24話 アンナと絵里②
アンナと絵梨の二人を護衛に雇っての探索は、驚くほど順調に終わった。
ソロで潜っていた頃は二階層を突破するのがギリギリだったのに、プロの二人が隣にいるだけで、未知の領域だった三階層も危なげなく踏破することが出来た。
俺は改めて彼女たちの実力に舌を巻いた。
一日の探索を終えた俺は、迷わず契約の続行を決めた。
次回は一週間後、さらにその後も週二回ペースで定期的に予約を入れる。
これでようやく、レベリングが本格的に始動することになる。
もちろん、今のままでは護衛費用がかさみすぎて、いずれ金が続かなくなるのは目に見えている。
引き続きパーティメンバーの募集は続け、正式な仲間を揃えて三階層を安定して回れるようにするのが当面の目標だ。
それ以外の日は、少しでも経験値を積み上げるために、一人で二階層へ潜り続ける。休んでいる暇なんて、俺にはない。
その日の晩、俺は一息ついたところで友人の千葉に連絡を入れた。
「二人も護衛を雇ったのか? お前、そんなに金持ってたっけ」
画面越しの千葉が驚いたように眉を上げる。
「《編集》スキルを売ったんだよ。例の、高値で取引されてるって噂のやつだ」
「ああ、そういえばそんな話もしたな。即断即決かよ」
「将来への投資だよ。お前もいっそ、そのスキルを売ればいいんじゃないか?」
「馬鹿言え。俺はこいつを仕事のデバッグに使ってるんだよ。なくなったら商売あがったりだ」
千葉は少しだけ羨ましそうに溜息をついた。
「三階層か……。俺なんて、そもそもダンジョンに行く気力も湧かねえよ」
千葉は探索者としての俺のステップアップを素直に喜んでくれたが、その声にはいつもの元気がなかった。
画面越しでも、あいつの肩が力なく落ちているのが分かる。
「……俺の方はもう、散々だわ。夏のボーナスは全カット。それどころか、来月発売の新作がこけたら、うちの会社自体がマジでヤバいんだよ」
世界中がダンジョンに振り回されている今の時代、真っ先に削られるのは、いつだって娯楽だ。
まだまだ余裕のある金持ち連中は、安全な居住区で優雅に暮らしている。
だが、ゲームを遊ぶような一般的な庶民は、どんどん貧しくなっている。
モンスターの出現に怯え、明日の食費を心配する人々にとって、仮想世界の冒険なんて真っ先に切り捨てられる運命にあるのだ。
「ゲーム業界が衰退していくのは、悲しいけど分かる気がするな」
俺の言葉に、千葉は黙って頷いた。まだ業界が全滅したわけではないが、どこを見渡しても厳しい話題ばかりだ。
「……悪い、なんだか暗い話になっちまったな。お前はこれから三階層なんだから、しっかり稼いでこいよ」
俺たちはそれから少しだけ昔の思い出話をして、通信を切った。
それから一週間が過ぎた。相変わらず新しいパーティメンバーは見つからない。
俺はバイトで食い繋ぎながら、ソロでダンジョンの二階層に潜り、細々と経験値を稼ぐ日々を送っていた。
そして約束の当日、ダンジョン入り口での再会。そこには一週間前と変わらない、二人の姿があった。
「あ、ヒロさん! 久しぶりやないですか。今日もよろしくお願いしますね」
アンナが屈託のない笑顔で右手を挙げる。前回の探索で死線を越えたせいか、彼女の言葉からは他人行儀な壁が消え、懐に飛び込んでくるような気安さが混じっていた。
二度目の探索は、驚くほど濃密だった。三階層の魔物たちは相変わらず凶悪だったが、アンナの剣術はさらに冴え渡っていた。
彼女が前衛で荒れ狂う嵐のように敵を散らし、その後ろから絵梨が冷徹な精度で魔法を叩き込む。
俺はその隙間を縫うようにして、アンナが討ち漏らした敵の足止めに奔走した。
「ヒロさん、そこやで!」
通路に響き渡るアンナの鋭い叱咤。かつてはビジネスライクだったその声も、今は信頼の裏返しのように聞こえる。
俺の動きを信じているからこそ、容赦のない指示が飛んでくるのだ。実戦を繰り返す中で、俺たちの関係性は確実に変わりつつある。
三階層の奥へと進んでいると、通路の脇に不自然な鉄の塊が見えてきた。
ダンジョン特有の「自動販売機」だ。中には魔物がドロップする銅貨や銀貨を投入することで、様々なアイテムが出てくる不思議な仕掛けが施されている。
「あー、喉渇いたわ。ねえアンナ、一本買っていかない?」
「ええよ。ウチ、次はポーションにしとこうかな」
二人は慣れた手つきで自販機へと向かった。出てきたのは、透明な小瓶に入った低ランクのポーションだ。
ポーションには厳密なランクがある。この一番低いランクのものは、HPの回復量なんて微々たるもので、探索者の間では喉を潤すジュース感覚で飲まれることも多い。
それでも銅貨二十枚――日本円にして数千円相当の価値がある代物だ。
庶民の俺からすれば、ただの水分補給にしてはあまりに高級すぎる飲み物だった。
「もっと深い階層に行くと、ダンジョン専用の武器や強力な防具が売られてる自販機もあるんよ。いつかヒロさんも、そんな階層まで行けるとええな」
アンナがポーションを飲み干しながら笑う。
その後も探索は続き、俺は必死に二人の背中を追いかけた。流れる汗を拭う暇もなく、剣を振り、投げナイフを放つ。
一人で潜っていた頃には決して味わえなかった、極限の状態でのレベリングだ。
レベルアップのファンファーレこそ聞こえないが、筋肉の奥に熱い経験が蓄積されていく確かな感触があった。
こうして、二度目の探索は終了した。八万円の対価として得たものは、数字以上の価値を俺に刻みつけていた。




