37話 佐々木祐樹α1・京極淳史α1・六角佳正α1
□ 佐々木祐樹α
僕は、子供の頃から絵に描いたような優等生だった。
親からも教師からも、輝かしい将来を疑いようもなく期待されていた。
親戚を見渡せば国会議員や医師が名を連ね、両親は共に検事を務める厳格な法曹一家。だから僕自身も、当然のように親と同じ道を歩むものだと信じて疑わなかった。
そんな僕には、七歳年上の兄貴がいた。兄貴の成績は中の上で、スポーツも芸術も特に目立つ才能はなかった。
そんな彼が大学受験に失敗して、滑り止めの地方大学へ行くことになったとき、親戚たちは「弟の祐樹に比べてあの子は……」なんて心ない比較をぶつけていた。
十代の頃の僕は、そんな周囲の空気に流されて、兄貴を少しだけ見下していた。「自分は絶対にあんな風にはならない」って、本気で考えていたんだ。
でも、風向きが劇的に変わったのはその三年後だった。
大学を中退した兄貴は探索者へと転身し、難攻不落と言われたC級ダンジョン攻略の立役者として、一躍「英雄」になったのだ。
国内トップクラスの探索者として国民的な尊敬を集める兄貴を前に、かつて彼をバカにしていた親戚たちは、手のひらを返したように称賛し始めた。
その光景を目の当たりにして、僕は「何が人生の正解なのか」が根底から分からなくなってしまった。
運命の高校三年、大学入学共通テスト。
僕のペンを持つ手が、突如として止まった。
このまま親の敷いたレールに乗って、東京の大学へ進んで本当にいいのか。その迷いが解答を鈍らせたのかもしれない。
結局、第一志望は不合格。僕はかつての兄貴と同じように、地方の大学へ入学することになった。
大学に入って、僕は真っ先に探索者免許を取った。
ダンジョンが日常になり、治安が悪化している現代じゃ、若者の免許取得率は自動車免許を上回るほどだ。
隣の韓国では徴兵制と一緒に国民全員に義務付けているくらい、生き残るための必須技能になってる。
そこで僕は、京極淳史と六角佳正という二人の友だちに出会った。
僕ら三人は、自分の身を守るため、そして小遣い稼ぎのバイト感覚でレベルを上げることに決めた。
それは、この激動の時代を生きる大学生として、ごく当たり前の選択だった。
□ 京極淳史α
俺は、どこにでもあるクソ平凡な家庭に生を受けた。
ガキの頃の俺は、近所のコンビニでダラダラと油を売る、救いようのないクソガキだった。
勉強なんて鼻で笑って、とりとめもない雑談に興じる毎日。だが、そんな自堕落な生活に終止符を打つ「ケツを叩かれる事件」が起きたのは、高校の時だ。
俺のジジイとババアが、卑劣な特殊詐欺のカモにされやがった。
長年積み上げてきた蓄えを、根こそぎ強奪されたんだ。警察なんてのは無能の集まりで、結局金が戻る見込みはゼロ。
年金だけじゃ食っていけなくなった二人は、俺の家に転がり込んでくるハメになった。
「ケッ、無知であれば、悪辣な人間に食い物にされる。それがこの世のクソッタレなルールだ」
腹の底から煮えくり返るような怒りが、俺のエンジンに火をつけた。奪われた金と平穏への復讐。俺は猛烈な勢いで机に向かい始めた。
元から地頭の良さと要領の良さだけはあったからな。学習にブチ切れた集中力で打ち込むと、成績は瞬く間に跳ね上がった。
結果、俺は現役で国立大学の法学部をブチ抜いて合格した。
この腐った世の中を渡り歩くには、知識という名の武器が必要だ。騙す側にも、騙される側にもならない。
俺の人生は、この大学のキャンパスから本格的に始まっていくんだ。
□ 六角佳正α
俺は、自分でも分かっているけれど、決して器用な性格じゃない。
大勢で騒ぐのは苦手で、特定の相手とだけじっくり付き合うタイプだ。
ただ、この大きな体格だけは親に感謝している。柔道に打ち込んでいた頃は、そのおかげで全国大会まで行けたからね。
勉強もそれなりに頑張ってきたし、周りからは「文武両道」なんてお褒めの言葉をもらうこともあった。
そんな俺がずっと一緒にいるのが、幼馴染の京極淳史だ。あいつは俺と正反対で、昔はやんちゃな奴だったけど、高校の時にある事件があってから猛烈に勉強し始めたんだ。
淳史から「勉強を教えてくれ」って頼まれた時は腰が抜けるほど驚いたけど、二人で机にかじりついた時間は、今となってはいい思い出だ。
結局、二人で同じ国立大学の法学部に合格することができた。
大学に入ってからは、佐々木祐樹という新しい友人ができた。俺たちはすぐに意気投合して、三人でダンジョン探索を始めた。
祐樹の兄貴が有名な探索者だってこともあって、あいつはどんどん深淵の魅力にハマっていった。俺ら三人は、講義の合間を縫って特訓を重ねたよ。
俺が探索者の道に惹かれたのには、理由がある。高校の時に付き合っていた彼女が探索者に転身したと知って、連絡を取り合っているうちに、この職業に強く興味が湧いてきたんだ。
それに、何より俺には、特別な力が宿っていた。
固有スキル《筋力強化》。MPを消費して、瞬間的に爆発的なパワーを生み出すスキルだ。
最初は普通のスキルで十分だと思っていたけれど、レベルが12になった時にランクアップして、実用性が一気に上がった。
誰もが持てるわけじゃないこの「特別な力」を、極限まで試してみたい。……正直、少し怖いけど、男なら一度は憧れるものなんだ。
ダンジョンが当たり前になったこの時代、大学に行く人は減り続けている。エリートコースにいる俺たちは、卒業さえすれば安定した成功が約束されている。
それでも、深い場所で富と名声を掴むという誘惑は、俺の心を激しく揺さぶった。
結局、俺と祐樹はますます探索にのめり込んでいった。
そして、文句を言いながらも淳史が俺たちに巻き込まれていくのも、いつもの光景だった。




