョン探索なんてほとんどさせてもらえなかった。あいつら、俺に雑用ばかり押しつけやがって。まともに戦わせてもらえない環境で、レベルが停滞するのは当然だった。
六月になっても相変わらず、週のほとんどはバイトに消える。ダンジョンに行けるのはたまの休日だけだ。
ソロで第一階層をうろつき、雀の涙ほどの魔石を拾う毎日。俺に残された道は二つに一つだ。
一生フリーターとしてその日暮らしをするか、唯一の特技である探索者を続けて、いつか一発逆転を狙うか。
答えは、最初から胸の中にあった。俺はまだ、諦めたくないんだ。だから、俺はダンジョン探索を止められない。
そして、うだるような暑さが忍び寄る七月がやってきた。
まだ夏休み前ということもあって、平日の午前中ならダンジョンは驚くほど静かだ。
俺は重い腰を上げ、一人でダンジョンへと足を向けた。
俺が住んでいるアパートは、E級の糟屋ダンジョンまで徒歩でわずか二分弱の距離にある。
ダンジョンの入り口に近い場所は魔素が濃くて、たまに部屋の中にモンスターが自然発生することさえある。
そんな物騒な場所に住みたがるのは、俺みたいな金のない貧乏人くらいだ。
おかげで家賃は激安だけど、部屋にゴキブリじゃなくてスライムが出てくるのだ。
アパートを出て少し歩くと、すぐに見慣れた大穴が見えてくる。
地面にぽっかりと開いた、巨大な陥没の底にダンジョンの入り口があるのだ。
直径二十メートル、深さ十メートルほどの穴の底に、ダンジョンへとつながる階段が設置されている。
かつて、政府が重機を投入してこの穴の正体を暴こうと掘り返したことがあったらしい。
だけど、どれだけ深く掘り進めても、そこからは普通の土しか出てこなかったという。
結局、物理的なアプローチでは何も解決しなかった。
今ではこの穴のすぐ下を地下鉄が走って、何も知らない人たちが日常を運ばれている。
非日常の入り口のすぐ下を、圧倒的な日常が通り過ぎていく。まさに質の悪いジョークみたいな光景だ。
穴の周囲は厳重に封鎖されていて、探索者ギルドの詰め所が睨みを利かせている。
休日は家族連れや学生で賑わうこともあるけれど、平日のこの時間はガラガラで、受付に並んでいる人間すら一人もいなかった。
「次の方、どうぞ」
無愛想な職員に、手垢で汚れた探索者免許証を差し出した。
職員は機械的な手つきでカードをスキャンして、画面を確認すると、言葉もなく顎で階段を指差した。
「はい、認証されました」
「……どうも」
愛想のない返事をして、俺は穴の底へ続く鉄の階段に足をかけた。
この階段はギルドが設置したものである。
一歩踏み出すごとに、鉄が軋む高い音が穴の中に反響する。
穴の底にはダンジョンに繋がる四つある階段があった。その中から一つを選んでさらに下りる。
階段の底につくと、そこはもう異界だ。
日光が届かないはずなのに、壁一面に生えた発光苔がぼんやりとした青白い光を放つ、どこか幻想的な空間が広がっていた。
だけど、その美しさに浸っている余裕なんて一秒もありはしない。
俺は腰に下げた安物の剣の柄に手をかけ、五感を研ぎ澄ませた。
「よし……行くか」
自分に言い聞かせるように低く呟いて、俺は一層の暗闇が広がる奥へと踏み込んだ。




