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葵の修羅  作者: シト
第三部 クーデター
97/99

96話 それぞれの夜

今回、長いです。

 榊は自室で風呂に入った。湯船にしっかりと浸かって、疲れを取ったつもりだ。

 そのままベッドに飛び込んだが、どうにも眠気は来ない。


 榊はベランダに出た。

 隣の部屋のベランダに既に出ていたらしい焔から声が飛んできた。


「榊か?」

「焔も出てきてたのかよ。寝ろよ」

「特大ブーメランをわざわざありがとうございます」


 榊からの言葉に、焔はふざけた様子で返した。柵から身を乗り出して、仕切りの外から顔を見合わせた二人は、そう笑い合った。


 笑いが途切れると、二人は目を逸らして夜空を見上げた。満月が輝き、二人を照らした。

 榊は焔を見ることなく、口を開いた。


「ごめんな、迷惑かけて。俺が暴走したせいで結構な怪我しちまったな……」

「気にすんな。俺も弱かったんだよ……」


 榊の謝罪に、焔は首を振ってそれを受け取らなかった。

 満月の光が何故だか榊は弱く感じられた。


「あまりに復讐に囚われ過ぎてた……。暁星祭で一人の時間が増えただろ?」

「あぁ……確かに」

「その時にずっと考えてたんだよ。どれくらい強くなればアイツを倒せるかって……。そんなこと考えてたらさ、おかしくなるのも当然だよな」


 自嘲するような笑みを榊は見せた。その笑みを見て、焔は何かが胸に詰まったような感覚を覚えた。


(俺が……俺がきちんとこいつを見ててやれなかったから。こいつの気持ちを分かってやれなかったからだよな……)


 焔は目を伏せた。視線の先は月明かりが届かない、暗い森だった。


「はい、焔くんはその思考を止めましょう!」

「は?!」


 完全に下を向いていた焔に、そう声が掛けられた。焔は驚いて榊の方を向く。

 焔が信じられないと言いたげな表情で榊を見る。


「いや、お前そんな俺の思考が読めるわけ……」

「どうせ自分のせいだとか考えてたんだろ? そろそろ分かってくるわ」


 榊はその焔の反応に、呆れて肩を竦めた。


「お前のその自分のせいと思い込む癖を止めろって言ってんだ。今回は本当に俺のせいだし、俺の悪いところが出ただけだ。今はお前の悪いところが出まくってる。もうちょっと態度をデカくしろ」


 榊は焔をジトっとした視線と指差しで突き刺しながらそう言った。

 焔は的確に自分の欠点を言い当てられ、挙げ句何故か叱られてしまっている。

 結果、焔の目は丸くなっていた。


「なんで……?」

「そりゃあ、お前結構自分のせいにしがちだからな。分かるよ……。だけど、お前のせいじゃない。これだけは言える」


 焔の疑問の声に、榊はまっすぐに返した。


「案外、自分のせいと思うのも悪くはないとは思う。行き過ぎはダメだけどな。だからお前はいつでも冷静だ」


 榊は月を見上げながらそう言う。


「どうかな。俺は案外荒れ狂ってるぞ?」


 焔も月を見上げると、榊にそう言い返した。既に顔には笑みが浮かんでいた。


「じゃあそれで良いじゃねえか。俺が表面上荒れ狂いながら、冷静さを失わない。お前は表面上冷静でありながら、内面が荒れ狂う。良いコンビじゃねぇか」


 榊は焔と自分を交互に指差しながらそう告げた。

 焔はそんな榊に微笑み返した。


(こんな奴が相棒なら……俺が悪いって言うのを許してくれないだろうな…………)


 焔はそう思いつつ、何処か嬉しがっている様な気がした。


「そうだな。よろしく頼むぜ」


 焔は笑って榊に拳を突き出した。

 榊は急に飛び出た手に驚きつつも、それに自分の拳を軽く当てた。


「おう」


 コツンっと骨と骨が当たる音がした。それは地面に落ちた石が当たる音に似ていると、焔は思った。

 そして、焔は強くなりたいと望んだ。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 ――対幻魔防衛隊九州支部、支部長兼壱番隊隊長室にて。


