第63話 師匠と弟子
前には魔白蛇、後ろには悪魔熊・・・アリは窮地に陥っていた。
(これはまずいことになった・・・)
2体とも強力な魔獣だ。それがいっぺんに・・・。これではいくらアリでもどうしようもない。
3者はにらみ合っていたが、そのうちに悪魔熊が駆け寄ってきた。アリはとっさに身をかわした。
「どういうことだ・・・」
アリは目の前の光景に身を疑った。魔白蛇と悪魔熊が戦い始めたのである。魔白蛇が大きな口を開けて飲み込もうとするが、悪魔熊が左手を振り上げて打撃を与えている。
「アリ君。少々、手助けしよう」
「お。おまえはミハイル!」
その後方に現れたのはミハイルだった。悠然と魔法の棒を両手で遊ばせている。
「どうしておまえが?」
「言っただろう。私は君が気に入っているからだ。それにそやつがしていることが気に食わなくてな」
ミハイルはレイクを指さした。
「師匠」
「おまえに師匠などと言われる筋合いはない。かなり前に破門したであろう。その時に勝手に黒魔術を使うなと警告したはずだ。しかし私が教えた黒魔術でコソコソとこんなことをしていたとは・・・あきれ果ててものが言えぬわ!」
ミハイルはペッとつばを吐いた。
「この黒魔術で俺は出世するんだ! 聖騎士団のトップ、いやこの国を牛耳ってやる!」
「それで愚かにも何者かの飼い犬に成り下がったわけか」
「そのお方は私の力をおおいに評価してくださる。あんたなんかとは違う!」
「それなら見せてみろ! アリ君。愚かな元弟子に鉄槌を加えてくれたまえ」
ミハイルはそう言った。そばでは魔白蛇と悪魔熊が死闘を繰り広げている。この隙にレイクを倒すしかない。
「レイク! 行くぞ!」
アリは向かって行った。両手で持った剣を上から大きく振り下ろした。
「兜割!」
するとその衝撃で結界は破れた。アリはその間合いに入って行く。一方、レイクはあわてて落ちた剣を手に戻した。だが魔法をかけている余裕はない。その剣でアリの剣を受け止めた。だがじりじりと押されている。
「くそっ!」
レイクは必死にあがいていた。
「降参しろ! 命までは取らない」
「おまえなんかに! 俺は負けない! 最強になって殺してやる!」
レイクは剣を押し返してその場を離れた。そして剣を捨てて呪文をかけた。自分自身に・・・。するとレイクが黒い煙をまとい、姿を変えていった。
体が真っ赤に大きくなって服が引きちぎれた。頭から角が生え。目は鋭くなってつり上がり、歯は鋭くなって、下からは口からはみ出す牙が生えた。両手も大きくなり鋭い爪が伸びた。それは魔人。鬼のような姿だった。
「ぐわあ!」
魔人はアリに襲い掛かった。もはや人間としての心は感じられない。アリを殺そうという執念の塊になっている。
「レイク! やめるんだ! 元に戻るんだ!」
アリは魔人の爪を剣で受け止めながら声を上げた。だがその声は届くはずはない。
(レイク・・・こんな姿に・・・ならばその姿を多くの者にさらす前に倒そう)
アリは決心した。左足を前に出し、剣を右側に寄せて垂直に構えた。八相の構えだ。魔人が間合いに入ってくる。アリは飛び込んで剣を横に払った。
「鎧胴斬り!」
それは魔人の腹を斬り裂いた。そして通り過ぎるとすぐに振り返り、刀を振り上げて二の手を放った。
「兜割!」
それは魔人の硬い頭蓋を割った。鮮血がパッと飛び散る。
「ぐわああ・・・」
魔人はレイクの姿に戻ることなく、灰になって消えていった。
「ふうっ・・・」
アリはパッと剣を振って血を払うとくるりと回転させて鞘に納めた。
「見事だった。アリ君。魔人を倒すとは・・・」
ミハイルは満足げに微笑んでいた。レイクが消えたので魔白蛇はおとなしくなって元の小さな白蛇に戻った。悪魔熊も小さな子熊に戻った。
「レイクはかつて、私の最愛に弟子だった。純粋ないい目をしていた。共に国を変える同志になると信じた。それがどうだ。聖騎士団に潜入したものの、その毒気に侵されてしまった・・・」
ミハイルはぽつりと言った。
「私が魔獣で王都を混乱させているのに乗じて、レイクは魔獣を君にけしかけた。このテディもそうだ。大猿もそうだったし、犬も鶏も鷹も・・・。こんなことをするために黒魔術を教えたのではない。この国のために使うと誓わせたのに・・・」
ミハイルは悲しそうだった。
「だがお前のやっていることも許されない。魔獣のためにどれほどのものが犠牲になっているか・・・」
「アリ君。それはこの国のためだ。君は王を見たはずだ。怠惰で享楽のみを追い続けている。庶民は苦しんでいるのだ。王を除かぬ限り、この国に未来はない」
「それ詭弁だ! おまえが人々を苦しめているのには違いはない!」
アリは激しい口調で声を上げた。それを見てミハイルは微笑んだ。
「君は純粋だ。汚れていない目をしている。君のような者がこの国を救う。だから私とともに立とう!」
「僕はおまえとともにすることはない。今もこれからもだ!」
アリは強く言い放った。
「アリ君。私は君が好きだ。だが次は戦わねばならないかもしれない。もしこの国をよくしたいなら次に会う時は私に賛同してほしいものだ」
ミハイルはその場を去ろうとした。
「待て! おまえを拘束する!」
「やめたまえ! 君が私に敵うはずはない」
「それなら試すだけだ!」
アリは剣を振り上げてミハイルに向かって行った。前とは違う。あれから腕を上げたはずだと信じて・・・。だがミハイルは右手を開いてアリの方に押し出した。
「うわっ!」
アリはそのままはね飛ばされて地面に叩きつけられた。
「さらばだ! アリ君」
ミハイルは白蛇と子熊とともにすっと姿を消していった。アリはそれをただ見送るしかなかった。




