24話【簪の形代】
前話の石碑の刻字をカタカナに修正しました(内容は同じです)
五鈴ばあちゃんが帰ったあと。
まだ昼前の社務所には静かな空気が戻っていた。
紅葉たち5人は畳に座り込み、その中央に並べられた絵札を見つめていた。
桜子が、【和本】の描かれた絵札を手に取り呟く。
「……五鈴ばあちゃん、この札のことを『時記』って呼んでたよね」
――それは、彼女の家、鴇食家に形代と共に伝わり、桜子に憑く神様と同じ名前だった。
桜子はさらに【髪飾りと鈴】の描かれた札を手に取る。
「そして、こっちが『許しが絶たれる』で――許絶だって……」
「許絶……」
紅葉が小さく呟く。
おそらく五鈴家に伝わる神様の名前も許絶なのだろう。
紅葉は絵札を順に手に取り、その名を口にした。
【朝日と鶏】が描かれた絵札をつまみ上げ、
「これが明告鳥」
続いて【水鏡に映る月】の絵札を持ち上げた。
「こっちが鏡月」
最後に二枚――【千切れかけた縄と一本の蝋燭】と【煙の向こうで笑い合う二人】の絵札を手に取り、
「朽縄と偽霞」
5人の視線が畳の上に残る4枚の絵札へ移った。
――【桜と赤い紐】。
――【折り鶴と盃】。
――【燃え盛る篝火】。
――【閉じた門】。
しばらく、5人は黙って絵札を見つめていた。
「まだ、あと四枚あるね……」
その呟きを最後に、部屋は再び静まり返った。
◇
沈黙を破ったのは、未充だった。
絵札を覗き込んだまま、少しだけ首を傾げる。
「もしかしたら、この神社にあるんじゃない?」
「……なにが?」
紅葉が聞き返す。
未充は絵札を指先でトントンと軽く叩きあまりにも自然な口調で続ける。
「え? ……形代」
一瞬、誰も言葉を返せなかった。
「まだこの神社に形代があるの?」
桜子が確認するように尋ねる。
「うん、たぶん」
未充は頷いた。
「前に私が見つけた本、覚えてる?」
そう言って、未充は部屋の隅に積まれた古い冊子へ視線を向ける。
社務所を掃除していたときに見つけた、祭りにまつわる記録。
紅葉は、すぐに思い出した。
「子どもがいなくなった家が、歌と形代を神社に預けたっていう……」
「そう、それ」
未充は立ち上がると、棚の上に置かれていた冊子を手に取った。
何度か頁をめくり、目的の場所を探す。
「ほら、あった」
畳の上へ冊子を広げる。
古びた頁の余白には、以前と同じ文字が並んでいた。
『のこりの歌を継ぐ九つの家。
子の途絶えし家が、歌と形代を神社へ預けた』
そして、その下。
『夢桐家 ――預り』
『熾火家 ――預り』
『鏡月家 ――預り』
未充は、その三つの名を順番に指差した。
「神社とは別に、歌と形代を持ってた家が九つ」
「そのうち、続けられなくなった三つの家が、形代をこの神社に預けた」
惑華が静かに続ける。
「なら、この神社には元々あった一つと、預けられた三つ」
「……全部で四つの形代があったことになる」
桜子の声が、少しだけ低くなる。
部屋の空気が変わった。
紅葉は、畳に並べられた絵札へ視線を落とす。
「神社が元々持ってた形代と……夢桐家、熾火家、鏡月家の形代」
「そう」
未充は満足そうに頷いた。
「それでさ。ここからが大事なんだけど」
彼女の視線が、結禍へ向く。
「五年前の話で言ってたじゃん」
突然話を振られ、結禍はわずかに眉を寄せた。
「……何を」
「公民館に、お祭りで使う道具が置かれてたって」
結禍の表情が止まる。
紅葉も結禍の話を思い出した。
崩れた公民館の瓦礫の中に祭りの道具があったという話を。
「紫色の鞘に入った刀と」
未充は指を一本立てる。
