第56話 王妃様
アリの視線に気づいた王妃様は微笑みながら尋ねた。
「私の顔に何かついていますか?」
「い、いえ、何も・・・」
アリははっとして慌てて答えた。糸のことを思い出すがあまり、王妃様の顔をじっと眺めていたのだ。
「あなたたちが来るまで、スレッドはいつも部屋にいてつまらなそうにしていました。それが外で剣術を始めるようになって明るくなりました。体も強くなったようです。礼を言います」
「いえ、礼など・・・。王子様が剣術に興味を持っていただいたのでしょう。できる限りのことはさせていただきます」
アリはそう言うと王妃様は喜んでいた。
「これからも頼みますよ。では・・・」
王妃様は立ち上がって行ってしまった。アリは立ち上がってその後姿をじっと見送っていた。王妃様に会えば会うほど糸殿のことを思い出す・・・アリの気持ちは揺れていた。
「アリ。どうかしたのか?」
後ろからスレッド王子が声をかけた。
「い、いえ。王妃様からお茶をいただいておりました」
「では私もお茶にしよう。しかしアリ、何を眺めていたのだ?」
「いえ、何も・・・」
「母上が気になるのか?」
そう言われてアリはあわてた。それが図星だったからだ。
「とんでもございません」
「ふ~ん。そうか? でもいかんぞ。私の母であり王妃だからな」
スレッド王子は冗談めかしてそう言った。
「いえ、そんなことはありません」
アリは真っ赤になって頭をかいていた。
◇
王城には穀物や野菜、肉など・・・いろんなものが持ち込まれる。それらは通用門で厳しくチェックされる。今日は近くの村から鶏が20羽ほど、荷馬車で持ち込まれた。警備の兵士が確認して尋ねた。
「こんなに注文があったのか?」
「はい。聖騎士団の方の食事に使うとかで・・・」
「そうか。入れ!」
その荷馬車は通された。だがその数時間後、建物の裏でその荷馬車が空の状態で放り出されているのが警備の兵によって発見された。だがそれを重要視していなかったから、どこにも報告していなかった・・・
その夜、けたたましい鳥の鳴き声が王城に響き渡った。人ぐらいの大きさになって羽をバタバタを動かしながら鋭いくちばしで破壊する・・・それは魔鶏だった。20羽ほどが王宮の中に入り込み、防ごうとした兵士の頭をくちばしでついばんで倒していた。
すぐに親衛隊員が駆けつけたが、彼らでは魔鶏に対処することができない。犠牲者を増やすだけだった。
「アリとレイクは王様や王妃様、王子様を守れ。あとの者は私に続け!」
マリウスがエバンスとフレッチャーを率いて打って出た。3人で魔鶏を退治しようというのだ。
一方、アリとレイクは王宮の奥に向かった。そこは親衛隊ががっちり固めていた。
「親衛隊の者です。王様や王妃様、王子様は?」
「大丈夫だ。ここには魔獣は現れていない」
「わかりました。我々はここを守るように言われています」
アリとレイクは部屋の前の廊下で別れて待機することになった。すると、
「きゃあ!」
王妃様の部屋から悲鳴が聞こえた。一番近い場所にいたアリは急いでその部屋に飛び込んだ。するとそこには3羽の魔鶏が王妃様のベッドを取り囲んでいた。そのくちばしで窓を破壊して侵入したのだろう。
「助けて!」
王妃様はベッドの上で助けを呼んでいる。天蓋から垂れ下がる布が防いでいるが、今にも魔鶏につつかれそうだ。
「王妃様!」
アリは剣を抜いてベッドに近付く魔鶏を斬りつけた。返す剣でもう1羽、そして振り下ろしてもう1羽。あっという間に魔鶏を退治した。
「王妃様。魔獣はすべて退治しました」
アリがそばに行ってそう言うと、王妃様はよほど怖かったのだろうか、アリに抱きついた。
「よく来てくれました。怖くて・・・怖くて・・・」
「もう大丈夫です。ご安心を」
王妃様は顔を上げるとアリをじっと見つめた。その目はうるんでいた。
「ありがとう。アリ」
「このアリがいる限り、王妃様に指1本触れさせません!」
アリも王妃様を見つめた。彼女の中に前世の丈一郎の糸への思いがあふれ出ようとしていた。一方、王妃様もアリを一人の男として見ていた・・・。
「母上!」
そこにレイクに付き添われたスレッド王子が入ってきた。アリと王妃様ははっとして離れた。
「母上。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。アリに助けてもらいました」
王妃様は苦しそうに胸を押さえてそう答えた。
「胸が苦しいのですか?」
「いえ、ドキドキしただけ。すぐにおさまるでしょう」
王妃様は安心させようとスレッド王子に微笑みを見せた。
「それならよかった。アリ。母上を助けてくれて礼を言うぞ」
「いえ、それは当然のことで・・・」
アリは口ごもっていた。ちらっと王妃様の様子を横目で見ながら・・・。
「母上には僕のお部屋にお移りいただく。アリとレイクには警護を頼む」
「はっ!」
スレッド王子は王妃様のそばに行ってそっと肩を抱きかかえた。
「さあ、母上、行きましょう」
「ええ・・・」
王妃様はスレッド王子とともに部屋の外に出て行った。アリに熱い視線を送りながら・・・。




