23話 アンナと絵里①
ギルドに護衛依頼を出してから数日後。
俺はギルドの応接室で、依頼を引き受けてくれた『玄界灘GIRLS』のメンバーと対面することになった。
派遣されたのはレベル15とレベル17の二人組だ。一日の護衛代は合計八万円。決して安くはないが、三階層での経験値を得られると思えば、これは必要な経費と言えるだろう。
緊張で喉を鳴らしながら待っていると、控えめなノックの音が響いた。
扉が開き、二人の女性が入ってくる。一人は背が低く、キュッとした猫目が印象的な、活発そうな女性。
そしてもう一人は、眩いばかりの金髪に、透き通るような白い肌を持つ美少女だった。
まるでハリウッド映画のスクリーンからそのまま飛び出してきたような、白人女性だ。
その金髪の美女が、流暢な英語で俺に真っ直ぐ話しかけてきた。
「Hello! Nice to meet you. My name is Anna.」
いきなりのネイティブ発音に、俺は完全にフリーズした。
おいおいおい! 外国人なんて聞いてないぞ! 俺の英語力なんて、中学レベルの「アイアムアペン」で止まってるんだからな!
「ハ、ハロー。マイネームイズ、ヒロ・ホウジョウ。アイ、アイ、ドント……スピーク、イングリッシュ! ソーリー!」
絞り出すような日本人英語で応戦する。
すると、隣にいた小柄な女性が、お腹を抱えて吹き出した。
「あはは! ごめんね、今のはアンナのジョークよ。あんた、面白い反応するじゃない」
鈴を転がすような、でもどこか勝気でトゲのある高音ボイスの声の主は、猫のような目で俺を見上げていた。
「私は宇都宮絵梨。絵梨でいいわよ。んで、こっちのふざけた金髪が風間杏奈」
「……風間杏奈? 日本人の名前……?」
ポカンとする俺の前で、金髪の美少女が太陽みたいな眩しい笑顔でニカッと笑った。
「メンゴ、メンゴ! ウチ、こう見えて中身は生粋の日本人なんですわ。驚かせてしまいました? ウチのことはアンナって呼んでくださいね、ヒロさん!」
「アンナはハーフだから厳密には『生粋』じゃないんだけどね。英語も話せるけど、中身はコテコテの関西人よ」
絵梨が呆れたようにツッコミを入れる。
「細かいことはええやないですか! ウチは標準語と関西弁と博多弁を使いこなす、三ヶ国語のマルチリンガルですからね! どや、すごいでしょ?」
アンナは豊かな胸を張って、自慢げに鼻を鳴らした。
見た目は完全にハリウッドのスクリーンから飛び出してきたような美少女なのに、口を開けば親しみやすすぎる大阪のねーちゃんだ。このギャップ、属性過多にもほどがある。
「あ、はあ……よろしくお願いします。本当に驚きました」
「ふん、そんなに固くならなくていいわよ。あんたが依頼人なんだから、もっとどっしり構えてなさいな。まあ、私の方が年上なんだけどね?」
絵梨が少しだけ顎を上げて、お姉さんぶるように言った。
童顔で小柄だから年下かと思っていたが、俺の二歳上の二十七歳でレベル15。
対するアンナは俺の四歳下、二十一歳の若さでレベル17に到達しているという。
「二十一歳でレベル17……。かなりの有望株なんじゃないの」
俺が本音を漏らすと、アンナは嬉しそうに俺の肩をバシバシ叩いた。
「照れるやないですか! でもな、三階層は甘ないですよ。ウチがビシッと前で守ったげますから、安心してついてきてくださいね!」
二人は応接室のソファに、まるで自分の家かのようにゆったりと腰を下ろした。
その堂々とした振る舞いに、圧倒されそうになる。
『玄界灘GIRLS』に所属する二人の役割は明確だ。