 怜は室内でデスクに向かっている流に声を掛けた。


「流さん、榊くんに“あのこと”を言わなくてもいいんですか?」

「言うのはまだまだ先だ。彼はまだ脆いからね。それでも、今日でだいぶ強くなったとは思うけど」


 流は怜から飛んできた尋ねに、首を振って否定した。

 流は納得した様な顔の怜をちらっと見た。


「それとも、怜くんには言える? “榊くんのお父さんが死んだと思われる場所に、呪力と天力による戦闘の痕跡があった”って」


 流の言葉に、怜は眼鏡を押し上げながら押し黙った。


「――言えませんね」

「でしょ? だから、()()先なの」

「分かりました」


 怜の返答に、流は微笑む。怜は肩を竦めると身を翻した。


「それでは、今日はもう休みますね」

「そう。お休み〜!」

「はい、失礼します」


 怜は堅苦しく、流に返した。

 そんな怜に、流は嘆息を吐く。


「堅苦しいのも考えものだ。でも、もしもの時の柱だな、やっぱり。怜くんは強いからな」


 流は誰に言うでもなく、そう独り言ちた。

 流はそろそろ休もうかと、自室に繫がるドアを開けた。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 ――――対幻魔防衛隊近畿本部、一階フロアにて。

 鳳祇と詞葉の二人は、部屋着を着ているにも関わらず、未だに自室に戻らず、遮二と話し込んでいた。


「つまり……翼実さんがクーデターを企てた、と……」

「そう、なる」

「翼実さんが……」


 鳳祇の確かめる様な声に遮二は頷く。詞葉はいつもと変わらぬ無表情でそう呟いた。

 遮二は、何処か暗い顔の二人を見て、その存在を確認する様に肩に手を置いた。


「お前ら、よく、生きてた」

「いや、俺等なんて…………褒められるものじゃないですよ。最後なんて、他の奴を庇って前に出ることすら……」

「それに、気失ってたしね」


 遮二の言葉に、鳳祇と詞葉は顔を顰めた。特に鳳祇は眉を顰めて唇を噛んでいた。詞葉の方はというと、表情には出ていないが、かなり気にしていることは分かった。


「それでも、俺は、お前ら、が生きてたこと、嬉しい」

「「…………」」


 遮二がそう微笑むと、二人は何も言えなくなってしまった。


「お前ら、権天使倒した。よく、頑張ってる、よ」


 遮二から続けて飛び出た言葉に、二人の心から何か暖かいものが飛び出そうになった。二人は即座に俯いた。

 彼等の目からは雫と思われるものが光を反射しながら落ちていた。

 それを遮二は見ないふりをしたまま、俯く頭を優しく叩き続けた。子供をあやす様に。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 ――――対幻魔防衛隊中国・四国支部、天秤耀音の自室にて。

 耀音はベッドに寝転んでいた。

 既にお風呂で身は綺麗にして、部屋着に着替えている。髪のケアだって、お肌の為に必要なことだってやり切った。

 いつもなら、そのまま寝入ってしまう。

 だが、いつまで経っても眠気がやってこない。


 理由は分かっている。

 自分に苛ついているからだ。


 今回分かったことと言えば、自分が他の個人戦に出場したメンバーよりも劣っていることだ。

 まぁそれは別に良いのだ。

 だって、才能がないのだから。才能の無い者が才能のある者に負けるのだって当たり前。


 だから、()()()()()()――――なんて思っている自分に腹が立って仕方がなかった。


 そんなことを思っている場合ではないのだ。

 あの瞬間――四大天使ミカエルを名乗るものが現れた瞬間、自分はあまりの迫力に一瞬意識を持っていかれた。

 彼等が、鬼神小隊の面々がいなければ死んでいた可能性だって否めないのだ。


 更に、自分の後ろにいる仲間だって――――

 このことをしょうがないと思っているなら、仲間が死ぬこともしょうがないと考えるようになるだろう。


 そんな自分が許せなかった。


「くっそが! 強くなったるわ、うちだって。今回は()()()()()()で終わらせられんわ!」


 耀音は叫びながら枕を掴んで壁に投げ付けた。

 ()は、今にも壊れそうだった。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 ――――対幻魔防衛隊中部・関東支部、三階廊下、談話室にて。

