97話 目醒の朝
――翌日。
焔は自室で目を覚ました。
ベッドの上でただぼうっと窓の外を見る。既に外は明るく、日はすっかり昇ってしまっていた。
カーテンを閉めていないのは、昨日自分が遅くに部屋に戻ってそのままベッドにダイブしたんだったと、焔はふと思い当たった。
「『良いコンビ』、ね……」
焔は笑う榊の顔を思い出した。
(お前とコンビになるには、俺が弱過ぎる……強くならねぇと)
焔はそう思いながら、ベッドから降りて窓に向かう。
青空は晴れ渡り、焔の目を引いた。
『汝、力を望むか』
(望むよ)
焔は突如として頭に響いた言葉に、慌てることなく尋ねに答えた。
『我の名は、不動明王。汝の名は』
(緋野焔)
『緋野焔、汝にたった今から神の加護を授ける。
火守りの子よ、上手く使え』
(はい……ありがとうございます、不動明王様)
声――不動明王に、焔は感謝した。
まだ頑張れそうな気がした。
凜桜は自室にて、ベッドの上で枕を抱き締めて座っていた。白亜は自分よりも先に起きていた様で、既に洗面所だ。そこが空くまで、凜桜は待機している。
昨晩の弱々しい白亜を思い出して、枕カバーをギュッと握り締めた。
心配をかけてしまった。
だって、自分はいつまでも白亜の後ろにいる可愛い妹みたいなものだから。
そう捉えられていることに、そこはかとなく怒りを覚えていた。いつまでも後ろにいるだけの存在だとは思われていたくなかった。
だから、もっと、強くならなければならない。
強くなれば、お互いで守り合えたら、そしたら――――
『汝、力を望むか』
(望む)
『我の名は、木花咲耶姫。汝の名は』
(亀龍凜桜)
『亀龍凜桜、たった今から汝に神の加護を授ける。
本当はちょっと前からサービスしてたけど、今が正式だから! 頑張って練習してね!』
(は、はい……なんか、ありがとうございます)
急にお茶目な声に、凜桜は困惑しながら感謝を示した。
(ちょっと前からサービス……?)
凜桜は木花咲耶姫の言葉に、少し違和感を覚えたが、考えても仕方がなさそうなことなので、忘れることにした。
少し、目標が明確になった。凜桜の目の光はが強さを増した。
白亜は凜桜の部屋で鏡と向き合っていた。
鏡像の自分は、真っ白になってしまった髪を下ろしている。持っていたヘアゴムで、ポニーテイルに結い上げている。
白亜の顔は、髪型に悩む女子高生の如く、顔が顰められている。もしかしたら、本当にあったかもしれない一場面。
しかし、実際には、彼女は生命のやり取りをする様な世界を身を置いている。
純白の髪がそれを証明し、語り掛ける。
これからもきっと、戦い続けると白亜は分かっている。
周りの人が死ぬ可能性だってある。
それでも、凜桜を護るために、白亜は強くなることを願う。
『汝、力を望むか』
(あぁ……望む)
『我の名は、毘沙門天。汝の名は』
(千虎白亜)
『千虎白亜、汝にたった今から神の加護を授ける。
我はお主が気に入った。上手く使えよ。さもなくば……』
(……精進します)
毘沙門天と名乗る不思議な声は、何処か白亜に対して脅すような態度だったが、白亜は怯むことなく言い返した。
声は聞こえないが、何故か喜んでいそうな気がした。
喝を入れてくれる神らしきものの存在に、白亜は有り難みを感じた。
久龍は真っ暗な自室で、椅子に座っていた。両足を椅子に乗せ、更にその膝の上に顎を置いている。
彼は未だ人が消える恐怖から逃れ切っていなかった。
人が消え、ひとが現れる。
もし身近な人がひとになってしまったら――――と思えば、鳥肌が立ち身体が震えた。
久龍はそれを防ぐ為にも、自分自身が強くならねばと思った。
強くなって、仲間が死ぬのを防ぐ。
これが明確な死と死の後を知った久龍の現在の目標だ。
その為の力を、頭に響いた声が囁く。
『汝、力を望むか』
(僕は、力を望む)
