第59話 仮面舞踏会
アリたちは馬車でガーラン離宮に向かった。乗り合わせたエバンス正団員とレイクがじっとアリを観察する。
「男が女装したとは思えないな」
「ええ、もう美しい以外ない。向こうでは男が押し寄せますね」
そんな話をしている。だがマリウスは窓から外を眺めて、アリに目を向けようとしない。
(少し色気がありすぎたかな・・・)
そう思いながらアリはマリウスを困らせたくなった。
「マリウスさん。どう? 似合っている?」
「あ、ああ。これなら怪しまれない」
「それだけなの?」
「いや、それは・・・」
アリには16の娘の心もある。それがマリウスの反応を楽しんでいた。
やがて馬車はガーラン離宮についた。ここでエバンス正団員とレイクと別れてマリウスとアリだけになる。2人は仮面をつけて馬車の外に出た。誰が見ても舞踏会の出席者としておかしくない。エバンス正団員が後ろから声をかけた
「我々は会場の外で待機しています。何かあれば駆けつけます」
「わかった」
「それからマリウスさん。アリをエスコートしてください。腕を組むのですよ」
そう言われてマリウスは緊張しながらアリと腕を組んだ。マリウスはガチガチだ。一方、アリの方はリラックスしている。
「お似合いですよ」
「わかったから行け!」
マリウスがそう言うと馬車は玄関から離れた。ここからが正念場だ。
会場にはすでにかなり人が集まっていた。この仮面舞踏会には王様以外にスレッド王子が出席する。今回、王族の馬車の護衛は五番隊が請け負っている。もう無事に到着したようだ。
マリウスとアリが会場に入ると、いきなり出席者の視線を浴びた。聖騎士団の正装姿のすらっとした美男と真っ赤なドレスの美しい女性・・・目を引かないわけがない。
「男性は多分、マリウス・トッドさんよ。やはりうわさ通りのハンサムだわ。でも女性の方は?」
「お美しい方ね。どこの方かしら?」
「貴族の令嬢みたいだけど。社交界のデビューなのかしら」
いろんな声が聞こえてくる。この仮面舞踏会で相手のことを聞くのはマナーに反する。だからアリに直接に聞いてくる者はいない。
華やかな会場に美しき着飾った上流階級の人たち・・・16歳の少女の心を持つアリにはまぶしく見えた。
(ここが社交界なのね。楽しそう・・・)
アリは任務を忘れそうだった。アリの年から言えば社交界デビューでもおかしくない。もし剣術などせず、両親の思うとおりの生活をしていたらアリはここにいたかもしれない。そう思うと余計に感慨深く感じた。もしかしたらこんな生き方もあったかも・・・。
そんなアリの浮かれ気分に気づいたのか、マリウスが横からそっと声をかけた。
「アリ。気を抜くな。いつ魔獣が出るかわからないのだぞ」
「わかっています」
アリはそう言われて気を入れ直した。まだ丈一郎の心の部分がそれを忘れないでいる。
仮面をつけた王様から開会のあいさつがあった後、楽団が音楽を奏で始める。ここからがダンスのスタートだ。それぞれがパートナーと踊ることになる。
アリはマリウスとダンスを踊った。久しぶりだがマリウスが巧みにリードする。その姿はやはり人目を引いている。
「なかなかうまいな」
「でももう何年も踊っていないのです。マリウスさんは?」
「僕はたまに舞踏会に呼ばれるから。でも君のように可憐に踊れる人は少ない」
「まあ、うれしい」
今日ばかりはアリは16の少女になっていた。
やがて1曲が終わった。アリはマリウスと微笑みながら礼を交わす。するとアリの前に男性が押し掛けてきた。
「私と踊っていただけますか?」
「いえ、私と」
さすがにアリは困惑していた。そこに一人の男性が近づいてきた。周りの者がそれに気づいて道を開けた。
「私と踊っていただけますか?」
それはスレッド王子だった。アリとは思わず、ダンスを申し込んできたのだ。
「いえ、私は・・・」
「どうしてもあなたと踊りたいのです」
スレッド王子は強引だった。右手を差し出してくる。横を見るとマリウスが(僕はかまわない)と目で合図を送ってくる。
「ではお願いします」
アリはスレッド王子の手を取った。
スレッド王子もまたダンスが上手だった。アリを巧みにリードしていく。そして踊りながら話しかけてくる。
「このような場所は初めてですか?」
「ええ」
「それにしてはダンスがお上手です。また踊りたいものです」
「機会があれば・・・」
「近いうちに王宮で舞踏会がおこなわれます。今度はそのお顔を拝見したいものです」
「でも私などが・・・」
「いえ、ぜひとも。不躾ですがお名前を教えていただければ招待状を送りますので」
「仮面舞踏会では駄目ですわ」
「では私から申し上げましょう。私は王子のスレッドです」
「まあ、王子様でしたの」
アリはわざと驚いた声を出した。だが彼がスレッド王子であることは仮面をつけていてもみんなわかっている。だから彼の行こうとすると道を開ける。彼は身分がわからないようにしていると思っているが・・・。
「だから怖がることはありません。安心して名前をお聞かせください」
「今日のところはご勘弁ください」
「またお会いできる方法を考えましょう」
スレッド王子はアリを口説こうとしていた。彼女はばれないように何とか答えをはぐらかせていた。
その時だった。
「きゃあ!」
と悲鳴が上がった。アリが振り向くと魔獣がまっすぐ向かって来ていた。
(あれは魔鷹!)
黒い煙をまとい、大きく翼を広げて、その爪で襲いかかろうとしていた。




