第64話 求愛
アリは何とか立ち上がった。自分を狙う者はレイクだったのだ。だが・・・
(レイクは誰かの命令で私を聖騎士団から追い払おうとした。殺そうとしてまで・・・。レイクは死んだが、その者はまだいる。また別の者を使って狙ってくるかもしれない・・・)
そう考えると安心できない。アリはため息をついた。
王宮を大きく騒がせた魔獣の襲撃事件は終わった。マリウスはフレッチャー従団員とともに王様のもとに駆けつけたが、結局そこは襲撃を受けなかった。
今回はアリを狙ったレイクの犯行だったことに間違いない。だが王妃様とスレッド王子はアリに命を救われたと思っていた。
「アリ。ありがとう。あなたにまた救われました」
王妃様はアリの手を取って感謝を伝えた。その目は愛する男を見る目になっていた。アリはそれに引き込まれそうなのを何とか耐えた。王妃と騎士団員・・・それはあってはならぬタブーだからだ。しかもアリは女である。教会に知れれば異端者として裁判を受けて火あぶりにされるだろう。
一方、スレッド王子もアリにご執心だった。彼はアリが女だと知ってしまった。それでアリへの思いは一層募ることになった。アリの方は以前と同じように接していたが、スレッド王子はもうそれに我慢できない。
(このままではおかしくなってしまいそうだ)
この思いを隠しておけなくなった。彼は自室にアリを呼んだ。
「どのような御用でしょうか?」
「アリ、ちょっとそばに来てくれ」
アリは何の疑いもなく、スレッド王子の近くに来た。
「アリ。私は君を愛している!」
そしてアリの手を握った。
「王子様! ご戯れを・・・」
アリは手を放そうとするが、スレッド王子は放そうとしない。
「アリ。お願いだ。私の愛を受けいれて欲しい。ずっとそばにいてくれ」
「王子様。私は聖騎士団員です。男として生きているのです。とてもそんなことは・・・」
「ただの気まぐれではない。妃として迎えたいのだ」
「私のような者にそのような・・・」
「いや、アリなら妃になれる。何も心配いらない。父上も母上もアリを気に入ってくれる」
確かにアリはローザン子爵の令嬢であり、妃となる身分はある。スレッド王子に迫られてアリに中にある少女の心が揺れた。
「だから聖騎士団を辞めてくれ。そして実家に戻るんだ。そうしてくれたら体裁がつく。結婚の申し込みもできる」
スレッド王子はアリに迫った。だがアリには急なことでどうしたらいいかわからない。
「王子様。いきなりのことで私には・・・」
「アリ。私はアリなしではいられなくなったのだ」
スレッド王子はアリの体を引き寄せて、その手で抱きしめた。
「お、王子様。落ち着いてください・・・」
アリは驚いてを引き離そうとするが、スレッド王子はぐっと抱きしめたままだ。
「アリ。このまま君を・・・」
すると「トントントン」とドアをノックする音が聞こえた。スレッド王子はそれを無視しようとした。だが「ドンドンドン」とドアを叩く音がして外から声が聞こえた。
「王子様。マリウスです。ここをお開け下さい」
ドアを打ち破っても入ってきそうな勢いだった。それでスレッド王子はアリを放した。
「入れ!」
マリウスがドアを開けて部屋に入ってきた。アリが恥ずかしそうにうつむいている。その空気を感じてマリウスは察した。スレッド王子が苛立ちながら聞いた。
「何事だ?」
「警備のことでアリに話があるので・・・。アリを連れて行きます」
「待て!」
「申し訳ありません。急ぎますので」
マリウスはスレッド王子の制止を振り切って、アリの腕をとって引っ張るように外に出た。部屋の中に残されたスレッド王子は唇をかみしめた。
「あと一歩だったのに・・・、マリウス。アリは絶対誰にも渡さぬからな」
スレッドそう王子はそう呟いていた。
一方、アリはほっとしていた。あのまま中にいたらどうなっていたかわからない。マリウスはアリの先を歩いていた。どこに行くかも言わずに・・・。
「マリウスさん。ありがとう」
「何がだ?」
マリウスはぶっきらぼうに答えた。
「いえ、助けていただいて・・・」
するとマリウスは振り返ってアリに近付いてきた。その顔にいつもの冷静さはない。
「何があったんだ?」
「それは・・・」
アリは答えられない。スレッド王子から求愛されたことなど・・・。マリウスは怖い顔でどんどん迫ってきた。彼女はそれに押されるかのように壁際に追い詰められた。
「王子様は君に何を言ったんだ?」
「いえ、別に・・・」
するとマリウスは腕を伸ばして壁を「ダン!」と右手を突いた。
「王子様は君に言い寄ったんだろう。ちゃんと断ったのか!」
「ええ、それは確かに・・・」
「それで中で何もなかったんだな?」
「はい。もちろんです」
アリがそう言うとマリウスはほっとした様子だった。落ち着いた表情になり、壁についた右手を外してアリから離れた。
「すまなかった。つい・・・」
「つい・・・何ですか?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
マリウスはまた廊下を歩き出した。その後をアリがついていく。やがて聖騎士団の詰め所に入った。そこには誰もいない。マリウスはおもむろに言った。
「アリ。君がここにいてはいけない」
「どうしてですか?」
「任務に差し支えるからだ。君には休暇を与えることにした。明日早朝に王宮を出たまえ。カルヴァン団長には休養のためと報告を出しておく。じきに代わりの者が来る。君は故郷に帰って体を休めたらいい」
マリウスの突然の話にアリは戸惑った。
「なぜ私が休暇を・・・」
「理由は聞くな! 君は長いこと休暇を取っていないし、実家にも帰っていない。それだけだ。これは僕の命令だ」
マリウスはそれだけ言ってアリから顔をそむけた。アリは不服だったが、マリウスがボソッとつぶやいた。
「君に変なことになってもらいたくない。王子と・・・。そのあたりはわかってくれ」
アリはそれを聞いてマリウスの命令に素直に従うことにした。
翌日の朝からアリの姿は王宮から消えた。急に休暇を与えられたという・・・それを聞いてスレッド王子は机をどんと叩いた。
「アリは私のものだ! 絶対にやつには渡さぬ」