「鏡と」
二本目。
「簪」
三本目。
誰も声を出さなかった。
「……刀は、明告鳥だった」
桜子が呟く。
紅葉の視線が、社務所の奥に置かれた古びた木箱へ向く。
あの箱の中には、今も紫の鞘に収まった大太刀がある。
「鏡が……鏡月なんでしょ?」
今度は惑華が言った。
全員の視線が、結禍へ向く。
結禍は少し不満そうに眉を寄せたが、否定はしなかった。
「あのあと……、お祭りの道具は神社に移されたの。そのとき私が持ち出した」
そう言って、制服のポケットの上から【水鏡の月】の絵札へ触れる。
「だったら」
未充は、畳の上の四枚へ目を落とす。
「残った簪も、形代だったんじゃない?」
その一言に、紅葉の胸が小さく鳴った。
「簪……」
紅葉は無意識に【■■■】の絵札へ手を伸ばす。
「待って」
桜子の言葉に紅葉は手を止めた。
「それだと、神社の形代だったのか、預けられた形代だったのかは分からないよね」
「うん」
未充はあっさり頷く。
「だから簪がどの神様の形代かまでは分からない」
そう言ってから、今度は【燃え盛る篝火】の絵札を持ち上げる。
「でも、熾火家の形代は神社へ預けられたって書いてある」
紅葉はその絵札を見つめる。
炎。
燃え盛る篝火。
そして、以前見つけた歌。
【ななつ ほなかに かがりびは
となりうらやみ とらわれて
もてぬてあれば きずつけて
ねたみのひかり もやしけり】
「熾火って、消えずに残る火だよね」
桜子が小さく言う。
「だったら、篝火の札と関係ある可能性は高いと思う」
「つまり」
惑華が絵札を見つめたまま口を開く。
「簪が神社の形代か、熾火家の形代かは分からない」
「でも、少なくとも熾火家の形代は、まだこの神社のどこかに残ってる可能性が高い」
未充がにっと笑い、絵札へ視線を落とした。
「夢桐家の刀はここにある」
「鏡月家の鏡は、結禍が持ってる」
「なら……」
残る二つ。
熾火家の形代。
そして、神社が元々祀っていた形代。
「この神社に、あと二つ……形代があるはず」
桜子が静かに呟いた。
未充は得意げに胸を張る。
「でしょ?」
「……珍しく、ちゃんと考えてる」
惑華が淡々と言う。
「珍しくは余計!」
未充が抗議する。
そのやり取りに、紅葉は小さく笑いかけ――。
ふと、笑みを止めた。
「でも」
全員の視線が集まる。
「もし簪が形代なら、公民館にあった簪って、今どこにあるの?」
問いかけると、部屋が静かになった。
結禍は眉間にしわを寄せる。
「……分からない」
「なんとなくも?」
「公民館が崩れたあと、お祭りの道具は全部回収されて社務所に置いてあった。けど……」
結禍は社務所の中を見回した。
以前よりずっと片付いていた。
「紅葉ちゃんが来たときか、その前か、場所が変わってるのね」
桜子が呟く。
未充は立ち上がり、部屋の奥へ視線を向けた。
まだ完全には片づけられていない物置。
古い棚に埃のかぶった箱。
手つかずのままどころか、この部屋にあったものまでとりあえず押し込められていた。
「探そうよ」
未充の声が、少しだけ弾む。
「どうせ、まだ掃除は終わってないんでしょ?」
紅葉は答えに詰まる。
「……終わってないけど、え? するの?」
「いや、やらなきゃじゃん」
「お祭りもするんでしょ? だったら今のうちに片づけないと」
未充は畳の上に残る絵札を指差した。
「この中の誰かの形代が、まだこの神社に残ってる!」
――【桜と赤い紐】。
――【折り鶴と盃】。
――【燃え盛る篝火】。
――【閉じた門】。
四枚の絵札は、何も答えない。




