思い出
自分の部屋にたどり着き、落とすようにバッグを雑に床に置く。上着も床に脱ぎ落とし、ベッドへ横になった。
目を瞑り、息をゆっくり、深く吐く。
……疲れた……。
業務終わりからが怒涛の出来事で……明日が休みでほんと良かった……。
ああ……婚約者の優真に連絡しないと……。でも、もう腕を動かすのすらしんどい……。
瞬きをゆっくりしていた……つもりだった。
――次に目を開けた時、そこは懐かしい場所だった。
ガヤガヤと騒がしい教室、机の上には教科書、ノート、ペンケース。
私が座っている一番後ろの窓側のこの席は、左手を伸ばせばすぐ窓に触れることができる。開いている窓に手を伸ばしてみると、向こうが透けるほど薄いカーテンがサラッと肌に触れた。学生の頃、この感触が好きで、よくこうやってカーテンに触れていた。
生温い夏の風が、教室の埃っぽい匂いを運んでくる。 周りを見渡すと休憩時間らしく、みんなそれぞれ席を立っている。
これは……中学だな……。
制服でわかるのだ。白の半袖ブラウスに紺色のスカート、白い靴下。
机の上に置いていた自分の手を見る。
なんか少し小さいな……。座っていてわからないけど、身長もきっと今より小さいだろう。
あたりをもう一度見回そうとした時、自分の腕にペンケースが当たり、前にバラバラと落としてしまった。
慌てて立ち上がり、それを拾いにしゃがみ込む。
周りが騒々しいお陰で、私がぶちまけたペンが床を転がる高い音なんて誰も気づかない。
拾っていると、頭上から声がした。
「はい、落ちてたよ」
視線を声の方に上げた瞬間、心臓がドクン! と跳ね上がる。
目の前の男の子の瞳に釘付けになる。
そうだ。この視線だ。あの時の狂おしく愛おしそうな視線。
やっぱり私はこの視線を知っていたんだ……。
――――――
ガバっと勢いよくベッドから起き上がる。首筋に、冷や汗が伝っていくのがわかった。
あれは、……一ノ瀬 海斗君……。
確か、中学と高校が同じだったはず……。
まさか、同じ職場だったなんて。
いや、でも今までいた?
見かけたことなかった……と思う。ほとんど他の部署と関わることがないから知らなかっただけ……?
私は働き始めて5年になる。その5年間、一度も会わないなんてことがあるだろうか……。
ハッとしてすぐ手元のスマホに触れる。
一眠りしたから、もう深夜になってしまったのだろう……。
……あれ? 時間が、経っていない……?
家に着いたのが20時過ぎだったはず。それで荷物を置いて上着を脱いで……。
液晶に表示された時計の表示は、『20:08』。
弾かれたように壁掛け時計に目をやるが、白々しく光る文字盤の針は、全く同じ時刻を指している。
眠っていたのではない?
ただ、強烈に思い出しただけ?
……でも、やけに現実味があった。
窓から入ってくる、夏独特のもわっとした熱気も、触れた薄いカーテンの感触も、拾ったプラスチックのペンのまるっとした形状も、まるで今、あの場所で体験したようにリアルだった。
そして、あの視線……。
確かに目の前で感じたのに……。
昔はわからなかった。だが、恋愛をしてきた今ならわかる。
あれは『愛おしい人』に向けられる視線……。
いやいや、さすがに自意識過剰……?
相手はあの海斗君だ。当時はただ話をする程度のクラスメートで、私の片思いにすらならなかったのに。
ベッドの上で膝を抱え、自分の左手の薬指を強く握りしめる。
優真の顔を思い出そうとするのに、なぜか脳裏にこびりついて離れないのは、暗い玄関ホールで私を射抜いた、海人君のあの冷ややかで狂おしい瞳の光だった。




