第27話 裏の顔
コリンは見習いには見えないほど堂々としている。はたから見るとアリの方が部下にようだ。歩きながら彼はアリに尋ねた。
「ローザン従団員。本部では巡回の任務がありましたか?」
「アリと呼んでください。巡回は初めてです。具体的にどういうことをするのですか?」
「それではアリさんと呼ばせていただきます。僭越ながら巡回について説明させていただきます。街に異変がないか、見て回ったり、話を聞いたりするのです。もちろんいざこざを解決することもありますが・・・」
コリンは詳しく話してくれた。
「重要なのは人々の様子をよく観察するのです。そうすればその地区で起こっていること、人々が思っていることなどがわかります」
「ありがとう。よくわかりました」
巡回を始めてするアリには役に立つ話だった。コリンは長い間、見習いとして勤務しているようでいろんなことを話してくれた。
「ところでどこの巡回を任されたのですか?」
「クエール地区です」
「そうですか。あそこですか。これは・・・初日から大役ですね」
コリンは奥歯に物が挟まった言い方をした。
「それはどういうことですか?」
「行ってみればわかります。では案内しましょう」
コリンは先に立って歩き出した。
コリンに案内されてアリはクエール地区に来た。そこはいわゆるスラム街、チンピラや浮浪者が集まる場所だった。
「気を付けてください。ここは気の荒い者が多いですから」
コリンがそう言って先導してくれる。チンピラたちがアリたちを物珍しそうに見ては何やら挑発してきたが無視して進んだ。
(王都にこのような場所があるのか・・・)
アリは見たこともなかった光景に驚きを隠せなかった。そこに住む人々はやせ細り、ボロボロになった衣類に身を包んでいる。それは小さな子供も同じだった。道端には物乞いする者もいる。
(今まで知らなかった。これが王都の裏の顔か・・・)
ここは治安も悪い。しばらく巡回していると遠くで、
「誰か、助けてくれ!」
男の悲鳴が聞こえた。
「何事だ! 行ってみよう!」
「いや、止めておいた方がいいですよ」
「そんなわけにはいかない!」
コリンが止めるのを聞かず、アリはその悲鳴がした方向へ走っていった。すると商人の荷車がチンピラに囲まれていた。
「おい! 通行料をよこしな!」
商人はチンピラの一人に胸ぐらをつかまれていた。アリはその前に出て行った。
「やめなさい!」
アリは注意をした。するとチンピラたちがアリをにらんだ。
「おまえは誰だ?」
「聖騎士団のアリ・ローザンだ」
するとチンピラは「へえっ!」と声を吐いてアリをにらみつけた。
「聖騎士団のお偉い騎士さんが何の用かい?」
「その人を放してあげなさい。ここの通行料はないはずだ!」
するとチンピラの一人がアリの顔に自分の顔を近づけた。
「ここにはここのやり方っていうのがあるのさ」
「それは認められない。僕の指示に従うんだ!」
「ガキのくせして! 痛い目に遭いたくなかったらさっさとよそに行きな!」
チンピラたちは完全にアリをなめている。そこにコリンが追い付いてきた。
「アリさん。行きましょう。こいつらに関わり合っていたらキリがありませんよ」
「いや、ここで逃げるわけにはいかない。我々は聖騎士団です。ここの治安を守らねば・・・」
「そんなことを言ってもここじゃ・・・」
コリンは引っ張ってでもアリを連れて行こうという勢いだった。だがアリはこんなことを見過ごせない。前世では殿もこうした振る舞いを決して許しておかず、自ら不届き者の首をはねたものだった。それは丈一郎をはじめ家来である者たちにも浸透していた。
「何をごちゃごちゃ言っている! 少し痛い目を見なければわからないようだな」
チンピラの一人がアリにパンチを放ってきた。だがアリはあわてない。前世では柔術の心得もあった。柔よく剛を制す・・・体格差があってもこんなチンピラなどは素手で十分だ・・・アリはチンピラの拳を避けて、その手をもって捻り上げた。
「い、痛え!」
