25話【隠されたもの】
片づけは、自然と手分けする形になった。
桜子は社務所の棚を。
未充と惑華はふたりで社殿を。
紅葉は物置の整理を。
そして結禍は、一人で奥の部屋を任されていた。
普段はほとんど使われていないその部屋には、長い年月を吸い込んだ木箱がいくつも積み重なっている。
蓋を開けるたび、埃がふわりと舞い上がった。
「……何もない」
古い祭具。
割れた皿。
色褪せた紙垂。
どれも見覚えのないものばかりだった。
結禍は一つずつ中身を確認し、静かに箱を閉じていく。
そのとき。
「あ……これ」
積まれた箱の一番下。
そこに、結禍が持ち出した鏡が納められていた箱が見えた。
結禍はその場へしゃがみ込み、箱の周囲に積まれた祭具を慎重にどかしていく。
「――あった」
鏡が納められていた箱のさらに右側。
山のように積まれた木箱の陰に、長細い小さな木箱を見つけた。
鏡の箱と同じように古びているものの、形も大きさも違っている。
そっと蓋を開く。
現れたのは、一振りの簪だった。
銀色の細い軸。その先端には、花をかたどったような小さな細工が施されている。
長い年月が経っているはずなのに、不思議なほど錆びていない。
埃に埋もれていたにもかかわらず、その表面には曇り一つなく、差し込んだ光を冷たく反射していた。
「これ……」
結禍は指先を伸ばし、その簪をそっと持ち上げる。
ひやり、とした冷たさが指へ伝わった。
まるで、長い間ここで誰かを待ち続けていたかのような、不自然なほど鮮明な感触だった。
その瞬間だった。
「結禍ちゃーん!」
廊下の向こうから桜子の声が響く。
「ちょっと来て!」
「!」
結禍は桜子の声に肩を震わせた。
返事をしようと口を開く。
けれど、その声が出るよりも早く。
気づけば手は、考えるより先に簪を制服のポケットへ滑り込ませていた。
しまい終えてから、結禍は自分の右手を見つめる。
(……どうして)
見つけたと、みんなに伝えるつもりだった。
隠す理由など、どこにもないはずなのに。
「結禍ちゃん?」
もう一度、桜子の声がする。
「……今行く」
結禍は小さく返事をすると、簪の入ったポケットを無意識に押さえた。
◇
みんなの元へ戻ると、四人は社務所の畳へ輪になるように座っていた。
中央には、一冊の古びた本。
和紙は茶色く変色し、糸綴じもところどころほつれている。
「何か見つけたの?」
結禍が尋ねる。
口にした直後、ポケットの中の簪が妙に重く感じられた。
未充が得意げに本を指差した。
「これ!」
「御神体の箱をどかしたら、祭壇の下が開くようになってて、開けたら入ってたの!」
「……箱の下? 動かしたの?」
「うん!」
紅葉が苦笑する。
「未充ちゃん、御神体を勝手に動かすのはどうかと思うんだけど……」
「でも、見つかったんだから結果オーライでしょ?」
「そういう問題じゃないのよ……」
紅葉が困ったように眉を下げる隣で、惑華が呆れたように息を吐いた。
桜子は本をそっと撫でながら言った。
「神社の伝承が書かれてるみたい」
「でも、今まで聞いてきた話とは少し違う」
結禍も畳へ腰を下ろし、本を覗き込む。
そこには、今まで神社へ伝わってきたものより、さらに古い言葉で天女の物語が綴られていた。
ところどころ墨は滲み、紙も虫に食われていたが、文字の大半は辛うじて読むことができた。
【ひとりの青年がいた。
青年は生まれる前に父を亡くし、母も幼い頃消えた。
ある日、村はずれの青年の父が眠る場所に、一人の天女が降り立った。
身重の天女は、青年の父が眠る場所にひとつのモノを捧げ、
そこで青年と会い、
ふたりは、つかのまの家族の会話をした。
青年は天女に過去を問うた。
「私は、あなたにソレを知ってほしくはないのです」
そう天女は青年に告げた。
「けれど、黙っているのは不義理。あなたが本当に望むなら――ソレを知る権利が、あなたにはあるのです」とも。
青年は、何があったかを知ることを望んだ。
ほどなく、天女には迎えが来た。
天女には、向こうに残してきたものがあった。
それを、彼女はけして捨てられないのだ。
