第82話 兄者
マバラ隊長は剣を下した。ミハイルの正体が生き別れになった兄であったことに驚きを隠せない。
「どうして兄者が・・・」
「理由はわかるだろう。私が、いや一族がたどった運命を鑑みると・・・」
それはマバラ隊長にもわかる。だが・・・。
「だからといってこんなことは・・・」
「いや、すでに私は誓ったのだ。王家に対する恨みを晴らさずにおくものか!」
ミハイルの表情が強い憎悪に染まった。
「兄者・・・」
マバラ隊長は悲しかった。あれほど優しかった兄がこのような姿になり、憎悪の炎をたぎらせているとは・・・。せっかく再会できたというのに・・・。
「おまえも私と同じはずだ。王家に対する恨みがあろう。だから一緒に来い! 王家を打倒するんだ!」
ミハイルの誘いにマバラ隊長は首を横に振った。
「兄者。俺は聖騎士団に入り王家に忠誠を誓っている」
「そんなものが何になる?」
「いや、俺は自分の意志でそう生きることに決めたんだ。だから兄者のやることは許せない」
マバラ隊長は剣を構え直した。
「私に剣を向けようとするのか?」
「頼む。兄者。もうやめてくれ!」
「ここまで来たからにはもう止められぬ」
「ならば聖騎士団のマバラとしては兄者を斬るのみ!」
マバラ隊長は剣を振り上げた。
「どうしてもやるのか?」
「ああ、兄者でも容赦はしない」
「では斬るがいい。この兄を」
ミハイルは両腕を広げてじっとマバラ隊長を見た。そうなるとマバラ隊長は剣を振り下ろせない。幼い頃、かわいがってくれた兄に手を下すことなど・・・。その手は小刻みに震えている。
「おまえにはできまい。チェズ。おまえは私と一緒にいるしかないのだ」
「兄者・・・」
マバラ隊長は剣を下して崩れるように膝をついた。
その時、偶然にもマリウスが少し離れたところを通りかかった。彼はミハイルとマバラ隊長が対峙しているように見えた。だが奇妙なことに剣で戦っていない。何かを話している。そしてマバラ隊長が膝をついた・・・。
(とにかくすぐに向かわねば・・・)
マリウスは走り出して声をかけた。
「マバラ隊長! 今、行きます!」
その声はミハイルとマバラ隊長に聞こえた。
「邪魔が入ったか。マリウスだな。厄介な奴だ」
ミハイルはそのまま立ち去ろうとしていた。
「兄者。どこに行く?」
「私はローク丘にいる。そこでおまえを待っている。愛する弟よ」
ミハイルはそう言って風を吹かせて姿を消した。マバラ隊長は顔をうつむけていた。そこにマリウスがようやく来た。
「大丈夫ですか? ミハイルは?」
「行ってしまった・・・」
「一体、どうしたのです? 遠くから見ていましたが、剣を振るうことなく・・・。何があったのですか!」
マリウスは問い詰めた。マバラ隊長の様子がおかしい。
「兄者だった・・・」
「えっ! 誰がです?」
「ミハイルは兄だった・・・」
「なんと・・・」
ミハイルは驚きのあまり、それ以上声が出なかった。マバラ隊長は嘆息して悲しげな表情を浮かべていた。
◇
アリはようやく目を覚ました。ひどい傷を負ったがエレーヌによる治療と献身的な看護のおかげで回復したのだ。
(私はどうしていたんだ?)
体を起こすとエレーヌがいた。
「アリ。まだ寝ていなくちゃだめよ!」
「僕はどうしたんだ?」
「マリウスさんが運んでくれたの」
それを聞いてアリは思い出した。黒い剣で操られたマリウスと戦い、深手を負ったことを・・・。
「エレーヌ。君が治療してくれたんだね。ありがとう。心配かけたね」
「いいのよ。アリ」
エレーヌはかつてのようにアリに突っかかろうとしない。少し拍子抜けしたがそれよりアリは大きなことに気付いた。
(大けがをしたから全身を見られた。ということは女であることがばれた)
アリは内心焦っていた。その空気を察したのか、エレーヌが先に言った。
「大丈夫よ。治療したのは私だけ。知っているのは私だけだから・・・」
「エレーヌ。実は・・・」
「聞きたくない!」
アリが本当のことを言おうとしたがエレーヌは耳をふさいで拒絶した。
「おかしいと思っていた。ケガしても体を私に見せようともせずに。モウ先生は知っていたのね」
「ああ、数人しか知らない秘密だ。だまして悪かった」
するとエレーヌは笑顔を見せた。無理に作ったような・・・。
「いいの。アリはアリだもの。たとえどんなアリでも私は好き。それだけ・・・」
「エレーヌ・・・」
そこで初めてアリはエレーヌの気持ちに気付いた。だが女である以上、エレーヌの気持ちに応えてやれない・・・アリは目を伏せた。
「元気出して! アリ! あなたが元気にならないと聖騎士団も終わりよ!」
「わかったよ」
「多くの団員が亡くなったわ。だからあなたが聖騎士団を支えていかなくちゃ」
そんなことを話していると外で多くの人の声が聞こえた。それは悲痛な悲しみの声だった。
「何かあったのか?」
「大きな作戦があって大勢の団員が動員されたようよ。戻ってきたのかしら」
「ちょっと行ってみてくる!」
「その体では無理よ!」
だがアリはエレーヌを振り切って外に出てみた。そこには多くの団員の亡骸が運び込まれていた。アリはそれを見て驚愕した。
「サイト隊長! ジン正団員! リーも・・・」




