衝撃の事実
『あんたと海斗君は、そういう関係には絶対にならないから』
結菜が、真っ直ぐに私の目を捉えて言った。その言葉の冷たさに、背筋を氷の刃でなぞられたように身体が凍りつき、動けなくなる。
「……絶対……? そんな、絶対……なんて、言い切れないんじゃ……」
「言えるのよ。彼、パートナーがいるから」
「パートナー……? 彼女、みたいな? 婚約者みたいな?」
一瞬、私と同じ立場に立たされているのかと頭をよぎる。指先が、テーブルの上の結露したグラスに触れた。濡れた指が不自然に冷え切っていく。
「よくわかんないけど、法律上とかで結婚できないのかも……」
「は!? 待って、よくわかんない。どういうこと?」
結菜は大きく溜め息をついて、部屋の遠くに目をやる。おもちゃで遊んでいる結菜の息子の手元が、なぜか急にスローモーションのように見えた。
「男が好きなんだって。男のパートナーがいるの……」
結菜の声が、鼓膜の奥で不自然に反響した。
男が、好き――?
脳の理解が追いつかない。じゃあ、あの会議の日、あの廊下での、私を焼き尽くしそうだった『愛おしそうな視線』は、一体何だったの?
呆然としている私に、結菜は続ける。
「あんた、全然同窓会に行かないでしょ? もう何年も前にカミングアウトしてて、同級生の中では当たり前みたいになってることよ。もう驚く人もいないんじゃないかな」
「そう……なんだ……」
自分の落ち込みようが手に取るようにわかり、この感情は、この先に親密になることを望んでいた結果なのだと自覚させられる。持っていたグラスが、手のひらの中で急に重くなったような気がした。
「でもよくわかったよね、海斗君。卒業して十年以上経つのに、あんたに気づいたことが凄いよ」
結菜はまた私の方を、今度は穏やかに見つめてきた。
「花音さ、努力したじゃん? 綺麗になろうって。だから、10年くらい前に行った飲み会に高校の同級生だった男の子いたけど、名前言っても全然あんたのことわかんなかったよね」
「ああ、確かに……」
あの時の男の子の顔どころか、名前すら思い出せないが、私のことがわからず、何度も顔を近づけられた覚えはある。
なんで海斗君はわかったんだろう。まあ、整形したわけじゃないし、わかる人にはわかると思うんだけどな……。
「よっぽどよく見てたんだろうね……。まあ、私は腐れ縁ってやつだからダラダラ一緒にいるけどねー」
私が落ち込んでいることを察したように、いたずらっ子のようなニヤけ顔を向けてくる。それに思わず反応する。
「私は『腐れ縁』って言葉好きじゃないんだけど……。なんか、腐って落ちて無くなりそうじゃん。 私たちは、そうだな……『化石縁』がいい。化石なら凄いガチガチ固まって離れない感じがするじゃん!」
「ハハッ……、いいよそれで。私たちは『化石縁』の友達ね」
軽く笑い合った後、麦茶を飲みながら、結菜がポツリとこぼした。おもちゃの車を動かす音がふっと止まり、リビングに静寂が戻る。
「まあ、あんなことがあったら、好きになるかもしれないけど……」
「あんなこと? 何それ!?」
私は思わずソファから身を乗り出し、隣に座っている結菜の腕を掴んでしまった。掴んだ結菜の肌のぬくもりを通して、自分の指先が尋常ではないほど冷え切っているのがわかった。
「小学生の時のことよ。でも海斗君と小学校一緒だったこと覚えてないんなら、あんたは覚えてないのかもしれないけど……」
「え!! あたし、何かしたってこと!?」
「したっていうか……、たぶん、花音にとっては相手が誰であってもそうしたんだろうけど、相手にとっては、それをしてくれたのは花音だけだったから、特別な感情を抱いても不思議はないと思う……」
「え!! 何それ!? ちょっとー! もったいぶらないで教えてよ〜!」
「ふふっ……、あれは確か小学5年生の時だったと思うんだけど……」
その時、結菜の息子の樹がわっと泣き出した。静まり返っていたリビングに、鼓膜を突き刺すような高い泣き声が響き渡る。
神経を研ぎ澄ませてしまっていて、その声に思わずビクッと肩を震わせてしまう。掴んでいた結菜の腕が、するりと私の手から離れていった。
結菜は急いで樹君の方へ駆けて行き、抱え上げあやし始めた。どうやら遊んでいた車のおもちゃが足に当たってしまったらしい。
樹君はわんわん泣き、結菜は手慣れた様子で抱き上げたまま、リビングの窓際でゆらゆらと身体を揺らしている。
あやす結菜の背中を見つめながら、私は自分の膝の上で両手をきつく握りしめた。
小学5年生の時、私は海斗君に、一体何をしたの――?
喉の奥が、カラカラに干からびていくような渇きを覚えた。




