第25話 負け
それは一瞬だった。突っ込んでくるサイト隊長にアリの剣が左から横に払われた。まだサイト隊長の突きはアリには届いていない。このままアリの剣がサイト隊長の体をとらえるか・・・。
「ドーン!」
次の瞬間、アリは胸を激しく突かれて床に転がっていた。アリの剣はサイト隊長の右上腕に当たったが、サイト隊長の剣先は遅れてアリの胸をとらえたのだ。
「ううっ!」
アリは激しい痛みにうめきながらも、何とか身を起こした。だが痛みのためにこれ以上、戦えそうにない。一方、サイト隊長は何事もなかったかのように剣を構えている。彼は立ち上がってこないアリに声をかけた。
「さあ、どうだ? さすがにあの突きを食らったのでは起き上がれまい」
確かにそうだった。アリは言葉すら出ず、ただうなずいた。
(また負けてしまった・・・。全力を出し切ったが・・・)
アリは目を伏せていた。サイト隊長は剣を下ろしてまたアリに声をかけた。それは今までと違って優しい声だった。
「アリ、見せてもらった。君の剣の腕を・・・」
そしてオーガ副団長の方を見た。
「見たとおりだ」
「ああ、そうだな」
「では今回の結果を言わせてくれ」
「好きなようにしろ」
オーガ副団長は投げたように言った。
「では副団長にお願いする。ぜひアリ・ローザンを従団員として三番隊で預からせてほしい」
「えっ! 何だって?」
サイト隊長の意外な言葉にオーガ副団長は聞き直した。もちろんアリも驚いて顔を上げた。
「アリを三番隊の従団員にするということだ」
「どういうことだ! アリはおまえの突きを食らったのに・・・」
「ふふん。わからなかったのか? 俺は負けていた。それだけのことだ」
サイト隊長はアリのそばに来て左手を差し出した。
「アリ。さあ手を出してつかまれ!」
アリが左手を出すと。サイト隊長はその手を握ってアリを立たせた。
「よく戦った。君を三番隊に迎える。明日から三番隊の隊舎に来てくれ。待っているぞ」
「は、はい! お世話になります!」
アリは頭を下げた。サイト隊長は初めて笑顔を見せた。そして手を振って武道場を出て行った。
「やったな!」
オーガ副団長がそばに来てアリの肩をポンポンと叩いた。
「突きを食らったのに・・・。どうしてサイト隊長は?」
アリには疑問だった。あれほど自分が三番隊に来るのを嫌がっていたはずなのに・・・。
「サイトはアリの実力を認めたのだろう」
「そうなのですか・・・」
「まあ、いいじゃないか。おまえは従団員となって三番隊で活躍できるのだから」
「それはそうですが・・・」
「じゃあ、これから帰って本部のみんなに報告だ。いや、よかった!」
オーガ副団長は喜んでいた。アリは(それならいいか)と素直に喜ぶことにした。
(でも・・・サイト隊長は負けていたと言っていた。一体何のことだろうか?)
そんな疑問がまだアリの頭に残っていた。
◇
その様子を陰からマリウスが見ていた。アリたちに気付かれないように・・・
「やはり君は僕のライバルにふさわしい。あのサイト隊長を負かすのだから・・・」
マリウスは笑顔でうなずいた。彼もアリの勝ちをはっきりと見届けていたのだ。
「近づいてきたな。僕に・・・。再び戦う日を楽しみにしている。それまで僕ももっと剣の技を磨くことにしよう」
マリウスはそうつぶやくと、そっと武道場から出て行った。
◇
サイト隊長は武道場を出ると振り返った。先ほどまでの戦いが頭の中によみがえる。
「末恐ろしい奴だ・・・」
サイト隊長は右上腕をさすりながらポツリと言った。すると三番隊のジン正団員が迎えに来ていた。
「隊長。どうでしたか?」
「うむ。やられてしまった。明日からアリに来てもらう。用意しておいてくれ」
「わかりました」
サイト隊長は右腕の袖をまくり上げてみた。すると右上腕が真っ赤に腫れて、くっきりと剣のあとがついている。
「大丈夫ですか?」
「いや治療が必要だ。隊舎に魔法使いを呼んでおいてくれ」
「では呼びに行ってきます」
ジン正団員は走っていった。
「真剣ならこの腕は飛ばされ、右胸を深く斬られていただろう。俺の突きが入る前に・・・。あの年でこれほどの技を使うとはマリウス並みだ。いやそれ以上かもしれない・・・」
サイト隊長はそう呟いていた。
◇
アリが医務室でモウ先生の治療を受けて寮に帰ってきた。すると寮のみんなが集まって笑顔で迎えてくれた。試合のことはもうみんなに知っているようだ。
「おめでとう! 三番隊の従団員になるってな」
ミラウス寮長がアリをハグした。急なことで戸惑ったが、これがミラウス寮長の喜びの表現だ。
「今日はごちそうだ。うまいものを作っているからどんどん食べろ!」
レイクも声をかけてくれた。
「おめでとう。先を越されちゃったけど、そのうち追いつくよ」
他の見習いもアリの昇格を喜んでくれていた。
「おめでとう」
「しっかりやれよ!」
アリは握手攻めにあった。
「ありがとうございます」
アリはみんなから祝福されてうれしかった。だが従団員になればここを出て、三番隊の隊舎に入らねばならない。
(みな優しくていい人ばかりだった。祝福して僕を送り出してくれる。三番隊に移っても今まで通り、それ以上に奮闘しなければ・・・)
アリは決意を新たにするのであった。