『我の名は建御名方神。汝の名は』
(青影久龍)
『…………。青影久龍、汝にたった今から神の加護を授ける。
久しい龍…………か。良き名だと思うぞ』
(ありがとうございます。僕の母が付けたそうです)
頭に響いた声は、久龍がそう返すと、そのまま返答しなくなってしまった。
久龍はそんなことはどうでも良かった。
彼は強くなりたかった。
椅子から立ち上がり、カーテンを開ければ、日光が射し込んだ。部屋は明るくなる。
澪は一人、ベッドの上で震えていた。
布団に包まり、自分の身体を自分で抱き締めた。
今更彼女の心を襲ったのは、死ぬことへの恐怖。
そして、自分が何も出来ずに仲間を失う恐怖。
彼女は生来、人に気を許さないところがあった。恐らく、人生の中で最も心を開いていた相手は祖母であっただろう。
しかし、彼女の祖母は天使によって殺され、今話すことは出来ない。
次点で鬼神小隊の仲間たちとなる。
それが失われようとした。
それが実際に起こってしまったなら、彼女は二度と部屋から出ることは無かっただろう。ひょっとしたら防衛隊に籍すら置かないかもしれない。
(本当に、幸運だった……)
澪はそう思った。
実力が、今、最も劣っているのは自分であると、理解してしまったあの瞬間、強くなる為には形振りを構っていられないことに気が付いた。
そんな澪の想いに呼応するように、頭の中に声が響く。
『汝、力を望むか』
(の、望みます!)
『我の名は月読命。汝の名は』
(……香月澪)
『香月澪、たった今から汝に神の加護を授ける。
月は誰かの道標となるものだ。どうか、その志を忘れぬようにしてくれ』
(わ……分かりました)
響く優しい声に、澪は少し慌てながら頷く。
震えは止まった。
布団から、澪の身体は飛び出した。
鬼神小隊、六名全員、神の加護を受け取る。
※※※※※※※※※※※※※
――――天界、熾聖の間にて。
熾天使セラフィルと四大天使、並びにメタトロンが集っていた。
セラフィルは四大天使の背丈は超えるものの、メタトロンよりは低い程度だろうか。金髪が床で渦巻く程の長さで、それを束ねもしていない。その端正な顔立ちには、何処か凄みがある。理由は単純で、怒っているからだった。
「君達……暴れたね?」
「「「「す、すみません……」」」」
セラフィルからのこの言葉に、四大天使は揃って顔を青くして謝った。
セラフィルはすっかり怯えた四体の天使に、呆れの溜息を吐いた。
「はぁ……もう良いよ。ラファエルは止めようとしてたみたいだし。余計なことをする前にメタトロンが間に合って良かったよ。僕は急に君達を派遣しなきゃいけなくなって大変だったからね」
セラフィルはそう言うと、眉間の皺を揉んだ。
長髪の熾天使は手だけで五体の天使に退出を促した。
そして、此度の一件を考える。
「う〜ん……それにしても、現世とこちらのタイミングが謀られた感じがするな。神め……やってくれたね。この機会に、自分達の使徒を強化しようって心づもりか。しかも成功して、神の使徒六人に神の加護を……。下手したらこっちが殲滅されるな」
セラフィルは自身の空間で、そう独り言つ。
天使を率い、天界を支配する、この天使こそ、唯一の熾天使、セラフィルであった。
故に、常に考えるは人と神について。
天界はその間に板挟みされ、始終考えていなければ、あっという間に滅んでしまう。
「やっぱり、権天使派遣は間違いだったな……。いや、まぁ僕も試したいことは出来たから良いんだけどね。それにしても、使徒がなぁ……」
セラフィルは頭を搔き回し、難しい顔で唸る。
熾聖の間の奥にて、何やら動く天使の影。
セラフィルの思考は、誰一人として読み切れていない。
全ては、自らの目的の為なのだ。
これでこの章は終わりとなります。それでは、加筆修正に入るので、時々確認してみてください。