 陽光と塒は、ペットボトルのお茶を手に、話し合っていた。


「俺達はまだまだ足りないな……」

「あんたが言ったら、オレは尚更だけどね……」


 陽光の呟きに、塒はペットボトルを握り締めた。プラスチック特有の、パキパキっと音が鳴る。

 陽光は少し、自信が失くなってしまっていた。


「それなりに強いとは思っていたのだがな、まだまだだな。どうやったら鍛えられるのか……」

「そうだね。今回、オレ達しか動けなかったから、沢山人が死んじゃった……」


 陽光が夜空を見ると、塒もそれを追うようにして見上げた。彼等の心を表したような空は、月が隠れて見えなかった。それどころか、星すら見えない。


「鍛える、しかないな」

「そうだね」


 二人はそう頷きあった。

 そこに、長髪の青龍隊、壱番隊隊長が近寄る。

 自販機でピッと飲み物を買う。


「そんな君達に朗報だ。暫くの休暇の後、僕らが直々に鍛えてあげよう。楽しみに待っててね」


 飲み物を手に取るなり、その弓臥はさっさと出て行ってしまった。


「…………頑張るか」

「うん……」


 二人は呆然とそれを見送るばかりで、そう呟く他なかった。

 窓からは月光が射し込んでいた。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 ――――対幻魔防衛隊東北・北海道支部、阿草碧人の部屋にて。

 火風は何やら怒りながら碧人に枕を投げ付けていた。


「くそ! くそ! くそ! くっそ!」

「ちょっ! 火風くん! 落ち着いて!」


 碧人は腕で枕から防御しながら、何とか宥めようとしていた。

 次第に疲れてきたのか――――というか、枕が手元から無くなった為、一旦火風は動きを止めた。


「それで、どうしたの?」


 碧人は息を荒げた火風に事情を尋ねた。火風はブスくれた顔のまま、碧人をちらっと見ると、口を開いた。


「別に。ただ、俺が弱かっただけだ。これから強くなる」

「それが分かってれば、それで良いんじゃん。僕も頑張らないといけないんだから」


 火風が頬を膨らませながらそう言うのに、碧人は微笑んで励ました。

 火風はただ頷くと、部屋のドアへ向かう。


「あ、終わり? 吐き出しただけ吐き出したってこと?」

「…………知らん。俺は戻るだけだ」

「ふふっ……そうですか」


 碧人の尋ねる声に、火風は振り返ることなく応答した。碧人はそんな火風に、笑みを浮かべた。


 火風は出て行くと、扉はバタンと閉められた。


「火風なんかよりも、僕が頑張らないと、マズいんだけどね……」


 そう部屋で一人呟く碧人の脳裏には、焔の奮迅の様が浮かんでいた。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 ――――戻って、対幻魔防衛隊九州支部、亀龍凜桜の部屋にて。

 白亜と凜桜は同じベッドに入っていた。

 無論、白亜には別の部屋があてがわれている。


 しかし、今日だけは、と白亜が凜桜にお願いをしたのだった。

 白亜の震える手はしっかりと凜桜の服を掴んでいた。


「どうしたの?」


 凜桜は白亜のその様子を不審に思い、そう尋ねた。

 どことなく、不安げな表情は、凜桜には不思議に思えた。


 一方の白亜の頭の中では、凜桜の後ろ姿が思い起こされていた。

 ミカエルは率先して向かう凜桜の。


(凜桜が、いなくなってしまう……。いつか、私の後ろから……)


