4話 無職の嘆き
「……クビになった」
深夜のファミレス。ボックス席の向かい側で、中学からの友人である千葉一樹は、山盛りのホイップクリームが乗ったパフェをフォークで器用に掬い上げた。
「マジかよ。それ、なんて無理ゲー?」
千葉はそれを口に運ぶと、コーラで一気に流し込んだ。
小太りの体型を揺らしながらパフェを食う姿は、相変わらずどこか緊張感に欠けている。
俺が高校を中退してニートをしていた間も、こうして一緒にいた腐れ縁だ。今はゲーム会社で働いているらしい。
「……マジだよ。来月から来なくていいってさ。補助金が出なくなるからだって」
「ああ……お前、もうすぐ二十四だもんな。でもさ、次のクラン探せばいいじゃん」
千葉は他人事のように言った。それが余計に胸に刺さる。
「無理だよ。大手クランには片っ端から履歴書を送った。でも、全部書類審査でポイだ。一通だって面接まで辿り着けやしない。俺のレベル、お前も知ってるだろ?」
「えーと、確かレベル8だっけ?」
「レベル9だ! ……対して変わらねぇけど」
見栄を張って言い返したものの、心の中では虚しさが爆発しそうだった。
レベル8も9も、プロの探索者から見れば誤差でしかない。
世界中にダンジョンが現れてから、人間はステータスとスキルを手に入れた。
でも、レベル一桁なんて実質的に素人と変わらない。
ステータスを獲得していないプロの格闘家なら、レベル5の素人に普通に勝てる。
一般人と明確な差が出るのは、レベルが二桁になってからだ。
今の世界、町中にモンスターが湧くのは当たり前で、運転免許よりも探索者免許を持つ奴の方が多い。
普通のサラリーマンである千葉でさえ、探索者免許を持っている。
そんなペーパー探索者である千葉はレベルは6。プロを自称していた俺のレベルが大差はない。
プロとしてクランに所属してきたはずなのに、たまに趣味で潜る程度の一般人と数レベルしか変わらない。
それが、この一年間、俺が安全な場所で雑用ばかりを押し付けられてきた結果だった。
「履歴書に書ける職務経歴が、書類作成とスライム駆除だけなんだぜ。笑えるだろ。おまけに高校中退の俺に、まともな就職口なんてあるわけない。履歴書を出した瞬間に、シュレッダー行きだよ」
千葉は皿に残ったチョコソースをフォークでなぞりながら、「だよな……」とバツが悪そうに肩をすくめた。
その同情に満ちた目が、今の俺には何よりも辛い。
「絶賛、無職。社会の歯車からも弾き飛ばされた、元・探索者の北條緋呂です。よろしくな」
「……お前、その自虐、全然笑えねえよ。顔、ひきつってるぞ」
千葉が苦笑いを返す。
「探索者以外の、普通の会社はどうなんだよ? ほら、事務職ならいけるだろ。お前、パソコン打つの早いし」
「おいおい、冗談だろ。高校を中退した俺を、まともな会社が拾うと思うか? 採用担当が俺の経歴を見た瞬間に不採用通知を飛ばしてくるのが目に見えてる。今の世の中、中退の二十三歳なんて、モンスター以下の扱いなんだよ」
俺の止まらない愚痴に、千葉は黙り込んでしまった。
結局のところ、俺が生きていくには探索者のクランに滑り込むしかない。
だが、大手が欲しがっているのはレベル二十を超えた即戦力か、十代の若き才能だけだ。
俺みたいに中途半端に年を食った低レベルなんて、誰も見向きもしない。
かといって、前いたところみたいな補助金目当てのブラックな場所はもう御免だ。
毎日サービス残業をさせられて、最後は年齢を理由にポイ捨て。ふざけるなと言いたくても、誰に言えばいいのかすら分からない。
結局、俺自身に価値がないって突きつけられただけなんだ。
俺は投げやりな気分で、すっかり冷めきったコーヒーを一気に飲み干した。
「結局、今は日雇いのバイトで食いつなぎながら、ソロでダンジョンに潜るしかないんだよ」
「でも、ソロって効率悪いんだろ? 危ないし」
「ああ。昨日も一回、アパートの近くの糟屋ダンジョンに行ってきたんだけどさ」
そこは自宅から徒歩二分のE級ダンジョンだ。
「四時間潜って、魔石の換金代が二千四百円」
俺は盛大にため息をついて、会話を続けた。
「そこから入場料の『ダンジョン税』で千円引かれる。命がけで戦って、手元に残るのがたったの千四百円だ。今の俺の実力じゃ、ソロだと一階層をうろつくのが限界なんだ」
俺は盛大にため息をついて、会話を続けた。
「四時間で千四百円……。このパフェとコーラの値段と同じか。時給換算だと四百円以下……マジかよ。運営の調整ミスだろこれ」
千葉が絶句する。無理もない、これが俺の現実だ。
このダンジョンに運営がいるかどうかは知らないが、いるなら修正バッチを当てて欲しい。
「そうだよ。最近は弱い魔物の素材なんて二束三文だし、弁当はどんどん値上がりしてる。バイトを増やせば生活は楽になるけど、そうしたらダンジョンに行く時間がなくなって、レベルは止まったまま。レベルが上がらなきゃ、一生この千四百円から抜け出せない。まさに地獄のループだよ」
「なあ……探索者はもう諦めた方がいいんじゃないか?」
千葉が心配そうに言った。だが、俺は首を横に振った。
「バイトのままでもこの先はない。まだ探索者の方が可能性があるんだ。レベルが20くらいになれば、人並みに稼げるようになるはずだ」
「それまで何年かかるんだよ……」
「せめて固有スキルが取得できれば、話は変わるんだけどな」
この世界には、一般的なスキルの他に、特定の個人だけが持つ「固有スキル」というものがある。
基本的にはレベル5前後で手に入るらしいのだが、俺はレベル9になってもまだ手に入れていない。
それでも俺がダンジョンへ通い続ける理由は、レベルが上がった際、稀に固有スキルが発現することがあるからだ。
それは一般スキルとは一線を画す特殊な力で、一流と呼ばれる探索者は例外なく強力な固有スキルを手にしている。
発現率は五人に一人程度と言われている。それに固有スキルもピンキリで、取得したとしてもハズレの可能性だってある。
だけど、学歴も職歴もない俺のような人間が人生を逆転できる唯一のカードは、この固有スキルしかない。
未来に何の希望もない俺みたいな人間は、そんな万が一に縋ることでしか、今日を生きられない。
レベルは上がらず、金もない。将来を考えようとするだけで、真っ黒な闇に飲み込まれそうになる。
俺は空になったカップを、割れんばかりの力で握りしめた。
「……なあ、千葉。これって……もしかして…………俺の人生、完全に詰んでねえか!?」
俺の問いに、千葉はしばらく黙った後、ボソッと答えた。
「……とっくに詰みだね、それは」
千葉の容赦のない言葉が、夜のファミレスに虚しく響き渡った。




