20話 探索者ギルド
探索者ギルド。ISG(国際探索者協会)なんて大層な看板を掲げて、世界中のダンジョンと、そこで命を懸ける探索者たちを一手に管理している巨大組織だ。
各国政府と密接に連携し、世界中に支部を置いて、魔石の買い取りから最新のモンスター情報提供まで、手広くサポートを行っている。
いわば、俺たち探索者にとっての役所であり、銀行であり、唯一の「居場所」でもある。
その重要な業務の一つが、探索者同士を繋ぐ仲介業――パーティの結成支援だ。
今の俺にとって、何よりも優先すべきは《過去改変》という、このデタラメな固有スキルのランクを上げることだ。
悠長に二年も三年もかけて、のんびりスライムと戯れている余裕なんてありゃしない。
効率よく磨くには、ソロで安全圏を這いずり回るんじゃなく、パーティを組んで背伸びした難易度のダンジョンに潜るのが一番の近道だ。
俺は素材を現金化するために、月に二回ほどのペースでギルドの門を叩いている。
探索自体は週に四回のペースだが、獲った魔石を小出しにするより、まとめて売却した方が手間もかからない。
そのついでに、ずっとギルドの掲示板に「メンバー募集」の依頼を出していたんだが……。
「……はあ、今日も空振りかよ。世知辛いね、全く」
掲示板を恨めしそうに見つめる俺に、カウンターの向こうから声が掛かった。
「北條さん、また募集の確認ですか? どこからも応募はないみたいですね」
カウンターの向こう側から、申し訳なさそうに、でもどこか親しみを感じさせる声が響く。声をかけてくれたのは、受付嬢の楠木さんだ。
今年の春に配属されたばかりの新人さんだが、年齢は二十六歳。俺より一つ年上の、落ち着いた雰囲気のお姉さんだ。
彼女は去年まで東京に住んでいたらしい。あそこは今や世界中の富裕層が「安全」を買い占める超一等地である。
家賃も生活費も爆上がりし、庶民が暮らすにはお話にならないレベルになった。
それで故郷の九州にUターン就職したという事情を、常連の俺は何度か話すうちに聞いていた。
「……まあ、そんなものですよねー!」
俺はわざとおどけてみせたが、心の中じゃ「ですよねー……」と、深海まで沈むような勢いで肩を落としていた。
分かってはいたんだ。分かってはいたが、現実はいつだって俺の期待を粉々に粉砕するのが趣味らしい。
この年齢でレベルは14。世間からの評価なんて、そんなものだろう。
もし俺が超有用スキルを公表していれば、今頃は大手クランからのスカウトが殺到して、選びたい放題だったかもしれない。
だが、俺は《過去改変》の存在を、絶対に隠し通すと決めている。
ギルドの鑑定で見抜けるのは「一般スキル」までだ。固有スキルは鑑定不能で、持ち主が自ら公表しない限り誰にも知られない。
有能なスキルを引いた幸運な連中は、ここぞとばかりに公表して、札束と名声を掴み取りに行く。
逆に、公表しない奴は「ゴミスキル」か「人に見せられないヤバいスキル」の二択だと思われているのがこの業界の常識だ。
二十五歳で固有スキルを隠している俺は、周囲から「スキルを取得できていない無能」と思われているに違いない。
ダンジョンでモンスターを倒すと経験値が溜まりレベルが上がる。
経験値というのは隠しパラメーターなので直接は確認できないが、確実に存在するというのがこの世界の常識だ。
そして、この経験値の入り具合は、無情にも年齢によって大きく変わってくる。
若ければ若いほど経験値の吸収は良く、二十歳を過ぎると、同じ修羅場を潜っても十代の頃より手に入る値が低くなる。
つまり二十五歳でレベル14っていうのは、プロスポーツ組織のユースチームに、二十代半ばの選手が居座っているようなもんだ。
監督なら、同じ能力なら将来性のある十代を試合に出して、経験を積ませて育成しようとするだろう。
俺のパーティメンバー募集が、上手くいかない理由がこれだ。
「……はあ。正直、年齢制限があるわけじゃないのに、この門前払い感はキツいですよ。楠木さん、俺の人生、このままソロ専で終わるんじゃないかって不安になりますよ」
「そんなに落ち込まないでください。……でも、北條さん。正直なところ、どこかのクランに所属した方が良くないですか?」
受付嬢の楠木さんが、心配そうに言う。
「どこも書類審査で落ちるんです。もう少し、あと数年だけでも若ければ………」
「十分、お若いじゃない。二十五歳なんて、世間じゃまだピチピチの若手ですよ?」
楠木さんは優しく笑うが、探索者の世界じゃその『世間』が通用しない。
確かに二十五歳は、世間一般じゃまだ若手って呼ばれる年齢だ。
問題なのは、その年齢に見合った「強さ」があるかどうかだ。
「探索者業界じゃ、賞味期限切れ扱いなんですよ。二十五歳でレベル14なんて、新規で雇う物好きがいると思いますか?」
俺が自虐的に言うと、楠木さんは少し考え込むように首を傾げた。
「でも、登録だけなら誰でも歓迎っていうクランもありますよ? そういうところなら……」
以前、中堅のクランに所属していたことがある。
だが、そういう場所には厳しい年齢制限があったり、実力主義という名の搾取があったりする。
以前いたところがまさにそれで、一年勤めてレベルはたったの二つしか上がらなかった。
雑務ばかり押し付けられて、肝心のダンジョン探索はろくにさせてもらえない。あんな場所に戻るくらいなら、ソロでダンジョンに潜った方がよっぽどマシだ。
「……そっか。そんな苦労をしてたんですね。北條さんは真面目だから、余計に損をしちゃったのかも」
楠木さんの瞳に同情の色が混じる。
大手のクランには、履歴書を送ったそばから書類審査で落とされている。
彼らにとって、この年齢でレベル14の俺は「成長の止まった不良品」にしか見えないんだろう。
かといって中堅以下のクランは、探索者を使い捨ての駒としか思っていない真っ黒な噂が絶えない場所ばかりだ。
安定した給料って響きは、喉から手が出るほど魅力的だ。
けど、またあの頃みたいに掃除や荷物持ちの雑務だけで一日が終わるなんて、論外だ。
俺は《過去改変》のスキルランクを上げるために、ダンジョンに潜ってレベルを上げないといけないのだ。
「やっぱりソロで潜るしかない、か。レベルが上がれば、掲示板のメンバー募集だって少しは説得力が出るはずだしな」
「無理して倒れたりしないでくださいね。北條さんに何かあったら、私も寝覚めが悪いですから」
楠木さんが冗談めかして言う。その一つ年上のお姉さんらしい余裕というか、包容力のある笑い方に、俺の単純な心臓はドクンと跳ねた。
「……うわ、それは効くな。美人にそんなこと言わせといて、手ぶらで帰るわけにはいかないですよ」
「ふふ、期待してますね。パーティメンバーの件、私の方でもそれとなくアンテナを張っておきますから。良い応募があったら、すぐに連絡しますね」
「ありがとうございました。また、来ますね」
「はい。またいらしてくださいね」
背中に届く彼女の声は、営業スマイル全開だと分かっていても、とびきり可愛く聞こえた。
現金なもんで、ギルドに通う理由が一つ増えただけで、暗いダンジョンへの恐怖が少しだけ和らいだ気がする。
これからは毎週、いや、潜るたびに彼女の顔を見に来よう。
そう心に決めて、俺はギルドを後にした。