アンナは《剣術 Lv4》を武器に、前線で縦横無尽に立ち回るアタッカーである。
一方の絵梨は、攻撃魔法と治癒術を使いこなす後衛のスペシャリスト。
「いい、北條くん。私が後衛だから、あんたにもしっかり働いてもらうわよ。依頼人だからって、後ろで鼻くそほじってられると思わないことね!」
絵梨がピシッと人差し指を立てて釘を刺す。このレベルの探索者を二人も雇うなら、本来は一日十万円以上が相場らしい。
それを今回、八万円という破格の値段に抑えられたのは、「依頼人自身も戦力として貢献する」という条件を俺が飲んだからだ。
彼女たちにとっても、今回の探索はレベル15の絵梨のレベリングを兼ねているという事情もあった。
「もちろんです。俺は自分の身は自分で守る。その上で、プロの背中を全力で追いかけさせてもらいます!」
「へぇ……ええ根性してますやん。気に入りましたで、ヒロさん!」
アンナが身を乗り出して、楽しそうに目を細める。
「よし……それじゃ、行きましょうか。三階層へ!」
▽
俺たちはダンジョンの三階層へと足を踏み入れた。
隣を歩くのは、アンナと絵梨だ。
レベル17と15という、今の俺からすれば格上の探索者である。
「よし、気ぃ引き締めていきますよ! ヒロさん、足引っ張ったら承知せえへんからね!」
アンナが元気いっぱいの関西弁で活を入れてくる。見た目はハリウッド映画のヒロイン、中身はコテコテの大阪人。
このギャップにも少しだけ慣れてきた。
「分かってますよ! 俺だって、ただ守られるだけの依頼人になるつもりはありませんからね! 見ててください、俺の華麗な立ち回りを!」
「ふん、口だけは達者ね。いい、北條くん。あんたはアンナが撃ち漏らした敵を必死に食い止めなさい。死にたくなければね」
絵梨が特徴的な高音でピシャリと言い放つ。厳しい言葉の裏に、プロとしての冷徹な判断と、わずかな気遣いを感じ取った。
二階層までは、まさに通過点だった。俺がソロで死に物狂いだった魔物たちを、アンナは散歩のついでに羽虫を払うような手つきで斬り伏せていく。
無駄のない足運び、最短距離を通る剣筋。それが《剣術 Lv4》の実力か。
「……ここからや。三階層、気ィ引き締めていきましょうね」
階段を下りると、空気の重さが一変した。
湿った土の匂いと、生き物の腐臭。初めて足を踏み入れる未知の領域に、心臓が早鐘を打つ。
「《索敵》……発動!」
俺は集中力を研ぎ澄ませ、《索敵》スキルを発動した。
暗闇の奥にモンスターの気配を感じる。
「……っ、来る! 前方二十メートル、角の向こうに三体! この反応……ゴブリン!」
「へぇ、ええ勘しとるやん! 絵梨、いくで!」
「言われなくても分かってるわよ!」
闇から現れたのは、二階層の個体より一回り大きく、醜悪な筋肉を盛り上がらせたゴブリンだった。
その手には錆びてはいるが、殺意の宿った鉄剣が握られている。
「ギギャアッ!」
先頭のゴブリンが跳ねるように襲いかかってくる。だが、アンナの方が速かった。
「遅いわッ!」
鋭い踏み込み。アンナの振るった長剣が、空気を切り裂く高音を奏でる。
一閃。ゴブリンの首筋を正確に捉え、一撃でその命を刈り取った。
「一匹! 次ィ!」
残る二匹が、仲間の死に激昂して左右から挟み撃ちを仕掛ける。
「させないわよ。電撃!」
絵梨が短く呪文を紡ぐ。彼女の指先から放たれた青白い稲妻が、右側のゴブリンに直撃した。
「ギャウッ!?」
全身を火花が駆け抜け、ゴブリンが硬直する。絶好のチャンスだ。
「そこだッ!」
俺は腰のポーチから投げナイフを引き抜き、放った。
