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底辺探索者は《過去改変》で終末世界を改竄する  作者: モコタ
第二章 《過去改変》の検証(2026年α)

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31話 お金がない

「すいません、レベルはいくつですか?」


 唐突に掛けられた声に、俺は足を止めた。

 振り返れば、そこには今風の格好をした女子大生風の二人組が、こちらを上目遣いに見つめていた。

 一瞬、これが巷で噂の「逆ナン」というやつか……なんて淡い期待を抱いた俺が馬鹿だった。



「……というわけで。情けない話ですが、武器と財布を丸ごとカツアゲされました」


 俺はギルドの受付カウンターで、楠木さんに事の一部始終を報告していた。

 美人局というか、おとり強盗というか……。


「ダンジョンに誘い込まれた瞬間にいかつい男が三人も出てきて……。完全に計画的な強盗ですよ」


 探索者として真面目に活動していたのに、この体たらくだ。

 自分の脇の甘さに、心底嫌気が差す。


「それは災難でしたね。お怪我はありませんか?」


 楠木さんは、困ったような表情で相槌を打ってくれる。


「怪我がないことだけが、不幸中の幸いです。ですが、武器を新調した直後にこの有様ですから、文字通りの一文無しですよ。あー、もう! 自分の不甲斐なさに、今すぐこの場から消え去ってしまいたい!」


 俺はカウンターに突っ伏したい衝動を必死に抑えた。

 新しく買ったばかりの剣は、まだ数ヶ月しか使っていない。

 それが今ごろ、どこかの中古屋に安値で叩き売られたかと思うと、悔しさで血の涙が出そうだ。


「残念ですが、ギルドが仲介した探索者間のトラブルならまだしも、野良の相手となるとこちらでは手の出しようがありませんから。警察も、この程度の軽犯罪では重い腰を上げませんし……。いいですか? これからは、見知らぬ相手には決して付いていかないこと。分かりましたね?」


 楠木さんの言葉に、俺はぐうの音も出ない。

 ただ小さく頷くことしかできない。


「分かっています……。ただ、彼女たちが『自分らはレベル十六なので三階層へ行きませんか』と誘ってきたので、効率的なレベリングの好機だと判断したんです。決して、若い女性二人組だったから鼻の下を伸ばして付いていったわけじゃありません。断じて、戦略的判断ミスです!」


