17話 《過去改編》ランクE
俺はダンジョンへ潜る頻度を週に三回から四回へと増やした。
ソロで第一階層と第二階層を往復する地味な探索だ。具体的には、まず第二階層に一時間ほど挑み、その後に第一階層へ戻って四時間かけてスライムなどの雑魚を狩る。
正直、これだけで食っていくのは到底無理だ。
だから俺は、生活を維持するために週に四日はバイトを詰め込んでいる。
「なあ緋呂。それってバイトと探索を合わせたら、週に八日働いている計算にならないか?」
たまに顔を合わせる友人の千葉が、呆れたようにそんな冗談を言ってきた。
バイトの日に軽く探索を入れることもあるから、あながち間違いじゃない。
入場料を払う以上、なるべく長く潜って元を取りたい気持ちはある。だが、経験値効率を考えれば第一階層に居座り続けるのも無駄だ。探索を早めに切り上げてバイトへ向かう方が、今の俺には合理的だった。
体力の問題があるので、週に一度くらいしかダブルワークはしていないが。
その千葉も、最近は会社での仕事が忙しくなっているらしい。
以前のように二人で潜る機会はめっきりと減り、俺の日常はますます孤独なものになっていた。
ソロの探索は、常に死の気配と隣り合わせである。
そんな変わり映えのない毎日を繰り返し、季節は蒸し暑い七月になっていた。
ある日のことだ。糟屋ダンジョンの湿った空気の中、暗い通路の奥で獲物を仕留めた瞬間、脳内にあの無機質なアナウンスが響き渡った。
『レベルが上がりました』
レベル13に上がってから二ヶ月と少し。ついに俺のレベルは14へと到達した。
【名前】 北條緋呂
【年齢】 25歳 【レベル】 Lv14
【HP】 255/298
【MP】 261/286
【攻撃】 185
【防御】 177
【敏捷】 182
【理力】 173
【技力】 168
【幸運】 163
【SP】 594
【武装スキル】 《剣術 Lv2》《投術 Lv2》《体術 Lv2》
【魔術スキル】 《火魔術 Lv2》《土魔術 Lv2》
【固有スキル】 《過去改変 E》
【一般スキル】 《回避 E》《追撃 E》《索敵 D》《虫特攻 E》《編集 E》《料理 E》
【耐性スキル】 《魔術耐性 E》《物理耐性 E》《精神耐性 E》《毒耐性 E》
目の前に浮かぶ半透明のステータス画面を眺めて、俺は思わず息を呑んだ。
表示されている自身の能力値の中に、ひときわ異彩を放つ項目がある。
……《過去改変》のランクが上がっている。
そういえば、俺がこの稀有なスキルを手に入れてから、もう一年くらいが経ったんだな。
手に入れた当初は、誰もが羨むチートスキルだと思った。けれど、最低ランクのFでは使い勝手が悪すぎた。
だが、ランクが上がった今なら、少しはその力の片鱗を見せてくれるのだろうか。俺は期待と不安を混ぜながら、一度深く息を吸い込んだ。
この喜びを誰かに伝えたくて、俺は真っ先に千葉の携帯を鳴らした。
「おい千葉、聞いてくれ。あのスキルのランクがEに上がったぜ」
報告した瞬間、受話器の向こうで千葉が弾かれたように息を呑む気配がした。
「マジかよ、緋呂! あの訳のわからないスキルが進化しちまったのか」
千葉は自分のことのように興奮してくれたが、残念ながら今日は一緒に検証できそうになかった。
あいつは今、猛烈な残業の真っ最中らしい。家にも帰れないほどの過重労働に巻き込まれているそうだ。
十年ほど前から始まった働き方改革によって、一度は労働環境も改善されたと聞いている。
だが、世界同時多発スタンピードの影響で始まった世界的な大不況が、すべてを台無しにしてしまった。
社会の余裕がなくなるにつれ、労働環境は再び悪化の一途を辿っている。
結局、スキルの検証は一人ですることになった。
俺は電話越しに、ランクが上がったことによる具体的な変化を千葉に伝えていく。
「何が変わったんだ? 回数とか、戻れる時間とかよ」
千葉の問いかけに、俺は改めてステータスウィンドウを確認した。
画面の端には、TP(26/30)という表記がある。どうやらランクアップに伴って、最大使用回数そのものが増えているらしい。
以前に比べて、明らかに余裕がある。これは大きな収穫だ。
さらに詳細を読み解くと、使用できる過去改変は二通りから選べるようになっていた。
『過去改変A(滞在:10分/遡行:10秒/TP:2P)』
『過去改変B(滞在:60分/遡行:2分/TP:5P)』
要するに、過去に戻る時間が長ければ長いほど、消費するTPも増える仕組みらしい。
過去改変Aなら十四回、より深く干渉できる過去改変Bなら五回ほど使用することができる。
確かにスキルは進化していた。これなら、乱発さえしなければ、致命的な状況をやり直すチャンスが大幅に増える。
「遡行ってなんだよ?」
「時間遡行のことらしい。ステータスの説明によると……」
俺はステータスウィンドウに並ぶ、抽象的で分かりにくい説明文を読み上げた。
どうやら遡行というのは、タイムリープ後に元の時間軸に帰ってきた際、現実の時間が少しだけ巻き戻る現象を指すようだ。
つまり、過去の世界で活動して戻ってきた時には「発動した瞬間」よりも少し前の時間に戻っているということらしい。
とはいえ、戻る時間はわずかだ。これだけで何かを劇的に変えるのは難しそうだった。
過去改変Aなら十秒前に戻る。過去改変Bなら二分前に戻る。二分も前に戻れるなら、致命的な状況をやり直すことも出来そうだ。
「なるほどな……。状況に合わせて使い分けろってことか。でも、二分も遡れるなら、戦闘中の判断ミスだけじゃなくて、もっと色んなことに使えそうだな」
電話の向こうで、千葉が感心したように声を漏らす。確かにスキルは進化していた。
これなら、乱発さえしなければ、致命的な状況をやり直すチャンスが大幅に増える。
今まで慎重になりすぎて温存してきたが、ランクが上がった今こそ、このスキルの性能をきちんと把握しておくべきだろう。
「二つ選べるんだよな。どっちから試すんだ?」
「《過去改変A》を使ってみるよ」
TPが増えたとはいえ、今後のことを考えればあまり無駄に消費したくない。
そもそも今回は過去を大きく変えるのが目的ではなく、あくまでスキルの仕組みを知るための検証なのだ。
結局のところ、スキルというものは実際に使って検証を繰り返すことでしか、本当の意味では理解できない。
ただ、一度使えばスキルの特性や制限が「確信」として頭に流れ込んでくるらしい。そこには思い込みによる勘違いは入り込まないという。
それなら取得した瞬間にすべて理解させてほしいものだが、世の中そう都合よくはできていないようだ。
「せっかくだから、一度スキルを使ってみるよ」
俺はそう宣言して電話を切った。
俺は時間遡行の効果を正確に確かめるため、時間を計測することにした。スマホのストップウォッチを起動し、床に置く。
二十秒前からカウントを開始する。心臓の鼓動が速くなる。俺はステータスウィンドウを開き、発動の瞬間に備えた。
三、二、一……ゼロ!
カウントがゼロになった瞬間、俺は《過去改変A》を発動した。