ナイフは回転しながら吸い込まれるようにゴブリンの喉元へ突き刺さる。致命傷には届かないが、動きを止めるには十分だ。
「ナイスサポートや、ヒロさん!」
アンナが左の敵を斬り飛ばしながら、硬直した一匹へ肉薄する。
だが、その背後。壁の影から、もう一匹のゴブリンが潜んでいた。不意打ちだ。
「アンナ、後ろ! 影に潜んでる!」
「なんやて!?」
アンナが反応するより早く、俺は剣を抜いて地面を蹴った。ゴブリンの錆びた剣を強引に受け止める。
「ガアッ……!」
重い。腕が痺れるような衝撃が走る。だが、ここで引けば後ろの絵梨が危ない。
「なめるなよ……」
俺は歯を食いしばり、力任せに剣を押し返す。だが、ゴブリンの力もバカにならない。
競り合いの最中、ゴブリンが空いた左手で俺の脇腹を鋭い爪で引き裂いた。
「っ……あぐっ!」
熱い痛みが走り、服が赤く染まる。それでも、俺は剣を離さなかった。
体勢を崩したゴブリンの隙を逃さず、アンナの追撃が背後から突き刺さった。
「おおきに! よく耐えてくれましたね、ヒロさん! これでトドメや!」
アンナの流れるような旋回斬りが、最後の一匹を光の粒子へと変えた。
静寂が戻った通路で、俺は荒い息を吐きながらその場に膝をつく。
脇腹を押さえる手が、じわじわと温かい液体で濡れていく感覚があった。
「……無茶するわね、あんた。傷を見せなさい。死なられたら寝覚めが悪いでしょ」
絵梨が駆け寄り、治癒魔術の光を俺の脇腹にかざした。
淡い光が傷口を包み込み、俺のステータスウィンドウに表示されている《HP 159/273》の数値が少しずつ回復していく。
ダンジョン内で受けた傷は、現実の世界とは少し勝手が違う。傷口はすぐに塞がるし、失血死することなんてまずない。
とはいえ、痛みはしっかりあるし、HPが減れば体は重く、動きに制限がかかる。治癒魔術でHPが戻れば、その不調もきれいに解消される仕組みだ。
「ヒロさん、大丈夫なん? うちのフォローが遅れてしもて堪忍な。でも、今の連撃はめっちゃイケてたで!」
アンナが屈託なく笑いかけてくる。治癒魔術といっても、一瞬で全快するわけじゃない。
術士のレベルにもよるけれど、数十秒から数分かけてじわじわと戻るものだ。だからこそ、戦闘の合間の休憩と事前の準備が何よりも重要になる。
「じっとしてなさい! これくらい、あんたが勝手に動いた代償よ!」
高飛車な口調で、絵梨が俺を睨みつける。
「ごめん……でも、体が勝手に動いちまって」
「ふふ、ヒロさん、意外と騎士道精神ありますやん。見直したで! ウチに惚れてもええんやで?」
アンナが笑いながら俺の背中を叩く。レベル17の筋力は単純に力が強くて、「ぐふっ」と変な声が出た。
「……でも、今の《索敵》、助かったわ。事前に位置がわかると、魔法の照準が絞りやすいしね」
絵梨がそっぽを向いたまま、ボソリと呟いた。
素直に褒められると、なんだか鼻の下が伸びそうになるのを必死に堪える。
「ありがとう。でも、まだまだだよ。もっと強くならないと……」
「ええ心がけや。その意気なら、ウチらも教えがいがあるってもんですよ! ほら、次はもっと効率ええ剣の振り方、教えたげるから。ついてき!」
アンナが眩しい笑顔で先を促す。
魔石や素材は彼女たちの総取りという契約だから、俺の手元に金は残らない。
だが、代わりに得るものは大きいのかもしれない。プロの戦い方、スキルの実戦的な運用、そして三階層で戦えるという確かな手応えだ。
八万円という大金は、一日が終わる頃には、安すぎる授業料と思えるほどになっていた。




