19話【見えない方の星】
五年前。
蝉の声が、うるさいくらい響いていた。
星見屋の本家には、普段あんまり関わりのない遠い親戚達まで集まっていて、居間は大人たちの笑い声で満ちている。
私は、その輪の少し外にいた。
「紅葉ちゃん、この前のテストもすごかったんでしょう?」
「○○で○○位だったって聞いたわぁ」
「ほんと、しっかりしてるわねえ」
私は黙って立っていた。
隣では、紅葉が困ったように笑っている。
「そんな、大したことないです……」
その言い方すら、ちゃんとしている。
愛想がよくて、
空気も読めて、
誰にでも好かれる。
みんな、紅葉を見る時は嬉しそうな顔をする。
でも。
私を見る時だけ、少しだけ“続き”になる。
「結禍ちゃんも頑張らないとねぇ」
「同じ双子なら家に入れるのは紅葉ちゃんの方がよかったんじゃない?」
「紅葉ちゃんは○○賞ももらったんですって?」
悪気なんてない。
そんなこと、分かってる。
分かってるのに。
胸の奥が、じわじわ痛かった。
“紅葉ちゃんは”。
“紅葉ちゃんは”。
“それなのに貴女は”。
その言葉が、頭の中へ積もっていく。
「もう少し頑張りなさい」
限界だった。
私は、気づけば走り出していた。
屋敷の中の大人達は誰も、私がいなくなったことに気づかなかった。
◇
外は暑かった。
息が苦しいくらい。
蝉の声が頭に響く。
私は走った。
走って、
走って、
気づけば近所の公民館にいた。
昼間の公民館は静かだった。
誰もいない和室の隅へ座り込み、膝を抱える。
「……っ」
涙なんて出したくなかった。
でも、勝手に出た。
悔しかった。
情けなかった。
なんで私は、紅葉みたいにできないんだろう。
なんで同じ双子なのに、
こんなに違うんだろう。
額を膝に押しつける。
すると、不意に足音がした。
「……結禍ちゃん?」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥がぐしゃぐしゃになった。
来ないでほしかった。
でも、来てほしかった。
顔を上げると、紅葉が立っていた。
息を切らして、
汗だくで、
今にも泣きそうな顔。
「よかった……!」
私を見つけた瞬間、本当に安心したみたいに笑った。
その顔を見て。
私は、嫌になった。
まただ、と思った。
この子は、こういう時までちゃんとしてる。
優しくて、
真っ直ぐで、
だから私は、余計に惨めになる。
「結禍ちゃん、大丈夫?」
私は答えなかった。
答えたら泣きそうだった。
紅葉が、そっと近づいてくる。
その優しさが苦しくて。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「……ねえ」
紅葉が足を止める。
「紅葉は知ってる?」
「……え?」
「紅葉が何か賞をとったり、○位になって、お出かけする事あったじゃん。
そうすると、紅葉とお近づきになろうとしてくる人達が私のこと、紅葉だと思って話しかけてくる事あるんだよ」
紅葉は小さく瞬きをした。
「でも途中で、“違う”って気づくの」
喉が痛かった。
でも止まれなかった。
「その時の顔、知ってる?」
私は笑おうとして、うまく笑えなかった。
「“あっ、間違えた”って顔するんだよ」
「結禍ちゃん……」
「“あ、駄目な方だった”って。紅葉のオマケでついてくる方だって。」
「誰もそんなふうに――」
「あるよ!」
叫んでいた。
自分でも驚くくらい大きな声だった。
紅葉が息を呑む。
「みんなそうじゃん……」
涙が落ちる。
「みんな紅葉ばっかり見る」
「……」
「勉強も」
「人付き合いも」
「なんでも紅葉の方が上手で」
苦しかった。
ずっと。
比べられるたび、
自分が“足りない方”みたいに扱われるのが。
「なんで同じ双子なのに、こんなに違うんだろうねっていう声が」
言った瞬間。
紅葉の顔が傷ついたみたいに揺れた。
その顔を見て。
私は最低だ、と思った。
でも、止まれなかった。
止められなかった。
「……ごめん」
紅葉が小さく言う。
「私、結禍ちゃんのこと、そんなふうに――」
「別に紅葉が悪いわけじゃない!」
思わず叫ぶ。
本当にそうだった。
紅葉は悪くない。
悪いのは、勝手に比べる周りで。
勝手に傷ついてる私で。
なのに。
私は、その痛みを紅葉へぶつけている。
「でも……っ」
その時だった。
――ミシ、と。
頭上で、嫌な音が鳴った。
古い木材が軋むような音。
私は反射的に顔を上げる。
天井の梁が、微かに揺れていた。
「……え」
次の瞬間。
バキバキッ!! と激しい音が響いた。
天井の一部が崩れる。
木片と埃が一気に降ってくる。
私は、動けなかった。
突然のことに頭が真っ白になって、
ただ、崩れてくる天井を見上げるしかできない。
「――結禍ちゃん!!」
紅葉の叫び声。
その直後。
強い衝撃が身体を襲った。




