表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/23

14話【"ふたり"の夢見る世界】

 二人は朝の住宅街を歩いていた。


 昨日より空は明るいのに、胸の奥の重さは消えなかった。


「まずは普通に話そう」


 桜子が言う。


未充(みちる)ちゃんに会わせてもらって……それから考える」


「……うん」


 紅葉(くれは)は頷く。


 やがて、目的の家が見えてきた。


 二階建ての、ごく普通の家だった。


 庭先に干してある洗濯物が風に揺れている。


 どこにでもある、普通の家だ。


 紅葉(くれは)はインターホンを押した。


 ほどなくして、家の中からぱたぱたと足音が近づいてきた。


 ガチャっと音をたて玄関の扉が開く。


「あら?」


 出てきたのは、柔らかそうな雰囲気の女性だった。


 未充(みちる)惑華(まどか)の母親だろう。


 二人の面影がよく似ている。


 紅葉(くれは)と桜子を見ると、少し驚いたように目を瞬かせ、それから穏やかに笑った。


「もしかして未充(みちる)惑華(まどか)のお友達?」


「……はい」


 紅葉(くれは)は軽く頭を下げる。


「忘れ物、届けに来ました」


 そう言って、未充(みちる)のスクールバッグを持ち上げる。


「あらまあ……」


 母親は困ったように笑った。


「ごめんなさいねぇ、わざわざ」


「いえ」


 桜子が静かに答える。


 母親はバッグを見て、それから少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。


「あの子たち、昔から抜けてるところあるのよ」


 苦笑する声は、どこにでもいる母親そのものだった。


「あの子達も小さい頃から、私たちのことで気を遣わせちゃってるから、気が抜けてしまうのかしら」


  「……気を遣う?」


 母親は、小さく頷いた。


「ええ。()()()()()()んです。そのことで、やっぱり色々無理させちゃったから」


「――――!」


 その言葉に紅葉(くれは)と桜子は一瞬だけ視線を交わした。


(……あれ? 忘れてる……わけじゃ、ない?)


 未充(みちる)の記憶では、母親は“最初から今の父親が本当の父親だった”みたいに振る舞っていたはずだ。


 でも今、目の前の母親は普通に“()()”と言った。


 まるで、未充(みちる)が見た“おかしな朝”なんて最初から無かったみたいに。


 紅葉(くれは)は慎重に口を開く。


「……その」


 声が少しだけ掠れる。


未充(みちる)ちゃん、いますか?」


「いるわよ?」


 母親は何の違和感もなく答えた。


 「昨日は珍しく、ひとりで帰ってきたのよ」


 そこで少しだけ首を傾げる。


 「でも、今は部屋で惑華(まどか)と一緒にいるわ」


 そして、少しだけ困ったように笑う。


「ほんと、あの子たち仲良しすぎるくらい仲良しだから」


 彼女はそれすら微笑ましそうに笑っていた。


 桜子が静かに尋ねる。


「……未充(みちる)ちゃん、昨日なにか変じゃありませんでした?」


「変?」


 母親はきょとんとした。


「うーん……昨日は、そうねぇ」


 少し考え込む。


「ああ。そういえば夜、二人が泣いていたかしら」


 紅葉の喉が、ひくりと鳴る。


「泣いて……」


「ええ。たまにあるのよ。


 私、前の夫とは死別してるんです。それであの子達、お父さんのこと思い出しちゃう時があるみたいで。昨日が月命日だったのもあるのでしょうけど」


 (――前の夫。)


 その言葉で、二人は理解した。


 少なくとも、“母親の記憶”は消えていない。


 じゃあ、未充(みちる)が見たものは何だったのか。


 夢?


 改変?


