22話 護衛依頼
探索者ギルドへと足を運ぶ。
掲示板を確認したが、案の定、俺のようなパッとしないソロ探索者とパーティを組もうなんていう物好きはどこにもいない。世の中、そんなに甘くないってことだ。
だが、今日の俺には別の目的がある。
「楠木さん、スキルの売却をお願いします」
楠木さんには、予備の《編集》を売ることを前日までに伝えてあった。
実は彼女とはお得意様というか、個人的な連絡先を交換している仲だ。
まあ、向こうにしてみれば営業の一環なのだろうけど、それでも俺にとっては素直に嬉しい出来事だった。
ギルドの受付でそう告げると、奥から厳重に梱包された「空のスキルオーブ」が運ばれてきた。
これ単体でもかなりの価値がある代物だ。俺は、百万円もの価値があるというその水晶体を、落とさないように慎重に握りしめた。
そして、抽出のキーワードを静かに唱える。
瞬間、手の中のオーブが激しく発光した。
俺の内側から何かが無理やり吸い出されるような、形容しがたい奇妙な喪失感が全身を駆け抜ける。
眩い光が収まったあと、ステータス画面を確認してみると、そこにあったはずの《編集 E》の文字が綺麗さっぱり消え去っていた。
代わりに、手元のオーブは淡い光を宿した《編集 F》へとその姿を変えている。
「間違いなく《編集》のスキルオーブですね。確かに買い取らせていただきます」
担当の楠木さんがプロらしい手つきでオーブを回収し、手続きを進めてくれた。結果、俺の手元には手数料などを差し引いた現金が転がり込んできた。
ギルドがこれをいくらで転売して儲けるのかは知らないが、空のオーブの値段を考えれば、市場価格は二百万円を軽く超えるはずだ。
だが、今の俺に未練なんて言葉は似合わない。
「……ありがとうございます、楠木さん。助かりました。これでようやく、勝負の土俵に立てます」
俺が深々と頭を下げると、楠木さんはいつも通りの落ち着いた微笑みを浮かべた。
「いいえ。ギルドの仕事の一つですから。お気になさらないでください」
手元にあるのは、自分のスキルを切り売りして手に入れた六十万円という大金だ。
不要だったはずの《編集》スキルが、まさかこれほどの元手になるとは思わなかった。棚ぼたで手に入れたあぶく銭は、腐らせる前に使い切るのが俺のモットーだ。
投資先はもう決まっている。自分自身の成長、すなわち最短距離でのレベリングだ。
《編集》スキルを失ったことに感傷を抱く暇なんて、今の俺には一秒だってありゃしない。
「楠木さん! ちょっとお願いがあるんです。レベリングを支援してくれるクラン、紹介してもらえませんか?」
俺の唐突な頼みに、ギルド職員の楠木さんは少し驚いたように目を細めた。
「三階層への本格的な挑戦をするんですか?」
「ええ。三階層を探索するために、腕利きの探索者を雇いたいんです。パーティメンバーが集まらないので………」
レベルを効率よく上げるには、自分の適正レベルに合ったモンスターを倒し続けるしかない。
レベル14の俺が本来挑むべきなのは、二階層ではなく三階層だ。
そうしないと、得られる経験値が目減りしてレベルが上がりづらくなってしまう。
普通なら同レベル帯の仲間とパーティを組んで挑戦するものだが、しがないフリー探索者の俺には、ソロで二階層をうろつくのが精一杯だった。
だからこそ、金という力を使って、無理やりにでも上のステージへ挑戦するのだ。
「いいんですか? 護衛依頼でしたら、回収した素材は相手に全部譲るのが条件になりますし、その上で高額な護衛料が必要になりますよ」
楠木さんが心配そうに首をかしげる。
その仕草がいちいち可憐で、真面目な話をしてるのにドギマギしちまう。
楠木さんの指摘はもっともだ。だが、俺の決意は揺るがない。
先ほど手に入れた六十万円のあぶく銭の使い道が今だ。
「百も承知です。相場は一人一日で四万円くらいですよね。二人雇って一日八万円……正直、胃に穴が空きそうな出費です。でも、《編集》を売った種銭と貯金を合わせれば、十五回以上はプロを雇える計算です!」
「……十五回。本気なのですね」
「背に腹は代えられません。貯金が底をつく前にレベルを二つ……いや、欲を言えば三つ上げられれば、探索者として独り立ち出来ますから」
レベルが17以上になれば、パーティを組んでくれる人も現れてくれるだろう。
大手クランからの声もかかるかもしれない。
俺が熱を込めて語ると、楠木さんは少しだけ微笑んで頷いた。
「分かりました。緋呂さんの覚悟、しかと受け取りました。こうした依頼を個人に出すとトラブルの元ですので、法人格のクランへ打診することになります。近隣で護衛を引き受けているのは……『菅原探索倶楽部』がありますね」
「あ、そこは却下で!」
「えっ……? どうしてですか?」
「一年前、俺をゴミみたいに解雇したクランに頭を下げて依頼を出すなんて、どんな質の悪い罰ゲームだよって話ですよ!」
俺が吐き捨てるように言うと、楠木さんは思い出したように乾いた笑いを浮かべた。
「……そうですか。では他には『北九州スカンクス』と『玄界灘GIRLS』が候補に挙がります。現状、すぐに動けるのはその二つだけですね」
『北九州スカンクス』……。あそこはガラが悪くて有名な、荒くれ者の集まりだ。
対して『玄界灘GIRLS』は、名前の通り女性だけのクランらしい。
護衛に呼んで、面構えの怖いオッサンが来るのと、華やかな女性が来るの。……男なら、答えは決まってるだろ?
「『玄界灘GIRLS』でお願いします!」
「ふ~ん。緋呂さんも、やっぱり男の子ですものね」
楠木さんが少しだけ悪戯っぽく目を細める。
「ち、違いますって! 下心とかじゃなくて、こう、総合的なリスクマネジメントの結果ですよ! 怖い人たちに囲まれて探索するより、精神衛生上いいかなって!」
「あら、そうでしょうか? 最近は『ダンジョン婚』なんて言葉が流行っているんですよ。それ目当てで彼女たちに依頼を出す方も多いのだとか」
「だから違いますってば! 楠木さん、俺のこと信じてないでしょ!」
「ふふっ、分かっていますよ。緋呂さんは、私がここへ配属されてからずっと、誰よりも真面目に潜り続けていますもの。冗談がすぎてしまいましたね。ごめんなさい」
……くっ、からかい上手の楠木さんめ。不意打ちの笑顔に、心臓が変な跳ね方をしたじゃないか。
だが、そんな風に俺を見ていてくれたことが、素直に嬉しかったりもする。
「それでは、正式に依頼を出しておきますね。良いご縁になるといいですけれど」
「……お願いします!」
楠木さんに『玄界灘GIRLS』への取次を頼み込んだ。
ギルドを出ると、表の空気はやけに熱を帯びていた。
大金を投じ、これまで必死に貯めてきた貯金が底を突くことには、正直かなりの抵抗がある。
普通の感覚なら、正気の沙汰じゃない。
けれど、俺には家族を救うためのタイムリミットがあるんだ。たとえスキルランクが今のままでも、止まっている暇なんてない。
ここから数ヶ月が、自分の人生を懸けた本当の大勝負になる。
ステータスやTPの残りを脳裏に描き、今後の計画を練る。今の俺にできるのは、過去と現在を繋ぎ、最悪の未来を書き換えることだけだ。
熱気に包まれた街並みを眺めながら、俺は一歩、その重みを噛みしめるように踏み出した。




