第32話 ローブの男
クラークの表情は恐怖に染まっていた。
「魔獣が! 魔獣がいる! た、助けてくれ!」
クラークはアリの腕をつかんで訴えていた。恐怖でパニックになっている。
「落ち着いてください! 中で何があったのですか?」
「魔獣がたくさん出て来て・・・リーさんは囲まれてしまって・・・俺は必死に逃げてきた・・・」
「じゃあ、リーさんはまだ中にいるのですね」
「ああ、でも魔獣が・・・あああ!」
クラークはまともに話せないほどひどく動揺していた。とにかく中に魔獣がいてリーが捕らわれているのは確かだ。このままでは殺されるかもしれない・・・アリは立ち上がった。
「ホールさん。この館には魔獣がいます。すぐに帰って隊長たちに報告してください。このままではリーさんが危険です!」
アリは門のところにいるホールに向かって大声を上げた。すると彼はうなずいて、大あわてで走っていった。
アリはコリンに言った。
「中を調べます。ここで待っていてください」
「それは危険です。中には多くの魔獣がいます。ここは応援を待った方が・・・」
コリンが止めた。だがアリは待つつもりなどない。リーが危険に陥っているから一刻も早く助け出さねばならないと・・・
「でもリーさんが心配です。見てきます!」
「それなら私も行きます!」
アリとコリンはドアを開けて館に入った。くもった窓から入る光は弱く、中は薄暗い。だが何者かの気配は感じる。
アリは慎重に進んで行った。ちょうど目の前には大階段がある。上が怪しいとにらんでアリは階段を上って行った。その後をコリンがついて行く。何となく空気が重苦しい。それに向かう先に小さく光るものがいくつも見えた。
(ぼやけて何重にも見える・・・心に重しがかかってくるようだ。幻惑しようとしているのか。いや恐怖心をあおろうとしている・・・)
普通の者だったら恐怖におびえていただろう。だが前世で剣の修行で心を鍛えていたアリには十分耐えられる。するとその光るものがはっきり見えてきた。
(何だ? 暗くてよく見えないが・・・あっ!)
アリがそれが魔獣の目だと気づいた時、それがいきなり襲ってきた。小型で敏捷な奴だ。剣を抜いて切り裂く。
「ギャア!」
魔獣の悲鳴が響き渡った。
「魔猫です。爪と牙に毒があります。気を付けてください!」
後ろを警戒ししていたコリンが注意する。彼も剣を抜いて後ろで魔猫と戦っていた。辺りは暗いが魔猫の目が光っているので見つけやすい。数は多かったが、あまり手こずらずに片付けることができた。だが・・・。
「アリさん。やられました」
コリンが片膝をついていた。腕を引っ搔かれている。
「大丈夫ですか?」
「ええ。魔猫の毒は弱いですから、体が少ししびれる程度です。少しすればよくなります。私にかまわず先に行ってください」
「わかりました。ここにいてください」
アリは先に進むことにした。先の部屋から邪悪な気配が漂ってきている。
「ここだ」
ドアの奥に何者かがいる気配がした。アリはドアを蹴とばして開けると中に飛び込んだ。
「ようこそ。我が館に」
その部屋には椅子に座っている不気味な男がいた。黒いローブを着て左腕に何かを抱えている。そしてその鋭い目でアリをとらえている。
「おまえは誰だ?」
アリは剣を構えながら問うた。すると男は微笑を浮かべて答えた。
「私はミハイルだ。まさか君が我が元に飛び込んできてくれるとはな。アリ・ローザン」
「どうして僕の名を?」
「ふふん。私は君を気に入っているからだ」
ミハイルはニヤリと笑った。その時、彼の腕に抱えるものが見えた。それはテディベアのような小さな子熊だった。
「魔獣を出したり、仲間をとらえたりしたのはおまえか?」
「そうですよ。それが何か?」
ミハイルはこともなげに言った。
「リーをどこにやった?」
「彼ならまだ生きている。会いたいだろう? それならそんな無粋なものはしまいたまえ」
ミハイルは右手で子熊の頭をなでながらそう言った。ここは言うことを聞くしかないとアリは剣を鞘に戻した。
「いい子だ。では少し話そう」
「おまえと話すことはない!」
「そう言うな。君には聞いてもらいたいことがある」
ミハイルはゆっくり話し始めた。
「君も見ただろう。この王都の姿を。一見、華やかだが、中は腐っている。スラム街のことではない。王宮内のことだ」
ミハイルは不敬にも王様を批判しようとしていた。
「王都の民は王のせいで苦しい生活を強いられている。君も見ただろう。スラム街では貧しい者が集まり、弱い者は物乞いに、強い者は犯罪に走る。そんな社会がおかしいとは思わないかね?」
アリも街を見て疑問を持っていた。この華やかな王都の中で多くの人々が不幸な目に遭っていると。ミハイルはそんなアリの心につけこもうというのか・・・、彼はさらに話を続ける。
「すべては王の失政によるものだ。王が高い税を徴収してぜいたくな暮らしをしている。貧しいものに手を差し伸べようとしない。こんなことでいいのか? いや、いいはずがない。我々は民を守るため、腐った部分を取り除かねばならぬ」
ミハイルは王制を打倒しようと考えているようだ。だが民のためと偉そうなことを言っているが、彼は罪のない人々を魔獣に襲わせているのだ。アリにはそれが許せない。
「だからと言って魔獣を放って人々を苦しめていいはずはない!」
「それは王都を揺るがすためだ。不満を募らせて人々の目を王に向けさせる。そうなれば王を敬う者はいなくなり、敵意をもって王を追い落とすだろう。それで皆が幸せになる」
ミハイルは熱く語っていた。
「この国を民のもとに取り戻すのだ! 民の力でこの国を変えるのだ! アリ君。私の同志にならないか? 君ならこの国を変えられる。どうだ!」
ミハイルはアリに誘いをかけた。得体のしれない雰囲気にアリは飲まれこまれそうになるのを必死にこらえていた。