「はいはい、分かっていますよ」


 楠木さんの生温かい眼差しが、一番胸に刺さる。

 多分、ダンジョンの奥で待ち構えていたいかつい男も含め、あの三人はレベル二十前後の探索者だろう。

 危険を冒してまで一流になる気はない「不良探索者」だ。自分たちより低レベルのカモを組織的に探している連中に違いない。


 一仕事を終えれば即座に拠点を移しているはずで、今更捕まえるのは至難の業だ。

 ダンジョン内の犯罪は警察ではなくギルドの管轄であるけれど、基本的には現行犯であるし、ある程度の目撃者の証言も必要だ。

 誰も見てないダンジョンの中でカツアゲされたという証言だけではどうしようもない。

 日本のダンジョンは治安が良いほうだと言われているが、この程度の事案はここでは日常茶飯事として処理される。


 結局、注意喚起のビラが一枚増えるだけで、奪われた装備も、踏みにじられた自尊心も戻ってはこないのだ。





 どんよりとした気分を全身で引きずったまま、俺はアパートの自室へと帰り着いた。

 玄関のドアを閉め、鍵をかける音さえも今の俺には重苦しく響く。


「……はあ」


 深いため息をつく。ギルドで楠木さんに絞られた説教が、まだ耳の奥でリフレインしていた。

 強盗まがいの連中におびき寄せられ、新調したばかりの武器と財布を丸ごと持っていかれた。

 自分の脇の甘さに、腹が立って仕方がなかった。とにかく、何かを腹に入れて落ち着こう。そう思い、俺は重い腰を上げて台所に立った。


 俺には《料理》というスキルがある。かつて探索者を始めたばかりの頃、半分ネタのような、あるいは将来役に立つかもという軽い気持ちで取得したものだ。

 だが今となっては、貴重なスキル枠をこんな趣味同然のものに割いたことを、激しく後悔している。

 もっと戦闘に直結するスキルを取っておけば、あんな路地裏で無様にカツアゲされることもなかったかもしれない。


「……いや、あるものは有効活用するしかない。自炊で生活費を浮かせるんだ」


 自分に言い聞かせ、気を取り直して古びた冷蔵庫の扉に手をかけた。

 これは亡くなった爺ちゃんの家にあった年代物で、俺がこの部屋を借りる時に譲り受けたものだ。正直、いつ壊れてもおかしくないシロモノだとは思っていたが――。


 嫌な予感は、最悪の形で的中した。


「……冷えてない。おい、嘘だろ……?」


 冷蔵庫内に手をかざしても、感じられるのは生温い、淀んだ空気だけだった。

 コンプレッサーのあの耳障りな振動音が消えている。

 爺さんの代から頑張ってきた機械は、どうやら今日、このタイミングで完全に沈黙してしまったらしい。


「冗談抜きで、勘弁してくれよ……」


 冷蔵庫を買い直すとなれば、安物を選んでも数万円は確実に飛んでいく。

 強盗に遭って装備を失い、さらにトドメを刺すように家電の故障だ。まさに泣きっ面に蜂。踏んだり蹴ったりという言葉すら生温く感じる。


「金がねえ……! 本当に、一円も余裕がないんだって!」


 俺は台所の床にへたり込み、頭を抱えた。

 視界の端で、中の食材が傷み始めた冷蔵庫が嘲笑っているように見えた。


 その時だった。ポケットの中でスマートフォンが激しく振動した。

 震える手で取り出し、画面を確認する。発信者はアンナからだ。


(明日のダンジョン探索に関する、最終確認の連絡だろうか……)


 これ以上悪いニュースは来ないだろう。

 そう自分に言い聞かせ、通話ボタンを押した。


「もしもし、アンナか。明日の件なら――」


『あ、ヒロ! あのな、ちょっと大事な話があんねん。実は……ウチのレベルが、さっき上がったんよ』


 スマホから聞こえるアンナの声は、どこか弾んでいた。


「……そうか、それはおめでとう。二人とも順調だな」


 仲間の成長は、本来なら喜ばしい。

 だが、アンナの続く言葉の歯切れの悪さに、俺は微かな胸騒ぎを覚えた。

 嫌な予感だけは、今日一日百発百中だ。


『それが……その……。ギルドの規定でな、レベルが上がると提示できる最低依頼料金も上がってまうねん。明日の探索分は据え置きでええけど、その次からは一回につき十二万円にさせてほしいんよ』


 十二万円。一気に三万円の値上げだ。

 その単語が、俺の空っぽの胃袋に鉛のように重く響いた。

 レベルが18に上昇したアンナは、もう四階層へ行くことも十分可能な実力者だ。

 それならば、俺から護衛料をもらって三階層で停滞するより、別のパーティに入って四階層へ行く方が経験値的にも良い。


 彼女たちの所属する『玄界灘GIRLS』はそれなりに大きいクランではあるけれど、護衛依頼に出せるメンバーは限られている。

 女性のみのクランという特性上、依頼は女性限定というメンバーも多いようだ。

 今の俺と共に三階層へ潜ってくれる、ちょうど良いレベルの代わりとなるメンバーはいない。


 値上がりした二人と共に無理をして三階層へ行くか、それとも契約を打ち切ってソロで二階層を探索するか。

 俺は即座に脳内で、残りの貯蓄を逆算した。強盗で奪われた装備品を最低限買い直すのに、十万円。壊れた冷蔵庫に数万円。

 明日の探索費用を差し引けば、貯金は三十万円の大台をあっさりと割り込む。


(待て……これ、生活費まで食い潰してないか?)


 ギルドから借金をするという手もあるが、それは最終手段だ。

 利息でクビが回らなくなってしまう。

 俺の理性が、これ以上の無理な出費に強烈な警鐘を鳴らしている。


「す、すまないが……」


 俺は震える声で、絞り出すように答えた。


「今の俺の状況では……明日を最後の依頼にさせてもらえないだろうか」


 そう告げるしかなかった。


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― 新着の感想 ―
おはようございます。 まさに『泣きっ面に蜂』ですなぁ…可哀想過ぎる。・(つд`。)・。
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