真実を知った青年は、もはや天女と共にいられぬことを悟った。
身重の天女は、静かにその場を去っていった。
――そうして、天女は我が子を独り、この地に残した。】
(……違う)
結禍は静かに頁を追う。
地域に伝わる羽衣伝説。
桜子の祖母のような老人たちが語ってくれた昔話。
そして、祭壇の下から見つかったこの記録。
同じ出来事を語っているはずなのに、細部が少しずつ噛み合わない。
天女は青年と恋に落ちたのか。
それとも、青年は天女の子だったのか。
ここに書かれている『青年の父』と、天女はどのような関係だったのか。
三つの話のうち、どれが本当なのだろう。
それとも。
語り継がれるうちに、少しずつ形を変えたのか。
結禍はさらに頁をめくる。
後半には、祭りの作法や供え物、舞の順番などが細かく記されていた。
「昔のお祭りのやり方まで書いてあるんだ」
桜子が感心したように呟く。
惑華も身を乗り出し、頁の端を指差した。
「絵もあるのね」
そこには祭礼の様子が簡単な墨絵で描かれていた。
中央には、長い髪の大人の女性。
その周囲を、小さな子供たちが囲んでいる。
「……九人?」
紅葉が首を傾げる。
「どうしたの?」
結禍が尋ねると、紅葉は絵の中の子供たちを指差した。
「今のお祭りって、一人の『母役』の周りに、子供役が十人いるよね。でも、この絵だと九人しかいない」
「え、ほんと?」
桜子が絵へ顔を近づけ、指を動かしながら数え始める。
「一、二、三……八、九」
数え終えた桜子が、不思議そうに眉を寄せた。
「あれ? 本当だ、一人足りない」
惑華も黙って頁を覗き込む。
「……確かに九人ね」
結禍も改めて絵へ目を落とした。
確かに九人しか描かれていない。
昔は人数が違っていたのだろうか。
それとも、ただ描き忘れただけなのか。
「昔と今で変わったのかな」
桜子はそう言ったが、誰も確かなことは分からなかった。
「…………」
結禍がその違いについて考え込んでいると――。
「だめかぁー!」
突然、未充の大きな声が社務所へ響いた。
結禍は驚いて顔を上げる。
「……何してるの」
見つけた本を読み初めてから、声がしなかった未充は、気づかないうちに御神体の木箱を手にしていた。
箱を両手で掴み、側面の模様を押したり、回したり、引っ張ったり。
どう見ても開けようとしている。
箱には蓋らしき継ぎ目も、蝶番も見当たらない。
表面には複雑な模様が彫られ、その一部は仕掛けのようにわずかに動くようだった。
「いやー」
未充は箱を片手で軽く振った。
からん。
小さく乾いた音が、中から返ってくる。
木片とは違う。
何か小さく硬いものが、内側を転がったような音だった。
「さっきのお婆さんは『天女の遺骨』って言ってたでしょ?」
「でも神社の伝承だと、『天女が残した包み』なんだよ?」
「だったらさ」
未充は箱を置き、ぽんと叩く。
「一番怪しいの、この箱じゃない?」
紅葉が慌てて止めに入る。
「未充ちゃん、それ御神体だから!」
「ちゃんと優しく扱ってるよ!」
「そういう問題じゃないから!」
惑華は呆れたようにため息をついた。
「開いた?」
「ぜーんぜん」
未充は肩をすくめる。
「模様も動くし、捻れるところもあるんだけど」
未充は箱の側面に刻まれた模様を指先でなぞる。
花にも見える意匠が、複雑に絡み合っていた。
もう一度振る。
からり。
確かに、中には何かが入っている。
「音はするんだけどねぇ」
「羽目殺しみたいで全然開かない」
桜子が箱を覗き込み、小さく首を傾げる。
「無理に開けない方がいいかもしれないね。壊したら戻せないだろうし」
「えー、気になるのに」
「気になるからって壊したらだめ」
惑華に窘められ、未充は不満そうに頬を膨らませた。
結局、その場では箱を開ける方法も、中身の正体も分からなかった。
古い記録は社務所で保管する事になり、御神体の箱は元の祭壇へ戻された。
――その日は、それで解散となった。
誰も知らない。
結禍の制服のポケットに、探していた簪が隠されていることを。
そして結禍自身もまた、なぜそれを隠したのか分からないままだった。




