第42話 恐怖
「しっかりするんだ! ピエール! 魔犬はルーカスが仕留めたぞ!」
アリの言葉でやっとピエールは我を取り戻した。
「どうしたんだ?」
「魔犬を見て頭の中が真っ白になってしまって・・・」
ピエールはそう答えた。初めて見る魔犬がかなりショックだったのだろう。
(最初の戦闘では無理はないか・・・)
アリはそう思った。だが慣れてくれば普通に戦えるようになる・・・彼女は安易に思っていた。だが・・・。
あれから何度もルーカスとピエールを連れて実戦に出た。今度こそは・・・アリは期待したが、ピエールは恐怖で体が動かない。トラウマになっているようだった。
一方、ルーカスはそのたびに魔獣を仕留めていく。2人に大きな差がついた。ピエールはそれに対して焦っているようだったが、どうにもできない自分にもどかしさを感じていた。
◇
そんなある日、アリはサイト隊長に呼び出された。彼は隊長室の机の前に座り、書類を見ていた。
「アリ・ローザン。参りました」
「アリ。報告を見ていたが、ルーカスの活躍はめざましい。さすがは剣術大会を3回優勝しただけはある」
サイト隊長はそう話した後、「ふうっ」と息を吐いた。
「それに引き換え、ピエールはどうだ? 成果をあげられないばかりか、魔獣とまともに戦えないのだな」
「隊長。もう少し時間をください。彼は今、魔獣との恐怖と戦っているのです」
「しかしだんだんひどくなっているというじゃないか。これでは本人のためにならん。早々にここを辞めてもらうしかない。アリ。つらい役目だが伝えてくれないか」
聖騎士団は厳しいところだ。戦えないものはそこにいる資格はない。甘えは許されないのだ・・・それはアリにはわかっていた。
「わかりました」
アリは敬礼して隊長室を出た。
(どうやって話すべきか・・・)
アリは悩みながら見習いの部屋に来た。そこにはピエールをはじめ数名の見習いがいた。
「すまないがピエールと話がある。みんな外してくれないか」
アリが言うと他の見習いは部屋を出て行った。アリはためらいながらも言葉をかけた。
「ピエール。実は・・・」
「わかっています」
アリの様子を見てピエールはうすうす感じていたのだ。
「僕はここを辞めるのですね」
アリはうなずくしかなかった。
「わかっていました。魔獣相手にあの始末では・・・。自分でも情けない・・・」
「ピエール」
「僕は幼いころから剣の腕を磨いてきました。それはこの聖騎士団に入るためです。それが目標だった・・・。多くの人々を救い、この国と王様を支えたい。しかし僕には無理なようです・・・」
ピエールはうつむいていた。
「家族も後押ししてくれた。故郷のみんなも・・・だが僕は期待にそえず、裏切ってしまった・・・」
ピエールの目から涙がこぼれ落ちた。そんな彼にアリはかける言葉が見つからなかった。
その時だった。
「街に魔獣が出現した。出動準備!」
声が聞こえてきた。それを聞いてアリは思い立った。
「ピエール。行くぞ!」
「でも僕は・・・」
「まだ辞めていないんだ。まだ聖騎士団の一員だ! 最後の務めだと思ってくるんだ!」
アリはピエールを引っ張るようにして連れて行った。
◇
今回は魔犬は街の至ることころに出没していた。ただその範囲は狭い。三番隊が2~3人組になって対処する。ルーカスは他の従団員に任し、アリはピエールのみを連れていた。
ピエールは辺りを過剰なほどに警戒しながら歩いている。魔獣に対してかなり臆病になっている。
「ピエール! しっかりするんだ! 君の剣なら魔獣を倒せる。自信を持つんだ」
アリはそう声をかけるが、ピエールはうつむいてうなずくだけだった。
「助けて!」
悲鳴が聞こえた。アリたちが向かうと、路地の先に人々が3匹の魔犬に追い詰められていた。
「聖騎士団です! 助けに来ました!」
アリは剣を抜いて構えた。魔犬はアリの方を向き、唸り声を上げて今にも飛び掛かろうとしている。ピエールは・・・剣を抜くことなく、その場にしゃがみこんで頭を押さえている。
「何をしているんだ! ピエール! 剣を抜くんだ!」
アリの言葉もピエールに届かない。
「こうなったら仕方がない!」
アリは単独で魔犬に向かって行った。だが・・・3匹の魔犬は一斉にアリに襲い掛かった。
「うわっ!」
アリは剣で受け止めたが、魔犬の体当たりに遭って地面に激しく倒された。その様子は薄目をしていたピエールにも見えた。
「アリさん!」
「だめだ! 僕はもう立ち上がれそうにない・・・」
アリは苦し気に言った。かなりのダメージを受けて戦えないのがピエールにもわかった。一方、邪魔者を倒したと思った魔狼たちはまた人々を襲おうとしていた。ピエールが叫んだ。
「アリさん! みんながやられてしまいます!」
「ピエール! 君は救うんだ! 君ならできる! きっとできる!」
アリはそう言葉をかけた。だがピエールは恐怖で足がすくんで立ち上がることすらできない。魔犬たちはゆっくりと人々に近づいて行く。
「うわあ! 助けてくれ!」
「きゃあ!」
絶望的な状況に人々が悲鳴を上げた。このままでは全員が咬み殺される・・・。




