第65話 実家
アリは久しぶりに実家に帰った。あれから王宮を逃げるように退去して、聖騎士団の本拠地であるロンチェスター寺院に戻った。そこで実家に手紙を書いて3日ほど過ごしてから馬車に乗って帰ってきたのだ。窓からは懐かしい田園風景が広がっている。
屋敷の前に到着して馬車から降りるとフィンリーが待っていた。
「お帰りなさい。姉さん」
「フィンリー。大きくなったわね」
「姉さんもだよ。あれから何年もたつから・・・」
玄関を開けるとローザン子爵とマリ夫人が笑顔で迎えてくれた。
「アリ! お帰り!」
「よく帰ってきたわ。さあ、奥にお上がり」
リビングのソファに座ると懐かしさがこみあげる。つい数年前のことなのにかなり年月が経ったように感じられた。だがマリ夫人はアリをゆっくり座らせておいてもくれない。
「さあ、早く着替えなさい。ドレスを仕立てておいたのよ」
アリはシャツとズボン。まるで男のような格好で戻ってきた。それがマリ夫人には気に入らないのだ。聖騎士団では男として任務に就いていたのは知っていたが・・・。
「お母様。私はこの方が・・・」
「いいわけがありません! すぐに着替えて!」
アリは侍女に部屋に連れていかれドレスに着替えさせられた。そしてまたリビングに戻った。着飾ったアリを見てマリ夫人が歓喜の声を上げた。
「やはり私の娘ね。よく似合う! もう男の格好をしなくてもいいのよ」
「どういうことなの? 聖騎士団は辞めないわ!」
アリはそう言ったが、ローザン子爵は大きく首を横に振った。
「もういいんだ。聖騎士団は辞めてここにいるんだ」
「どういうことですか?」
「そんなことはどうでもいい。それよりでかした! アリ!」
アリには訳が分からなかった。ローザン子爵もマリ夫人もあふれんばかりの笑顔でアリを見ている。
「王宮から密使が来られたのだ。スレッド王子様がお前をお妃にと・・・」
マリウスはそうならないように王宮からアリを出したのだが、スレッド王子はあきらめていなかった。実家の両親に結婚話をもちかけていたのだ。
「お父様。私は結婚などと・・・」
「いや、めでたい! 我が家が王家と縁続きになるとは・・・」
「まるで夢のようですわ!」
ローザン子爵とマリ夫人はアリの意見など聞かず、この世の春が来たかのようにうっとりと話している。(このままではまずい)とアリははっきりと2人に言った。
「お父様。お母様。私はお妃になる気はありません。聖騎士団で国のために尽くすつもりです!」
その言葉にローザン子爵もマリ夫人も驚いた。
「なんということを! 聖騎士団など問題にならん! おまえは女なのだぞ! いつまでそんなところにいるつもりだ!」
「そうよ! アリ! お妃ですよ! 将来は王妃様ですよ! これ以上の女の幸せはありませんよ!」
2人はこんな話を断ろうとするアリの気持ちが理解できなかった。何とか説得しようとしていた。だがアリも強情だ。前世の丈一郎の心の部分もある。これにはローザン子爵は業を煮やした。
「わかった! お前が『うん』というまでこの屋敷を出さん! 頭を冷やしてよく考えるんだ!」
こうしてアリはこの屋敷から一歩も出られなくなってしまった。
屋敷に閉じ込められて退屈しているアリにフィンリーがいい話し相手になった。彼は剣術の代わりに学問をおさめ、飛び級で王都近郊の大学に通っている。今はたまたま休みで実家に帰ってきたのだ。
いろんな話をした後、フィンリーが聞いた。
「姉さん。お妃になる気はないの?」
「ないわ」
即答したアリだったが、あのスレッド王子のことはよく思い出される。頼りないが放っておけない・・・そんな感じの人だった。自分のことを深く思ってくれている・・・そのことがアリの少女の心の部分を揺さぶっていた。
「フィンリーはどう思うの?」
「普通なら賛成するところだけど・・・」
フィンリーはため息をついた。
「今は民衆の不満がたまっている。それが王家に向けられている・・・」
フィンリーは話し始めた。彼が見た民衆のことを・・・。
「大きな声では言えないが、民衆は王様を敬う気持ちをなくしている。度重なる失政により民衆は怒りさえ覚えている。それは反王家の運動として王都、いや国全体に広がりつつある・・・」
フィンリーの話ぶりでは彼も王様に疑問を持っているようだった。
「フィンリー! もしかしてあなたは!」
「姉さん! 聖騎士団にいて王家を守るっていうけど、それは正しいことなのか? もう王家に明日はない。守るべきものなのか?」
「やめなさい! そんなことを言っていると反逆者にされてしまうわよ!」
アリは声を荒げた。そうした疑問を持ってはならない・・・王家に忠誠を尽くそうとするアリにはフィンリーの考えを認めるわけにはいかなかった。
「姉さん。僕は本当のことを言っているんだ。姉さんこそ世の中をよく見たらいい。どれだけの人たちが苦しんでいるか・・・」
それはフィンリーに言われなくてもアリは知っている。王都の裏の姿をさんざんを見てきたのだから・・・。だからと言って反王家の考えを持つとはあまりにも飛躍しすぎる・・・。
「僕は自分の信じる道を行く。それが姉さんの考えと違っても・・・」
フィンリーはそう言って部屋を出て行った。
(フィンリーは反王家運動をしている。民衆をあおって大きな騒動を起こすかもしれない。そうなったら・・・私は覚悟を決めねばならない)
そう思うアリはため息をつくしかなかった。




