19話 《過去改変》4回目
スキルにはクールタイムというものが存在する。
それはスキルを使用した後に、一定時間そのスキルが使えなくなる制限時間のことだ。
戦闘系のスキルなら数秒から数十秒、強力な魔術でも数分程度で再使用できるのが一般的だろう。
固有スキルの中には、数日間のクールタイムが必要なものもあるとは聞いていた。
しかし、《過去改変》のクールタイムは、それらとは比較にならないほど桁違いに長かった。
一ヶ月――つまり三十日間だ。
これだけチートじみた固有スキルなのだから、それだけの制約があって当然だろうと自分を納得させた。
一ヶ月にたった一度きりのチャンス。その一回が、俺の人生を根底から変えるための、極めて重要な一手になるというわけだ。
ようやくそのクールタイムが明けた。
現在のTP残量は24ポイント。今のランクなら《過去改変A》の使用で2ポイントを消費する計算だ。
このスキルの本当の特性を知るためには、結局のところ試行回数を重ねるしかない。
ステータスウィンドウに並ぶ無機質な解説を読めば、理論上の内容は理解できる。だが、スキルというものは、実際に使い込んでいくうちに「感覚」で馴染ませていくものだ。
説明文だけでは決して読み取れない、具体的な特性や限界、より効率的な使い方を、俺はこの体で覚える必要がある。
今まではTPの消費を避ける為に温存していた。
だが、スキルランクが上がればTPが増えるのが分かっている。
「……よし。乱発さえしなければ大丈夫だ。今は経験を積む時期だ」
自分に言い聞かせるように呟くと、俺は《過去改変》を使う決意を固めた。
『過去改変A(TP:2P)』
今回も、迷わず《過去改変A》を選択した。
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気がつくと、俺は昼下がりの教室に座っていた。窓から差し込む日差しがやけに明るい。
季節は十月の上旬。どうやら小学三年生の二学期に意識が飛んだらしい。
前回《過去改変》を使ったときは夏休みに入った七月下旬だったから、あれから三ヶ月近い月日が流れたことになる。
「三ヶ月か……」
心の中で小さく呟く。いま目の前では、算数の小テストが行われている真っ最中だった。
机の上の答案用紙を覗き込んでみる。大人である現在の俺からすれば、あくびが出るほど簡単な問題ばかりが並んでいた。
三桁の数に一桁をかける掛け算の筆算、小数や分数の基礎。深く考えなくても、答えが次々と頭に浮かんでくる。
だが、本来の幼い俺が書いた解答をパッと眺めると、単純な計算間違いをしている箇所がいくつか目についた。
「どれ、少しだけ手を貸してやるか」
俺は自分に言い聞かせるように念じた。これは決してカンニングのような不正じゃない。
あくまで未来の自分という「自分自身の能力」を行使しているだけだ。
二十五歳の知識を、今の小さな俺に一時的に貸してやるだけのこと。
俺は鉛筆を握り直し、誤った数値を消しゴムで丁寧に消して、正しい答えに訂正していく。
さらに、まだ白紙のままだった文章題の解答欄を、迅速に埋めていった。
残された時間はわずか十分。全てを完璧に精査するには少し心許ないが、大人の意地にかけて、可能な限り修正してやるつもりだ。
カリカリと、静かな教室に鉛筆の音が響く。
周りのクラスメートたちが首をひねりながら苦戦している中、俺の手だけが迷いなく動いていた。
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意識が現代へと戻る。
さて、スキルの検証結果もきっちり整理しておこう。
今回のタイムリープで判明したのは、現代と過去の時間の流れの差だ。
過去の世界では前回から七十八日が経過していた。対して、現代でのクールタイムは三十日間。
計算してみると、その差は約二・六倍。少し半端な数字だ。
これからは、きちんと計算して発動タイミングを考えないと、タイムリープした先が深夜で、せっかくの滞在時間を寝て過ごすなんて大失態を演じかねない。
俺にはどうしても変えたい過去がある。俺の人生を根底から狂わせた最悪の出来事――俺以外の家族全員が命を落とした、小田原ダンジョンスタンピードだ。
あれは二〇一三年、小学六年生の夏のことだった。
過去の世界の暦でいえば、今から約二年半ほど後のことになる。
この運命の日までの残り時間を、二・六倍の時差を踏まえて逆算してみる。すると、現代の俺に残された猶予は、わずか一年ほどしかない。
カレンダーとステータスウィンドウを交互に見つめながら、俺は冷や汗が背中を伝うのを感じていた。何が何でも期限までに《過去改変》のスキルランクを引き上げなきゃならない。今のランクFじゃ、過去に滞在できるのはたったの五分だ。その程度の時間で、家族の運命を左右するような巨大な災厄を食い止めるなんて、どう考えたって無理ゲーだ。
俺にはどうしても変えたい過去がある。
俺の人生を根底から狂わせた最悪の出来事――俺以外の家族全員が命を落とした、小田原ダンジョンスタンピードだ。
あれは二〇一三年六月、小学六年生の一学期のことだった。過去の世界の暦でいえば、今から約二年八ヶ月ほど後のことになる。
この運命の日までの残り時間を、過去改変の時差を踏まえて逆算してみる。
すると、現代の俺に残された猶予は、わずか一年ほどしかない。
カレンダーとステータスウィンドウを交互に見つめながら、俺は深く考え込んでいた。
今のままのランクEであれば、過去に戻っても滞在できるのは長くても一時間だ。
その短い時間で、本当に家族全員を救い、あの運命を書き換えることができるのだろうか。
そう考えると、どうしても期限までに《過去改変》のスキルランクをDまで引き上げたいという焦りが募る。
一般的にレベル5で固有スキルを取得した場合は、レベル10でランクE、レベル16でランクDに上がるのが普通らしい。
俺の場合はレベル10で取得し、レベル14でランクEになった。この成長曲線から逆算すると、ランクDに到達するにはレベル20前後が必要になるはずだ。
「一年以内にレベルを六つ、最悪の場合は七つ……か」
正直に言って、今の俺には無理ゲーに近い数字だ。
一般的な探索者なら、二ヶ月に一度のペースでレベルアップするのは決して珍しくない。
けれど、それは適正レベルの階層を効率よく、命を削るような勢いで回った場合の話だ。
俺はこの一年で、たった四つしかレベルを上げられていない。
しかも、レベルも年齢も上がった今、今までよりレベルアップしにくくなっているはずだ。
これほど猶予がないなんて、もっと早く知っていれば。
去年から本気でダンジョン探索に取り組んでいれば、もっと違う未来が見えていたかもしれない。
ソロをメインにしている今の俺にとって、二階層でもギリギリだ。
これ以上の難易度のダンジョンを攻めるのは、リスクが高すぎる。
一歩間違えれば、家族を救う前にお陀仏だ。
かといって、安全第一で低層をうろついて雑魚を狩るだけでは、経験値なんてスズメの涙ほども手に入らない。
そんなぬるいやり方では、スキルランクの向上なんて文字通りの夢のまた夢だ。
「なんとしても……パーティメンバーを見つけて、三階層を攻略しなきゃならねえ」
ボロアパートの狭い部屋で、俺は拳を強く握りしめた。