 それとも――。


 母親は、二人の様子に気づかないまま続ける。


「私ね、あの子たちには本当に苦労かけたと思ってるの」


 玄関先で、少しだけ遠い目をした。


「再婚した時も、弟が生まれた時も、“お姉ちゃんだから”って我慢ばっかりさせちゃって」


 声は穏やかだった。


 けれど、その奥に小さな悔恨が滲んでいる。


「本当は、もっとちゃんと向き合わなきゃいけなかったのかもしれないわね」


 風が、洗濯物を揺らした。


 紅葉(くれは)は言葉を返せない。


 桜子も黙ったまま母親を見つめている。


「ああ、ごめんなさいね。湿っぽくなってしまって」


  苦笑しながらも、彼女は二階へ向かって呼びかけた。


未充(みちる)ー? お友達、来てるわよー」


 二階へ向けた声が、家の中へ響く。


 少し遅れて。


「……はーい」


 くぐもった返事が返ってきた。

 

 ぎし、ぎし、と古い木の段が鳴り、


 階段の途中に、制服姿の未充(みちる)の姿が現れる。


「――!」

 未充(みちる)紅葉(くれは)達の姿に気づくと、表情が凍った。


未充(みちる)ちゃん……!」


 紅葉(くれは)が思わず声を上げる。


 すぐに未充(みちる)(きびす)を返した。


 ぱたぱた、と駆ける音を響かせて二階へ戻っていく。


「あっ……!」


 紅葉(くれは)が一歩踏み出しかける。


 けれど、その前に母親が呆れたように息をついた。


「もう、なにしてるのあの子は」


 そう言って階段へ向かう。


未充(みちる)! 友達が来てるのに失礼でしょ!」


 ぱたぱたと、今度は母親が二階へ上がっていく。


 紅葉と桜子は、玄関先で顔を見合わせた。


 胸の奥がざわざわする。


 嫌な感じだった。


 さっきの未充(みちる)の顔。


 あれはまるで――。


「……逃げた?」


 桜子が小さく呟く。


 紅葉(くれは)は答えられない。


 二階からは、扉を開ける音が聞こえる。

 

未充(みちる)? ちょっと――」


 そこで母親の声は止まった。


 数秒の沈黙の後。


 母親の階段を降りる足音が戻ってくる。


「あら……?」


 紅葉(くれは)達の姿を見ると、彼女は、まるで今はじめて二人に気づいたみたいに、不思議そうに瞬きをした。


()()()()()()()()()()()()()()()


「……え?」


 紅葉(くれは)の声が掠れる。


 そして申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに。


 もう(うち)の娘達は部屋にいなかったから学校にいったみたいなの」


 紅葉(くれは)と桜子は何も言えなかった。


 今、確かに見た。


 未充(みちる)は二階へ戻った。


 なのに。


 母親は『部屋にいないから学校に行ったみたい』だと言う。


 桜子の指先が、制服の裾をぎゅっと掴む。


(……やっぱり、おかしい)


「まったく、『いってきます』も言わないで」


 母親はそんな二人の様子にも気づかないまま、困ったように笑っている。


「あの子たち、学校では最近どう?」


「……最近?」


 桜子が慎重に聞き返す。


「ええ。やっぱり昔再婚してから、色々我慢させちゃって……。


 私にも言えない事があるみたいで……母親失格ね」


 そこで母親は少しだけ目を伏せた。


 紅葉(くれは)と桜子は、また視線を交わす。


 忘れていない。


 母親は、“前の夫”をちゃんと覚えている。


 再婚のことも。


 双子の苦しみも。


 なのに、未充(みちる)の見た世界では、それが塗り潰されていた。


 まるで、家の中だけ現実が揺れているみたいに。


 桜子が、小さく頭を下げた。


「……すみません。朝早くに」


「ううん、こちらこそごめんなさいね」


 母親は柔らかく笑う。


「学校では未充(みちる)惑華(まどか)とは仲良くしてね」


「……はい」


 ふたりは弔鐘(とがね)家の玄関を離れ、門を出る。


 少し歩いたところで紅葉(くれは)はようやく息を吐いた。


「……なに、今の」


 桜子もすぐには答えられない。


 朝の風が妙に冷たい。


未充(みちる)ちゃん達、家にいるよね」


 紅葉(くれは)は唇を噛む。


 ――玄関には靴が置きっぱなしだった。


「……でも、そろそろ行かないと遅刻するよ。学校で待ってみよう。来なかったら、その時に考えよう」


 二人は、そのまま学校へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