第38話 救援
魔大猿に背中から何度も刺されてコリンは動かなくなった。
「コリンさんを・・・。おのれ!」
アリの怒りに火がついた。もはや彼女の頭にはここを脱出するという考えは消えていた。息を整えると、剣を大きく振り上げて向かって行った。
一方、魔大猿は鎖を手に持って剣を振り回している。コリンの戦い方を真似ているのだ。ビュンビュンと勢いよく剣のついた鎖が回転している。そうなるとアリもうかつに近づけない。
(間合いに入らねば・・・)
だが回転する鎖をどうやってくぐり抜けるか・・・。アリはじっと魔大猿の動きを見据えた。
(動きは見切った。一瞬であれば奴に近づける。やるしかない!)
アリは両手持ちながら右にやや半身になり、剣を右奥に引いて構えた。そして腰を落として相手に飛び込む姿勢を取った。
(無心一刀流。鬼突き。狙うは相手の心臓のみ・・・)
アリは魔大猿を一突きで仕留めようとしていた。
魔大猿は鎖を振り回しながら近づいてくる。その間合いが狭まる・・・。
(今だ!)
アリの目が一瞬、光ったかと思うと魔大猿に突進した。その体は振り回す鎖や剣に触れることなく魔大猿にぶつかるかのように近づき、アリの剣が魔大猿の左胸を突き刺した。そしてまた一瞬で後ろに下がった。
「ウギャア!」
魔大猿は大声を上げた。左胸からは血が噴き出し、魔大猿はそのまま後ろに倒れて灰になって消えていった。
アリは「ふうっ」と息を吐いた。大物は倒した。だがまだ多くの魔猿がいる。魔大猿を倒したが逃げようともしない。また屋根から通りに下りてきた。
(数は・・・4分の1程度に減ったか・・・)
それでもかなりいる。前も左右も、そして退路も完全にふさがれている。アリは剣を構え直した。疲労した彼女に後どれだけ剣を振れるか・・・。
その時だった。駆けてくる足跡がした。
「助けに来たぞ!」
それはマリウスだった。彼が単身で駆けつけ、魔猿に襲われているアリを助けるために斬り込もうとしていた。振り返ったアリは声をかけた。
「マリウスさん!」
「アリ。やはり君だったのか」
後方に配置されている三番隊のアリがこんなところにいるとは・・・。だが今はそんなことを気にしている時ではない。アリを助け出さねばならない。彼女は疲労で一杯一杯になっているように見える。
剣を抜いたマリウスは目の前の魔猿を斬り捨てていき、アリのそばに来た。
「アリ。君は下がれ」
「しかしこの数の魔猿では・・・」
「いいから下がるんだ」
マリウスがアリの前に出た。息を吐いて剣を構え直す。
「さあ、僕が相手だ! 来い!」
マリウスはこれだけの魔猿を一人で相手をしようというのか・・・。
◇
キタ隊長のもとにようやく弓射隊が到着した。予定時間をとうに過ぎている。
「お待たせしたかな? これでも急いできたんだが・・・」
ヨードル隊長はのほほんとしていた。それにはキタ隊長はムッとしていた。
「早速だが、現場に向かってもらいたい。相手は魔猿だ。剣が届かない場所に逃げてしまうからそこを弓で狙ってください」
「わかりました。では案内の者を頼む」
「私も行きます。ご同行願います」
こうして弓射隊はキタ隊長とともに場に向かった。だが全く急いでいる様子はない。
(困ったものだ。やはり我らに手を貸すのがそんなに気が進まないのか・・・)
キタ隊長はそう思わざるを得なかった。だが今回は弓でなければなかなか難しい。
(まあ、これで魔猿は制圧できる)
キタ隊長は軽く考えていた。
だが一番隊が陣取る現場に来てみて異常事態が起こっているのを知った。団員らしき者2人はローニ通りにいることがわかり、マリウスが飛び出して行ったというのだ。それが今だに帰ってこない。
「マリウスさんは見に行くとだけ言われたのですが・・・」
グスタフ従団員はそう言っていた。だが戦闘に巻き込まれたのかもしれない。キタ隊長はヨードル隊長に言った。
「すぐにローニ地区に向かいましょう。戦闘準備をお願いします」
「あ、ああ。それはよろしいが・・・。弓射隊出発! 矢をつがえて前進!」
ヨードル隊長は弓射隊をローニ通りに進ませた。もちろんキタ隊長もその後に続く。
(マリウス。なぜだ。冷静なおまえなら偵察だけで弓射隊の到着まで待つはず。ないかあったのか?9
キタ隊長は心の中でマリウスに呼びかけていた。
弓射隊がヨードル隊長に率いられてローニ通りに入った。そこで彼らが目にしたのは・・・
マリウスが剣を振るって魔猿と戦っていた。その剣さばきは見事しか言いようがない。残った魔猿もそこから逃がさず、斬って捨てた。
「キタ隊長。もう片付いたようです」
ヨードル隊長の呼びかけにキタ隊長が前に出てきた。そこにはマリウスが剣を下して立っていた。
「マリウス! 大丈夫か?」
「はい。魔猿はすべて斬りました。しかし1名亡くなりました」
マリウスは視線を後方にやった。そこにはコリンを抱き起したアリの姿があった。
アリは呼びかけていた。コリンはすでに虫の息だった。
「コリンさん。しっかりしてください」
「ア、アリさん。ここから脱出しなければ・・・」
「もう大丈夫です。魔大猿も魔猿もいません」
「さ、さすがはアリさんだ・・・」
コリンは安心して微笑んだ。
「わ、私はもうだめです・・・」
「魔法使いがもうすぐ来ます。ヒーリング魔法をかけてもらえば・・・」
それが無理だということはアリだけでなくコリンにもわかっていた。
「もういいのです。こ、こうなるまえに田舎に引っ込んでおけばよかった。でも未練があったんですね。聖騎士団に、そしてあなたに・・・」
「コリンさん・・・」
「あなたを見ていたら弟のジャックを思い出すのです。もう少し一緒に勤務したかった・・・。もし弟に会ったら伝えてください。兄は聖騎士団の任務に殉じたと・・・」
コリンはそう言って目を閉じた。
「コリンさん! コリンさん!」
アリが呼び掛けてももう答えることはなかった。アリはコリンを下して両手を胸の上で組ませた。また一人、アリはかけがえのない仲間を失ったのだった。




