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底辺探索者は《過去改変》で終末世界を改竄する  作者: モコタ
第三章 世界線の移動(2026年α)

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43話 紅白熊猫

 三階層を探索し始めてから二時間が経過した。

 横薙ぎに振った俺の剣が、ゴブリンの首を刎ねる。転がった首が石畳でバウンドし、霧となって消えていった。


 《索敵》で反応があったのは五匹。数こそ少ないが、連携の取れた嫌な動きだった。

 なんとか全滅させたものの、さすがに疲労が限界に近い。

 HPもMPも、そろそろデッドラインが見え始めていた。


「……レベルが13に上がったぜ」


 ゴブリンが落とした魔石を拾っていると、京極(きょうごく)淳史(あつし)が、隠しきれない高揚感を含んだ声で言った。

 早い。本当に、若さゆえの成長曲線というのは鋭利だ。

 俺とはたった五歳しか違わないはずなのに、レベルアップが早い。


 京極は空中に浮かぶステータスウィンドウを凝視している。

 傍から見れば、虚空に向かってパントマイムをしているような奇妙な光景だ。

 他人のステータスウィンドウは、鑑定スキルがなければ見ることができない。


「……まあ、少しは待ってやるよ」


 俺は肩をすくめ、彼の確認が終わるのを待つことにした。

 四人もいれば、しばらくの間は《索敵》を一旦切ってMPを温存してもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は冷たい壁に背を預けた。


 だが、それは致命的な油断だった。



「あっ!」


 突如として、佐々木が驚愕に目を見開き、通路の先を指差した。

 その視線を追うと、闇の帳を押し広げるようにして、巨大な影が近づいてくるのが見えた。

 鈍重そうな、しかし圧倒的な威圧感を放つ赤と白の斑模様。熊――いや、それは熊猫(パンダ)だった。


「あれは――紅白熊猫(レッドパンダ)! なぜ四階層の魔物がここに!」


 俺は思わず絶叫した。

 見た目こそ奇妙に鮮やかだが、その実態は体長二メートルを超える凶暴な肉食獣だ。

 特殊な魔法こそ使わないが、強固な火炎耐性を持ち、物理的な破壊力はゴブリンの比ではない。


 想定外の階層に魔物が出現する理由は、主に二つ。ハグレモンスターか、あるいはスタンピードの前兆だ。

 ハグレは単独で徘徊する例外個体であり、稀ではあるが目撃例は少なくない。

 対してスタンピードは、下層の魔物が上層へと押し流されてくる大規模災害だ。

 深層の強力な種が群れを成して階層を駆け上がり、最終的には地上へと溢れ出す。一匹の出現だけでは判断がつかないが、どちらにせよ我々の手負える相手ではない。


 今回、《索敵》スキルが沈黙していたことが最大の痛恨だった。

 MPを温存しようと油断していたのだ。



 俺が驚愕で動けない間に、京極が反射的に雷撃の魔術を放った。


電撃矢(ライトニングアロー)!」


 白光の矢が紅白熊猫(レッドパンダ)の巨体を貫通する。魔物は苦悶の咆哮を上げたが、決定的なダメージには至っていないようだ。

 それどころか、その一撃が獣の凶暴性を煽ってしまった。火炎だけでなく、雷に対しても相応の耐性があるのか、あるいは単純に生命力が桁違いなのか。

 クランに所属せず、ネット上の断片的な情報しか持たない俺には、その詳細を測る術がない。


(勝てない……)


 本能が、そして理性が即座に撤退を命じた。俺は肺腑の空気をすべて吐き出す勢いで叫んだ。


「全員、逃げろッ!」


 絶叫と共に身を翻し、俺は二階層へと続く階段を目指して疾走した。

 階段さえ登り切れば、通常の魔物は追ってこられない。

 だが、こいつがもしスタンピードの先触れだとしたら、その法則すら無視して追いすがってくるだろう。それでも、地上まで逃げ延びることができれば、ギルドの職員が控えているはずだ。


 背後からは仲間たちが必死に逃走する足音が聞こえてくる。

 俺の号令に遅れることなく反応したようだ。魔物の追撃はまだ始まっていない。

 先ほどの動きを見る限り、奴の速度ならば十分に振り切れるはずだ。このまま全力で走り抜ければ、きっと――。


 階層を繋ぐ階段が視界に捉えられた。あと十メートル。


 ドンッ!


 突如、背中に凄まじい衝撃が走った。不意に、後方から強い力で突き飛ばされたのだ。

 平衡感覚を失った俺は、石畳の地面へと顔面から激しく滑り落ち、無様に転倒した。


 必死に顔を上げると、視界の端を佐々木祐樹が猛スピードで駆け抜けていくのが見えた。

 続いて京極淳史が、俺の存在など端からなかったかのように無慈悲に通り過ぎていく。先頭を走っているのは六角佳正だ。

 間違いなく、あいつらだ。俺を囮にして、自分たちだけが生き残る道を選んだのだ。


(くそっ、あいつら……絶対に許さない!)


 憤怒が脳を灼く。だが、立ち上がろうともがいた瞬間、背後の気配に振り返った俺の視界は絶望に染まった。

 紅白熊猫(レッドパンダ)の巨大な顎が、すぐ眼前に迫っていたのだ。

 鈍重だと思い込んでいたのはこちらの油断に過ぎず、奴は驚くほど身軽に距離を詰めていた。


 このままでは、死ぬ。全身の血液が氷結するような、圧倒的な死の予感。


(ステータスオープン!)


 震える意識でシステムを起動する。一か八かだ。この局面を打破できるのは、《過去改変》スキルしかない。

 目前に立ち止まった紅白熊猫(レッドパンダ)が、太い腕を振り上げる。


(《過去改変》発動!)


『過去改変A(TP:2P)』

『過去改変B(TP:5P)』


 二つの選択肢が脳裏に明滅する。迷っている時間などない。


(『過去改変B(TP:5P)』だッ!)


 紅白熊猫(レッドパンダ)の鋭利な爪が、俺の眉間を裂く直前。

 俺の意識は、猛烈な加速と共に因果の彼方へと跳躍した。


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