第80話 突きの剣
ハイチ・サイト隊長は由緒ある騎士の家出の出だった。彼は兄弟たちに交じって幼いころから否応なく剣術の稽古をさせられていた。だが彼だけはいつまでたっても上達しなかった。剣を持つ右手の握力が生まれつき弱かったのだ。
「ハイチ君は剣の才能がないようですね。どんな型を教えても身につかない。突きしかできないようです」
剣術の先生は両親にそう告げていた。確かに突きだけが他の兄弟に負けない。だがその他の剣の振りとなるとまるでなっていなかった。
「ハイチには剣術は向いていないようだ。剣を捨てて商人にでもするか・・・」
父親はそう思うようになり、ハイチを商家に預けた。
ハイチは劣等感にさいなまれていた。だから商人の修業もうまくいくはずがない。店主にどやされ、他の店員に馬鹿にされながら苦難の日々を送っていた。
「僕には何のとりえもない・・・もう死ぬしかない・・・」
ハイチは将来に絶望して自殺さえ考えていた。そんなことが影響したのか、彼の頬はやせこけ、額には深くしわが刻まれ、声はしわがれて・・・まるで死神のようになっていた。
そんな時だった。その商家に強盗が入ったのだ。それも普通の強盗ではない。目撃者を残さないように、盗みに入った家の者をすべて抹殺するという凶悪な集団だった。
強盗団はドアを壊して店に押し入ってきた。そして片っ端から剣で斬りつけていく。この店には用心棒として剣士が2人雇われていたが、たいした抵抗もできないままにすぐに斬り倒されてしまった。そうなれば後の者は殺されるしかない。
「お助け下さい!」
店主はひざまずいて強盗団に命乞いした。だがそれが無駄だということは店の者は誰もがわかっていた。皆が店の隅で死を前に震えていた。
だがその中でハイチは違った。剣の修業で芽は出なかったが胆力は鍛えられていた。剣を向けられても動じることはない。彼は倒された剣士の剣を拾った。それも左手で・・・。
「ここから出ていけ!」
ハイチは大声を上げて剣を構えた。左手で剣を持つとなぜか、心の動揺が押さえられるようだった。
「ふふん! お前のような子供に何ができる? 真っ先に殺してやろう!」
強盗団の中の1人の男が剣をきらめかせてハイチに迫った。まともに斬り合えば勝てるわけはない・・・ハイチにはそう思えた。だが・・・。
(どうせ死ぬからには当たって砕けろ! 全力で向かうのみ!)
ハイチはそう思って剣を後ろに引き、そのままその男に突進した。男の方はまさか自分から飛び込んでくるとは思わなかったので面食らって逃げ腰になった。そこをハイチは思いっきり突いた。
「うわあ!」
その男は倒れた。心臓を一突きで即死だった。
「この野郎! 仲間を!」
強盗団の他の男たちが怒ってハイチに向かって斬りつけてきた。だがハイチは夢中だった。暗闇の中、殺気を放つ存在に向かって突進した。そして唯一出来る突きを無我夢中で食らわしていった。
気がつくとハイチは立っていた。強盗の亡骸に囲まれて・・・。彼は一人で5人もの強盗団の男たちを倒したのだ。突きだけで・・・。
次の日からハイチに誰も近づこうとしなかった。ただでさえ死神のようなのに、強盗を突き刺し全身返り血を浴びた彼を気味悪がった。
そこに当時、聖騎士団の三番隊の正団員だったロックが現場を通りかかった。彼はハイチの非凡な才能を見抜いた。突きに関して・・・。それで聖騎士団預かりとしてハイチをロンチェスター寺院に引き取った。
そこでハイチは血のにじむような鍛錬を続け、左手で十分に剣を扱えるようになった。しかもその類まれなる突きの技は誰も防ぐことはできない。だが彼はそれにおごることはなかった。
ハイチは戦いの前には常に自分の左手と剣に訴えかけていた。
(俺に力を貸してくれ! この弱い俺に・・・)
それは自らの弱さを自覚しているからだ。そうすることで自信を取り戻して戦いを挑むことができた。そして強さを身につけ、三番隊隊長に就任したロックの下で正団員にまでになった。
だがしばらくしてロック隊長は殉職した。あの悪魔熊にやられたのだ。その後をハイチが務めることになった。
(ロック隊長! 仇は俺が取ります。悪魔熊、いや、それを操る黒魔術師ミハイルは俺が倒します!)
ハイチは心の中で亡きロック隊長にそう訴えていた。
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その仇敵ともいえるミハイルが彼の前にいる。
(ここでロック隊長の仇を取らせてもらう!)
サイト隊長はそう心に決めて剣を構えた。それはあの突きの型・・・雷撃突きを放とうとしていた。
だがミハイルは黒い剣を振り上げることもなく悠然としている。
「ふふふ。待ち構えていたつもりだろうが、それはこちらの狙いだ。私の狙いは聖騎士団の壊滅だ!」
「何だと!」
「まずはうるさいハエを追い払うとしよう」
ミハイルは呪文を唱えた。すると道端に座っていた子熊が立ち上がって巨大化した。隻眼隻腕・・・まさしく悪魔熊だった。
「ウガア!」
悪魔熊は咆哮して団員たちに襲いかかっていった。




