第30話 一番手柄
アリは何とか疫病の病人すべてを運び終えた。疲労で体が言うことを聞かない。講堂に戻ってくると身を投げ出すように倒れ込んだ。エレーヌがそばに来て声をかけてくれた。
「アリ。ご苦労さん。疲れた?」
「いや、大丈夫だ。なんてことはない」
アリは無理にそう答えると、なんとか身を起こして座った。だがゆっくり体を休ませている時間はなかった。いきなり、
「きゃあ!」
と悲鳴が上がったのだ。
裏の戸の方だ。アリは立ち上がって行ってみた。すると大きな魔犬が戸を破って講堂に侵入してきたのだ。ここで襲われたら逃げ場はない。アリは剣を抜いた。
目の前の魔獣はいつもの魔犬と違う。かなり大型だ。魔狼より大きく、人の2倍はある。邪悪な殺気を強く感じる。唸り声を上げてじわじわ迫ってくる。アリは両手持ちに切り替えた。大物相手ではこの方がいい。
「ウガッ!」
魔大犬が大きな口を開けて襲い掛かってきた。アリはそれを剣で受け止めた。かなりの力だ。後ろに押されていく。アリは身をひるがえして反転すると、魔大犬の背を斬りつけた。
(硬い!)
悪魔熊並みに剣が通らない。魔大犬は向きを変えて、また向かってきた。アリも駆け寄って振り上げた剣を打ちおろした。
(兜割!)
だが魔大犬の頭に少し傷をつけただけだ。深手を負わすことはできない。全身のどこもこんな感じなのかもしれない。
(それなら・・・)
アリは剣を横にして引いて構えた。魔大犬は咬みつこうと大きな口を開けて迫ってくる。
(鬼突き!)
アリは突進して思いっきり突きを繰り出した。それは魔大犬の口を通して喉の奥から心臓に突き刺さった。
「グオオ!」
魔大犬は剣が突き刺さったままで咆哮した。そしてそのまま灰になって崩れ落ちた。
「アリ! 大丈夫!」
「大丈夫だ。強い魔獣だった・・・」
アリはふと壊れた戸から外を見た。すると遠くで走り去る者の姿を見た。
(誰だ? もしかして魔獣を操るものか?)
よくはわからなかった。この魔獣事件の陰には何者かがいるのを感じていた。
◇
魔犬は聖騎士団が制圧して、街に平穏が戻った。実は魔犬は街のいろんな場所に隠れていたようで、アリの失敗で取り逃がした魔犬だけではなかったのだ。
今回はすべての隊が出動して魔犬の殲滅に成功した。それからすぐに本部の会議室に隊長たちが集められた。会議の冒頭、まずカルヴァン団長が皆に声をかけた。
「みんな、ご苦労だった」
「まあ、よかった。これで町が平和になった」
オーガ副団長も機嫌がよかった。
「今回の一番手柄はマリウスだな。魔犬をかなり倒したからな」
「そうです。彼の成長は著しい。頼りになります」
一番隊のキタ隊長も同意した。
「隊長クラスと言っても過言ではないだろう」
「活躍が目立っていた。素晴らしかった」
「一番隊はしばらく安泰ですな」
ナラク隊長やマバラ隊長、そしてダダ隊長もマリウスをほめていた。だがサイト隊長は・・・
「一番手柄をやりたい者は他にいる」
とボソッとつぶやいた。
「誰だ? それは?」
オーガ副団長が聞きとがめた。
「いや、気にしないでいただきたい。では私はこれで・・・」
サイト隊長は席を立って部屋を出て行った。
◇
アリは再び謹慎生活に戻った。部屋で座禅を組んで精神の修養を続けていた。するとドアがノックされた。スペンサーがアリを呼びに来たのだ。
「隊長が呼んでおられます。隊長室に出頭してください」
アリは隊長室に向かった。謹慎の身で飛び出したからサイト隊長からお咎めがあるに違いない。下手をしたら辞めさせられるかも・・・。しかし多くの人を助けられて後悔はしていない。
隊長室ではサイト隊長は腕組みをしてアリを待っていた。
「ローザン従団員。参りました」
アリは敬礼した。
「アリ。おまえは謹慎中にもかかわらず、飛び出して行ったようだな」
「申し訳ありません。魔犬に襲われた人たちがケガをして講堂に避難しているということを魔法使いから聞いて、彼女とともに行きました」
アリは頭を下げてありのままを言った。
「それだけではない。けが人を病院に運び、講堂に侵入してきた大きな魔犬を倒したそうだな」
「どうしてそれを?」
それは報告していなかったことだった。
「エレーヌという魔法使いがこの部屋まで押しかけてきて訴えてきた。こんなにがんばったのだからおまえの謹慎を解けとな」
アリは驚いた。エレーヌがそんなことをしたとは・・・。サイト隊長に直談判するとは度胸があるというか、向こう見ずというか・・・。
「謹慎中に飛び出して行ったことはけしからんことだ・・・」
サイト隊長はそう言った後、語気をやわらげた。
「しかし人々を救いに行ったというのだから話は別だ。我々は王都の治安を守る。それは魔獣を倒すことだけではない。人々を救うことにある」
アリはうなずいた。それはアリが思っていたことだった。
「アリ。おまえにきついことを言ったが許してほしい。このことに気付いてほしかったからだ。やはりおまえは俺が期待していた通りの者だった」
「隊長」
「これからも三番隊で活躍してほしい。頼むぞ!」
サイト隊長は右手を差し出した。アリも右手を出してがっちり握手した。アリはうれしかった。サイト隊長が自分に期待してくれていることが・・・。
サイト隊長はドアの方に向かって言った。
「ところで盗み聞きはいいだろう。ドアの外にいるのはわかっているんだ。入ってこい!」
するとコリンとエレーヌが入ってきた。
「わかりました?」
「当然だ。心配だったのだろう。アリはこのままだ」
サイト隊長がそう言うと2人は喜んでアリのそばに来た。
「よかったわね。アリ。もう心配かけないでよ!」
「私も安心しましたよ」
「ありがとう。心配かけてしまって」
サイト隊長は3人の姿をほほえましく眺めていた。




