第61話 思わぬ敵
仮面舞踏会の後も特に王宮には何の変わりもなかった。魔獣の襲撃はなく、おだやかな日々が続く。
アリはスレッド王子の剣術稽古の相手をして、王妃様とともにお茶をする。そんな毎日を過ごしていた。だから警備の配置につくことは少ない。ただ空いた時間には自ら剣の鍛錬を課していた。その鋭さはますます磨きがかかっている。
マリウスはそんなアリを遠くから見守っていた。彼女はいろんな意味で狙われているからだ。
(この王宮やガーラン離宮は魔法使いによって常に結界が張られている。ロンチェスター寺院も同様だ。魔獣はそれを突破できない。だが中で手引きをしたら話は別だ。門には結界はない。そこから越えてしまえば魔獣は侵入できる。一体、誰が・・・)
裏で暗躍する者がいる。それを突き止めねばならない。それに・・・
‘(スレッド王子はアリが女であることを知ってしまった。以前と変わらないようにアリと接しているが・・・。いつ、その秘密をばらしてしまうかわからない)
だがマリウスは気にかかる心配は別にあることは自分でも自覚していた。
◇
王宮の裏門。その内側には2人の兵士が警備に就いていた。門は固く閉じられ、夜間はよほど急なことがなければ開けることはない。
「今夜も何事もなさそうだな」
「ああ、そうだな」
すでに真夜中を回っていた。門番たちはのぞき穴から外を監視する。特に異常はない。しんと静まり返った通りが見えるだけだ。だが・・・・
「おやっ?」
門番たちはそこに何かの気配を感じた。門の前に何かが集まろうとしている・・・。すると不意に背後から、
「門をあけろ」
と声をかけられた。振り返ると、かがり火の明りに人影が浮き上がっていた。
「誰だ!」
だがそれが門番たちの最期の言葉になった。いきなりその人影に斬られてしまったのだ。声も立てられずにドサッと倒れた。
その人影は何やら呪文を唱えた。すると大きな門がかすかにきしみながら開きだした。その先にうごめくものがあった。徐々に灯りに照らされて見えてくる。それは野犬の群れだった。
「こんなに集まったか」
人影はつぶやき、また呪文を唱えた。すると野犬は門から入って来て暗い煙をまとわり出した。それらは魔犬になったのだ。そしてそのまま内部に侵入していった。
魔犬は王宮に入り込んで人々に襲い掛かった。多くの魔犬が入り込んでおり、前の時と比べ物にならない。王宮の中は逃げ惑う人たちで大混乱に陥った。
マリウスたちがその騒動に気付くまでにはそう時間はかからなかった。大きな物音に目を覚ましたマリウスは部屋を飛び出した。すでにアリたちも廊下に出て来ていた。
「マリウスさん。何か起こったようです」
「そうだな。情報を得るため親衛隊の本部に行こう」
マリウスたち5人が向かおうとすると親衛隊の士官が報告に来た。
「大変です!」
「何事だ!」
「王宮に魔犬が・・・」
「規模は?」
「多数です。すでに王宮内に侵入されています」
「わかった! すぐに行く!」
マリウスは魔獣が大攻勢をかけてきたことを知った。
(また手引きをした者がいる。一体誰が・・・いや、今は王様たちを守らねばならない)
王様の寝室と王妃様やスレッド王子の部屋は離れている。両方を守らねばならない。
「僕はフレッチャーとともに王様を守る。エバンスはアリとレイクを連れて、王妃様と王子様のもとに向かえ。お二人をお守りするんだ」
マリウスが指示を与えた。それで二手に分かれることになった。
アリたちは王妃様やスレッド王子のもとに駆けつけた。すでに奥の間にお二人にお移しして、その前は親衛隊が固めている。
「ひとまずここは大丈夫なようだ」
エバンス正団員はほっとしていた。だがここもそのうち襲われる可能性がある。
「今のうちに向かいの離れに移動してはどうでしょうか? そこの方が守りやすいと思います」
レイクがそう提案した。確かに魔犬が侵入した王宮では危険が多い。その離れは小さいが、しっかり扉や窓を封鎖すれば外からの攻撃に強い。エバンス正団員はうなずいた。
「そうだな。そこに籠ろう」
だがアリは嫌な胸騒ぎを覚えた。
「ちょっと待ってください! 玄関に移動して外を通らねばなりません。もしその時に襲撃されれば・・・」
「いや、階下に降りて窓から出れば中庭を渡るだけでいい。見渡しもいいから魔犬がいたらわかる」
レイクはそう主張した。エバンス正団員は少し考えて判断した。
「離れに移ろう。階下の窓から脱出すれば大丈夫だろう。このことをマリウスさんに伝えに行ってくれ」
親衛隊の兵に伝令を頼んだ。そして王妃様とスレッド王子を連れて移動することになった。エバンス正団員とアリ、レイクが奥の間に入り、お二人に申し上げた。
「王妃様。王子様。ここは危険です。向かいの離れなら安全かと思われます。そこにお移りいただきます」
「大丈夫なのか? ここから移動しても・・・」
スレッド王子も懸念しているようだった。
「大丈夫です。我々聖騎士団員3名と親衛隊がお守りします」
「わかった。移動しよう」
だが王妃様は恐怖で立つこともできない。スレッド王子がアリに言った。
「アリ。すまないが母上を頼む」
「わかりました。王妃様。失礼いたします」
アリは王妃様を抱えるようにして立たせた。これでなんとか移動できそうだ。
「じゃあ、出発する。レイクは後方を頼む。私は先頭につく」
一行は奥の間を出て階下に降りた。幸いにも魔犬はいない。エバンス正団員が大きな窓を開けて外を見た。中庭の前に小さな離れがある。辺りを見渡してみたがやはり魔犬の姿はない。
「大丈夫なようだ。移動するぞ」
王妃様とスレッド王子はアリや親衛隊の兵に助けられて窓の外に出た。一行は静かに離れに向かう。辺りはしんと静まり返っているが・・・。
(何かおかしい・・・)
アリは異変を感じていた。誰か、いや多くのものに見られているような・・・遠くから殺気が伝わる。だがすぐに襲ってくる様子はない。何かを待っているように感じられるのだ。
先頭を歩くエバンス正団員が離れに着いた。中を確認したが何者かが隠れている様子はない。そこに王妃様とスレッド王子、そして後方を警戒していたレイクも離れに到着した。 あとはそこに籠るだけだ。エバンス正団員のそばにレイクが行った。
「中はどうでした?」
「大丈夫だ」
「それはよかった。では・・・」
レイクはいきなり剣を抜くと、エバンス正団員を斬った。




