第68話 ミハイルの影
アリはこんな形でミハイルが現れるとは夢にも思わなかった。狙いはアリか、それとも家族か・・・。
「ミハイル! どうしてここに?」
剣は近くにない。アリはただ身構えるしかない。
「ははは。アリ君。そんなに警戒しなくても大丈夫だ。これは思いを伝えるだけのただの分身だ。君に危害を加えることはしない」
ミハイルは大胆不敵に笑っていた。
「何の用だ?」
「君に一応、知らせておこうと思ったんだ。その方がフェアだからね」
ミハイルは不気味な笑みを浮かべている。
「何か企んだな?」
「ああ。聖騎士団の本拠地、ロンチェスター寺院を魔獣たちに襲わせる」
「何だって!」
アリは驚いた。だがなぜこんなことをわざわざ分身を使ってまで伝えに来たのか・・・。
「驚いただろう? 君が王都にいないからその隙を狙った。君には死んでほしくないからね。だから王都に行ってはいかんぞ」
「聞いたからには・・・」
「アリ君。私は君を試しているんだ。ここで王都に行くようなら完全に私の敵とみなす。容赦はしない」
するとミハイルの姿は煙になって消えていった。
「聖騎士団が危ない! 早く駆けつけなければ・・・」
この屋敷の裏には馬房がある。そこには乗馬用の馬は用意されている。今すぐ駆けつければ戦いに間に合うかもしれない・・・アリは裏に回って馬を引出してまたがった。だが彼女の前にローザン子爵が立ちふさがった。
「アリ! どこに行く?」
「王都に・・・。聖騎士団が危ないのです!」
「いかん! さっきの話は聞いた。だがおまえはもう聖騎士団と関係がない。お妃になる身だ。そんな危険なところにやるわけにいかん!」
ローザン子爵は止めようとする。マリ夫人も出てきた。
「アリ。もう女に戻って! あなたには幸せになってほしいのよ」
「お母様。私には聖騎士団の団員として守らねばならなものがあるのです! ごめんなさい!」
アリは馬の腹を蹴った。すると馬が進み出した。
「アリ! 行くな!」
「アリ! 戻ってきて! これ以上、悲しませないで!」
アリは両親の叫びを振り切って門を出ようとした。するとそこにフィンリーが立っていた。
「姉さん! どうしても行くんだね?」
「ええ。仲間が襲われているのに知らんぷりはできないの!」
「姉さんらしい・・・。そらっ!」
フィンリーはアリの剣を投げ渡してくれた。彼が部屋から持ってきてくれたのだ。
「ありがとう! フィンリー!」
「姉さん! もう一度言わせて。王家は滅ぶ運命だ。姉さんがそれに殉じる必要はないんだよ!」
「たとえそうでもわが身を捧げねばならないことがあるのよ!」
アリは馬を走らせた。覚悟はすでにできている。それは前世の時からそうだった・・・アリの中の丈一郎の心が語っている。
「姉さん・・・」
フィンリーはアリの姿をずっと見送っていた。これが今生の別れになるのではないかと・・・。
◇
カルヴァン団長はガゼル塔に上っていた。その最上階は展望台になっている。そこから4つの門の様子が見える。
「北門の一番隊はすでに戦闘中か・・・。東門の二番隊は戦闘開始。西門の三番隊と南門の四番隊はこれから戦闘に入る。魔獣が門の前まで来ている・・・・」
カルヴァン団長の言葉を、作戦担当のバイエルン正団員が地図を広げて書き込んでいた。そこにオーガ副団長が上がってきた。
「偵察に出していた者はすべて帰ってきた。すべてここに集めた」
「ではプレゼとモーガンを北門の応援に派遣してくれ。もう激しい戦闘になっている。人手がいるだろう」
「わかった。2人を行かせる!」
オーガ副団長はその下で待機している2人に命令を伝えた。
「2人を行かせた。他の門はどうなんだ?」
「戦闘が始まったばかりだ。様子を見よう」
オーガ副団長は4つの門の様子を見ていた。
「ジーク。どう思う? 今回の攻撃を」
「敵は焦っているな。よりによって聖騎士団の本拠地を狙ってくるとは・・・。だが食い止められる。仮に門が突破されても結界が張ってある。魔獣は中に入れん」
オーガ副団長は楽観的に見ていた。だがカルヴァン団長は慎重だった。
「しかし魔獣に入られた例もある」
「それはレイクが手引きしていたからだろう。奴がいなければ心配ない」
カルヴァン団長は(他にも裏切り者がいたら・・・)と言いかけたがやめておいた。こんなことを考えて部下を信用しないことが敵の術中にはまる気がしたのだ。
「まあ、迎撃態勢はできたし、魔獣を叩き斬るだけだ。ここで大打撃を与えれば敵も二度とこんな馬鹿な真似をしないだろう」
カルヴァン団長の言葉にオーガ副団長は(まあな)とうなずいていた。
一番隊は北門で奮闘していた。魔獣の数は多いが次々に撃退できていた。最も腕の立つマリウスを欠いていたが。それでも十分な戦いはできた。それに本部からも応援が到着した。これで魔獣を押し返すことができる・・・キタ隊長はそう思っていた。だがその目論見が崩れることになった。
「うわあ!」
先頭で戦っていたオリバー正団員が吹っ飛ばされてきた。
「強力な魔獣がいるぞ! 気をつけろ!」
キタ隊長は大声で叫んで部下に注意を与えた。彼は嫌な予感がしていた。とんでもないものが出てくるのではないかと・・・。それがすぐに見えてきた。彼は思わず驚愕の声を上げた。
「あれは悪魔熊!」




