98話 酒呑みと被害
失踪はしてないですから! という意思表示で、一話だけ一旦更新します。
――――玄武隊弐番隊隊長室にて。
一人の老人――とはいえ、まだ六十にも届いていないが――が徳利に酒を注ぎながら口元にだけ笑みを浮かべていた。
その口元に生えた髭は綺麗に手入れされていそうではあるが、本人が放置した結果、整っているようだった。長くなった白髪は一つに束ねられている。優しい目元は穏やかに、それでいて寂しそうに目尻が下げられていた。
「おいおい、翼実の野郎め。もうジジイは俺だけになっちまったなぁ……。お前が行き急ぐからだぞ」
彼の机の上には徳利が二つ並んでいる。彼はそれを注ぎ切り、一人で片方の徳利を手に持つと、もう一つのそれに少しだけ当てた。
故人と乾杯したのだろう。
彼の名は擦尊静摩。玄武隊弐番隊隊長、十二天将・貴人との契約者であった。
彼の年齢は五十六。
翼実よりも五つ年上で、この対幻魔防衛隊において最年長の男であった。
彼の最たる特徴と言えば、この酒好きであった。執務室や訓練所で呑むのは当たり前。果ては戦場でも呑む姿が目撃されていた。
しかし、彼はそれを黙認されている。
その欠点一つを含んでも圧倒的な強さがあったからだった。酒を呑まなければ流を超えるのではないか、との声もある。
しかし彼はそれでも呑み続ける。
それに意味があるかのように。
そんなことを大して考えてもいないように思われるが、静摩はとにかく酒を呑んでいた。
時間は――――朝の九時。
普通の隊長格の人間は仕事をしなければならない時間帯であった。そして、こういう隊長がいる隊というものは大抵、それを補佐する優秀な人間がいるものである。
「あ、擦尊隊長! また呑んでますね! せめて呑むなら夜にして下さいとあれほど!」
部屋のドアを大きな音を立てながら開ける女性がいた。眼鏡こそかけていないが、秘書然とした雰囲気であり、堂々としたものだった。
これこそ、パンツスーツが似合いそうである。
セミロングの髪は手入れが行き届いており、軽くウェーブしている。スカートのように広がる黒の隊服からは、スラリと伸びた黒いタイツを履く脚が見えていた。それこそ、ヒールでも履いていそうだが、そこは防衛隊員。動きやすいスニーカーに近いものであった。
彼女の名前は、極磁名。
玄武隊弐番隊副隊長であった。
静摩は耳に指を突っ込みながらそれを聞こえないふりする。
「あ〜知らねぇな、そんなこと」
「私は言いました!」
「それでも今日くらいは良いだろ。翼実の弔いだ」
「……擦尊隊長が酒を呑む口実に、天池さんを使わないで下さい。浮かばれません」
「ひでぇな。俺は本当にあいつをなぁ!」
「あ〜はいはい! でもそれは後からでも大丈夫です。後日、隊葬のようなものが行われるらしいので」
「うちの副隊長……厳しい」
静摩はそう言うと、渋々酒器を仕舞い始めた。そんな様子に、磁名は溜息を吐くのだった。
珍しく本当に気分が良くない様子を目に留めた磁名は、出来れば早めに戻ると良いと思うのだった。
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――――所変わって、京都。
今尚、復興の為に消防隊や自衛隊が片付けなどをしてい
た。既に一夜明け、対幻魔防衛隊は撤収しており、民間人の記憶の消去も済ませていた。
京都駅前、☓☓社ビル。
すっかり輪切りになってしまった建物を前に、自衛隊員は立ち尽くしていた。もう重機などが動き始めており、解体は決まったことだったが、それでも尚、衝撃を残していた。
「こんなの、どうやったらこうなんだ……」
「そんなの考えても無駄だ。他の片付けを急ぐぞ」
「そんなこと言ったって、流石に無視は出来ないですよ!」
「無視をするのがこの世界だ。知らん方がいいこともある」
どうやら、先輩のようである中年の男は、疲れ切った表情でそう返していた。若い男の隊員はそれでも真っ二つの建物を眺めていた。
復旧作業は進んでいなかった。
街の建物の十分の一は焼け落ちて跡形もない。その割に損壊した建物の数というものは焼けた建物の二倍にはなろうかという量だった。
一般人は皆、首を傾げてしまっていた。
ミサイルが落ちてきたと考えても異常。火事が大きく風に煽られたと考えても異常。
異常だらけであった。
しかし、それを敢えて大きく叫ぶ声はない。
それがこの国の、この世界の理であった。
こういったことを天変地異と片付ける以外、方法はない。そう考える暇があるなら、復興すべきとの考えの方が優勢であった。
また、京都。別の地点。
ここには制服姿の警官やスーツ姿の刑事が詰めかけていた。
一軒家の中には、スーツ姿の二人の男が血に染まった床の上に立っていた。いかにも鑑識の人間であるといった出で立ちの者も先程から行き来している。
そんな中、若い刑事とキャリアウーマン然とした女性刑事は4つ重なり合うように倒れた遺体を見る。
「ここもか……」
「そのようですね。それにしても、このタイミングで一家心中ですか……。妙なもんですね」
「妙なんてもんじゃない。これで何件目だと思ってる! 既に6件は出ているんだぞ!」
「確かに、他の現場行った奴らもそんな感じで言ってましたね」
「これはいったいどうなってるんだ……?」
女性刑事は思わずと言った様子で、そう独り言ちた。
その視線の先、4つの遺体というのは、そのうち一人の中年女性が包丁を持っていた。それは血濡れていて、他の遺体を見れば、それで刺されたことは明白であった。
所謂、一家心中としか言い得ない状況であった。
それは別の所でも発見されている。
最終的に、こういった一家心中と思われる現場は15件に及んだ。
クーデターによる死者(直接、間接問わず、当日に死亡した者について)
総計、5863名。
これは、対幻魔防衛隊設立後、最大の死者数であった。
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――――所変わって、東京、首相官邸。
四聖王の四人は馳せ参じ、総理と面会していた。
「今回の件、どうなっている。あまりにも被害が大き過ぎる」
現日本総理大臣である、成清小伍は、額を指先で押さえながらそう言う。脂ぎった頭皮には、冷や汗らしいものが見受けられた。
流、獅央、遮二、知刃琉、暉山、弓臥の六名は、ただ頭を下げた。
「「申し訳ございませんでした」」
目の前に並ぶ頭頂部を見て、小伍は少し息を吐いた。
「はぁ……、まぁ私も報告書を見て分かっとる。天池くんの裏切りと階級が上の天使が襲ってきたことは。がしかし、仕方がなかったでは済ませられん。実際に人は死んどるからな。国民が不安を抱いてしまう。
君たちは国民を護る者達だ。責任感を持つこと。それを部下たちに知らしめるように」
「「了解しました」」
再び、六人は頭を下げると、小伍が話は終わりだと伝え、頭を上げ退出するよう言った。
それに従い、部屋を出た。
扉を閉じると、ふぅ〜と六人とも息を吐き出していた。
「今回は流石に言われるか」
「僕らかなり助けれなかったからね」
「次からは助けられるだけ助けなければ……」
「正直なところ、今回はイレギュラーだろ、なぁ流」
「イレギュラーとは言え、それに対応が出来なかったのもダメなんですよ」
「そういう、こと」
「厄介だな。辞めたくなってきた」
「おいおい……」
そして、各々自らの支部へと繋がる転移陣へ向かう。
光が暫くそこを瞬いた後、六人は消えていた。