チンピラが声を漏らした。がっちり決められており、身動きができない。他のチンピラたちは少しビビっていた。こんな技を見たことがない・・・。だがここを縄張りとしている以上、こんなガキになめられたままにしておけない。
「生意気だ! やっちまえ!」
チンピラたちが一斉にアリに向かってきた。袋叩きにしようと・・・。アリはつかまえた男を前に放り出すと、襲い掛かってくるチンピラたちを次々に投げ飛ばしていった。
「うわあ!」
「ぐええ!」
地面に叩きつけられたチンピラたちが悲鳴を上げた。それでもなおもアリに拳を振り上げて向かって行く。
「アリさん。私も加勢します!」
傍観していたコリンもようやく覚悟を決めたようだ。アリ一人にして首を突っ込まないわけにはいかないと・・・。彼はパンチでチンピラたちを叩きのめしていった。
「どうだ! まだやるか!」
「ひええ!」
チンピラたちは逃げて行った。コリンは「ふうっ」と息を吐いて両手をはたいた。アリはコリンに声をかけた。
「助かりました。なかなかやりますね」
「アリさんこそ。不思議な技を使いますね。どこで習われたのです?」
「いえ、自己流で・・・」
アリはそう言ってごまかした。そして道の隅で震えている商人に声をかけた。
「さあ、もう大丈夫だ。行くといい」
「ありがとうございます」
商人は頭を下げて荷車を引いていった。それを見送りながらコリンがボソッと言った。
「ここではこんなことは日常茶飯事です」
彼は悲しげな表情で言葉を続けた。
「厄介な連中です。叩きのめしたところで、奴らは懲りずに何度でも悪さをするでしょう。仮に奴らを除いたところで別の者が同じことをする。繰り返しです。だから今までは見てぬふりをしていた。ここでは仕方がないと・・・。」
アリにもわかっている。正義感を振り回したところでこの街は変わらない・・・。だが放っておいたら何も変わらない。コリンはさらに話し続けた。
「奴らも好きでこんなことをしているんじゃないと私は思っています。貧しさがゆえ、こうでもしないと生きていけない。上の方たちがもっとこの街のことに、いや民のことに気を配ってくれたなら・・・」
コリンは嘆息した。彼は王都の裏の顔をよく見てきたのだ。前世では殿は庶民のことによく気を配っていた。民あっての武士だと。民が安心して生活するために戦っているのだと・・・そう教えられてきた。民をないがしろにしては国は治まらない・・・それは前世で嫌というほど見てきた。この世界の王様はそれをご存じないのかもしれない・・・コリンの話を聞いてアリはそう思わざるを得なかった。
「すいません。愚痴っぽくなってしまって・・・。私はこの現状にあきらめていました。でもアリさんの言うとおりです。放っておくなんてよくないですね。私たちは聖騎士団なのですから」
コリンはわざと笑顔を作った。
(コリンはこの街の現実を嘆いている。もしかして彼は過去に何かあったのか・・・)
アリはそう感じてコリンに聞こうとした。
「コリンさん。もしかして・・・」
するとコリンはアリが尋ねる前に話し始めた。
「私は生意気にもこの街の現状を上に何度も訴えた。いや、他の街だって似たようなことはある。だが誰も取り合ってくれない。ただ見回りだけしていればいい。余計なことは考えるなと。私は上ににらまれてこの年になっても見習いだ。関わり合いになるまいと他の者は私を無視する。全くやり切れませんよね。ははは」
コリンは自虐的に笑った。アリはそんな話を聞いてコリンにかける言葉が見つからなかった。
「まあ、アリさんはこれから素晴らしい未来が開けている。気にしないでください。私はもう退き時ですから」
「えっ! どういうことですか?」
「もう30になろうというのに見習いです。父の領地に戻ってそこで働こうかと。農民も悪くないですね」
コリンは聖騎士団に見切りをつけようとしていた。
「まあ、もうしばらくはいますけど。それまではお付き合いください。ははは」
コリンはまた笑っていた。




