第58話 女装
毎年恒例の仮面舞踏会が開かれることになった。それは王宮ではなく、山の上にあるガーラン離宮でだ。魔獣襲撃の可能性がある中、これだけは王様は中止しようとしなかった。この舞踏会は表向きは身分を隠さねばならないし、中で起こったことは秘密厳守とされる。だからこれに乗じて若い女をむさぼろうという邪な欲望を抑えきれなかったからだ。
マリウスはこれに対して対策を立てねばならない。だが護衛など無粋な者は会場に入れないことになっている。
「会場の外に親衛隊や我々がいたとしても、中で何かがあった時、駆けつけられない」
「出席者として会場に紛れ込んでおくのがいいと思いますが・・・」
エバンス正団員はそう提案する。
「だが男女ペアだ。それも無礼講の仮面舞踏会だから出席者が限られる。聖騎士団の誰かが女性をエスコートして出るしかないのだが・・・」
しかし頼む女性が限られる。秘密厳守で危険を承知で行ってくれる者、しかも社交界のマナーを心得ていてダンスが踊れる者などマリウスには心当たりがなかった。
「貴族であればその辺は心得ているのだが・・・」
だがエバンス税団員は笑って言った。
「いるじゃありませんか。適任が・・・」
彼はアリを指さしていた。
「ええっ!」
これにはアリもマリウスも驚いた。
「アリはローザン子爵家の出。大丈夫でしょう。それに小柄で顔もかわいらしい。女装させればばれません」
エバンス正団員は自分の提案に自信があるようだった。彼は知らなかったが、確かに本当にアリは女だから・・・。
「うむ、確かに。思いつきもしなかったがそれは妙案だ」
マリウスは大きくうなずいた。だがアリは抵抗した。
「ちょっと待ってください。僕が女装などと・・・」
聖騎士団に入ってからわざと男っぽく振舞ったし、ドレスなど着ていない。今さら女の恰好をしておしとやかにするのは少し抵抗がある。
「しかしダンスもできるのだろう。社交界のマナーも知っているな」
「それはそうですが・・・」
家にいる間はその辺はみっちり仕込まれた。もっとも剣術をしながらではあったが・・・。ダンスは筋がいいと先生からほめられたこともある。
「それで決まりだ。で、男の方は?」
「それはマリウスさんしかいないでしょう」
エバンスはにやにや笑っていた。
「それは困る」
マリウスは変に意識していた。アリと寄り添ってダンスを踊る・・・考えてみるだけで顔が赤くなりそうだった。
「何が困るのですか? ここで貴族と言ったらアリの他はマリウスさんしかいません。他の者はダンスを踊れません。剣術ばかりしてきましたから」
マリウスはトッド男爵家の子息である。彼も社交界のことは一通りできる。
「では決まりです。マリウスさんは聖騎士団の正装でお願いします。アリはドレスで。これは女官長に頼んでおきます。あとは仮面を用意しないと・・・。お二人が並んだ姿、ああ、楽しみだ。早く見たいものです」
エバンス正団員の表情は笑っていた。彼にしてみたら本当の仮装が見られると思っているようだ。男と男のペアの・・・。マリウスがため息交じりに言った。
「面白がっていないか?」
「いえ、まじめです。では当日までにダンスの練習などなさっておいてください」
こうしてマリウスとアリは仮面舞踏会に出ることになった。
◇
女官長から仮面舞踏会用のドレスを借りた。バラをモチーフにした真っ赤なドレスだ。一人でなんとか着てみた。鏡を見ると完全に女性の姿だ。胸元をあまり露出しないようなデザインだが、それでも体の線が出る。それがアリには気恥ずかしかった。
着替え終わって行こうとすると、部屋の外で女官長から呼び止められた。彼女だけには今回の護衛のことを話してある。アリが女装していくと・・・。女官長はアリの姿を見て驚いた。男なのにこんなに赤いドレスが似合うとは・・・。
「まあ、おきれい。バラが咲いたよう。こんなにドレスがお似合いだなんて・・・。でもそれで行こうというのですか?」
「ええ、ドレスは着ましたから」
「いけません。どうぞこちらへ」
アリは鏡の前に座らされた。
「何をするのですか?」
「お化粧です。すっぴんではダメです」
「でも・・・」
「任せてください。きれいにいたしますから」
女官長は慣れた手つきでアリに化粧を施していった。
マリウスたちは馬車の前で待っていた。王妃様だけは残られるので、留守番にフレッチャー従団員を残すことにし、あとの者が仮面舞踏会に向かう。
「遅いな。どうしたんだ・・・」
マリウスは少しイライラしていた。そこにやっとアリが外に出てきた。女官長も一緒だ。
「お待たせしました」
「アリ、アリなのか・・・」
マリウスは茫然としてしまった。真っ赤なドレスにきれいに化粧されて、アリは美しい淑女として姿を現したからだ。普段は見ることのない、ういういしいがバラが咲いたかのような華やかさがあった。それは他の団員も同じだった。皆がアリの美しさに見とれていた。
「さあさあ、皆さんどうしたんです? お出かけですよ」
女官長が促した。それでマリウスははっとして場所のドアを開けて乗り込もうとした。アリも続いて馬車に乗ろうとしたが、それを女官長が注意した。
「どうしたんです? 殿方がエスコートするのが当然ですよ。マリウスさん、ちゃんと手を取ってあげて」
「ああ、そうだった」
マリウスはアリの手を取った。近くで見るとよりその美しさがはっきりわかる。アリが微笑みながらお礼を言った。
「ありがとうございます」
「ああ・・・」
マリウスはそうとしか答えられない。頬が赤く染まっていた。
「マリウスさん。会場ではしっかり『彼女』をエスコートしてください。いいですね」
「わかりました」
頬を赤くしたままマリウスは答えた。そんなマリウスを見てアリは何かうれしい気がしていた。




