表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/23

17話【藍色の目覚め】

 浅い水の底から浮かび上がるみたいに、紅葉(くれは)の意識がゆっくり戻っていく。


 重たい瞼を開けると、


 見慣れた木目の……社務所の天井があった。


「……ん……」


 掠れた声が漏れた。


「あっ、起きた」


 すぐ近くから声がする。


 紅葉(くれは)がゆっくり顔を向けると、座布団の上に座っていた桜子がほっとしたように肩を抜いた。


「桜子……ちゃん……。


 なんで私、社務所(ここ)に」


「倒れちゃったんだよ。結禍(ゆいか)ちゃんと一緒に、ここまで運んだの。気分悪くない?」


「……ちょっと、くらくらする」


 身体を起こそうとして、紅葉(くれは)は顔をしかめた。 


 頭の奥が鈍く痛む。


「無理しないで」


 桜子が慌てて背中を支える。


 紅葉(くれは)はぼんやりしたまま障子の方を見た。


 外は暗い。


 藍色の夜が、障子越しに滲んでいる。


「……え」


 紅葉(くれは)は瞬きをした。


「今、何時……?」


「七時くらい」


「七時!?」


 思わず声が裏返る。


 紅葉(くれは)の記憶では、夕方の帰り道だったはずだ。


「そんな寝てたの!?」


「ううん。二、三時間くらい」


 紅葉(くれは)はもう一度、外を見る。


 ついさっきまで夕焼けだった気がするのに、もう夜だった。


 時間の感覚が、妙に曖昧だ。


 そのとき、桜子がふっと顔を上げた。


「……起きたって、呼んでくるね」


「え……?」


 紅葉(くれは)が問い返す前に、桜子は立ち上がって襖の方へ向かった。


「二人とも、ずっと待ってたから」


 そう言い残して、桜子は廊下へ出ていく。


 足音が遠ざかって、すぐに小さな話し声が聞こえた。


未充(みちる)ちゃん、惑華(まどか)ちゃん。紅葉(くれは)ちゃん、起きたよ」


 少し間があった。


 それから、ためらうような足音が二つ、近づいてくる。


 襖が静かに開いた。


 そこに、未充(みちる)惑華(まどか)が並んで立っていた。


「……起きた?」


 静かな声で、未充(みちる)が言った。


 紅葉(くれは)は目を見開く。


未充(みちる)ちゃん……!」


 二人とも制服姿のままだった。


 けれど、昼間みたいな穏やかな笑顔はない。


 泣き腫らした目だけが、赤く残っている。

 

 少しだけ気まずそうな沈黙。


 すると、惑華(まどか)が、隣の未充(みちる)の脇腹を小さく肘でつついた。


「いたっ」


「ほら」


「……わ、分かってるって」


 未充(みちる)は露骨に視線を泳がせてから、観念したみたいに紅葉(くれは)へ向き直った。


「……ごめんなさい」


 その声は、昼間よりずっと小さかった。


 惑華(まどか)も静かに頭を下げる。


「ごめんなさい。……あと、ありがとう」


 紅葉(くれは)は目を瞬かせた。


 未充(みちる)は膝の上で拳を握る。


「……正直、まだ苦しい」


 掠れた声だった。


「弟のこと、大好きなのに……たまに、嫌なこと考えそうになるし」


未充(みちる)……」


「でも」


 未充(みちる)は唇を噛んで、それでも続けた。


「それ、無かったことにするのは違った」


 その隣で、惑華(まどか)も小さく頷く。


「……逃げちゃ、だめだった」


 社務所の中は静かだった。


 遠くで虫の声だけが聞こえる。


「さっきね」


 惑華(まどか)がぽつりと呟く。


「お母さんと少し話したの」


「え……」


「全部じゃないけど」


 未充(みちる)が苦笑する。


「“お父さんのこと、まだちゃんと整理できてない”って」


「そしたら、お母さん泣いちゃってさ」


 惑華(まどか)が困ったように目を伏せる。


「“気づいてあげられなくてごめん”って」


 紅葉(くれは)は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 完全に解決したわけじゃない。


 これからも苦しむのかもしれない。


 ――でも。


 少なくとも、“夢”の中には戻らなかった。


「……そっか」


 紅葉(くれは)が小さく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