 白亜はそう思うと、堪らなくなってしまい、一緒にベッドに潜り込んでしまったのだった。

 だが、それ程不安を感じていたのも事実ではあった。

 凜桜の脇腹に蹴りを入れ込まれたあの瞬間、細身の身体が折れて元に戻らないのではないかと思い、心臓が止まったような錯覚に陥った。

 次の瞬間には、心臓が動き出し、血液が沸騰しているのを感じた。


 もう二度と、心臓が止まる体験などしたくはない。

 白亜はそれ程までにあの瞬間が恐怖そのものだったのだ。


 凜桜は白亜からの応答がないのに、敢えて何も言わなかった。

 ただ、寄り添うと、白亜の身体を抱き締めた。

 自分よりも大きな、しっかり者の幼馴染の身体を。


 その幼馴染をここまで追い詰めているのが自分だと気付いているからこそ、自分の身体を感じさせた。


 心臓を押し付けるのは、鼓動を伝えるため。

 腕を背に回すのは、体温を渡すため。

 頭をくっつけるのは、存在を示すため。


 凜桜は全身を以て、自分を白亜に伝えた。


 そして、両者は深く思った。


((自分が強くならならないと……白亜(凜桜)を護るために))


 故に彼女達は、お互いの存在を示す合う。護る対象を感じる為に。




 移動は数十メートルにも及ばない。青影久龍の部屋にて。

 久龍はただ一人、何もせずにベッドの上で天井を見上げた。何も思い出さないようにするために。


 特に戦場の風景を。

 あの、死者達が現れる、戦場を。


 そして、祖父から教えられた対処法を思い返した。


『いいか? 自分の感覚をどんどん鈍くすんだよ。鈍く鈍くなっていけば、周りのことに気付かなくなる。そうすれば、見えるのは自分だけだ。そうすりゃ、怖いことは何もないだろ?』


 快活な祖父は既にこの世にはいない。別に天使に殺された訳では無い。ただの老衰である。

 久龍が祖父の膝に頭を預けながら昼寝をしている間に、微笑んだまま固まっていた。久龍が起きた時には、祖父の体温はどんどんと失くなっていた。

 あの時の恐怖を超えるものは、久龍にとって今尚無い。


 しかし、彼は日常そのものが、恐怖で支配されている。

 祖父曰く、彼は感受性が高いだけ。

 だから、余計なものまで見えてしまう。


 それ故に、人死にに関わる場所に、彼はに近付きたくなかった。

 だが、彼はそれ以上に怖かったものがあの場にはあった。

 それは、仲間が消えてしまうことだった。


 祖父と同じように、消える。

 久龍にとっては、トラウマの為のトリガーに過ぎなかった。


(だから、強くならなきゃ……)


 久龍はそう思う。目の前から人が消えるのを防ぐ為に。





 部屋が変わって、香月澪の部屋にて。

 自分自身の二種類の力を嫌いながら、澪は弱さを痛感した。

 恐らく、尤もミカエルに力が通用しなかった人物と聞けば、十中八九、それは澪だ。


 自分の力は存分に発揮せねばならない。


 そんなことを頭では理解していても、使うことなど出来なかった。

 魔力が彼女の身体には宿っている。

 その理由を、流は分かっている筈だ。


 マナの色も、呂色と月白の半々で、中途半端。


「私は……本当にダメな子だ……」


 澪は呟く。記憶の中にもある、何度も聞いた言葉だ。

 叔母からは何度言われただろうか。『汚い子』とも言われただろうか。挙句の果てには、母親の侮辱まであった。


 だからこそ、魔力は使いたくなかった。


 魔力に頼らないのならば、澪にやることは一つだった。


「強くならなきゃな……」


 澪はそう独り言つ。何処か言い聞かせる様な雰囲気のそれは、澪の精神に深く刻み込まれた。


 ただ強くなることを願った。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 かくして、それぞれの夜は更け行く。

 それぞれの思いを乗せながら。

うん。二個に分けるべきでした。

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