第17話 馬鹿野郎
アリは本部の廊下でじっと正座をしていた。前世ではずっと廊下に座ってひかえていたこともあったから、こんなことはアリにとっては罰でも何でもなかった。
(今回のことは残念だが次がある。見習いでもっと剣の腕を磨けということなのかもしれない)
そんな風に考えていると近づいてくる者があった。躊躇しながらゆっくりと・・・。アリは声をかけた。
「クロスさん! 僕は怒っていないから。話があるんでしょう」
するとクロスがアリの前に来て座った。
「どうして言わなかったんだ? 僕に閉じ込められたと・・・」
「理由はともかく、僕が遅れたのは事実だからです。罰は受ける。あなたの名を出したところで何も変わらない」
「僕を軽蔑しているんだろう? あんなことをしたのだからな」
「そんなことはありません。クロスさんは実力で剣技会で優勝したのです。それは日ごろの鍛錬を懸命にしていたからです。立派にやり遂げたのですから」
「アリ・・・」
クロスは顔を伏せた。自分の浅ましさが身に染みているようだった。
「クロスさん。顔を上げてください! これであなたは従団員です。きっとお兄さんの様な立派な剣士になれます」
「ありがとう。アリ。でも君が・・・」
「僕のことは大丈夫です。どうせ副団長には嫌われています。でも次の剣技会では優勝するつもりです」
アリはクロスに笑顔を向けた。
「さあ、行ってください。優勝者はみんなが祝ってくれるでしょう。僕のことは気にしないで・・・」
「ああ・・・」
クロスは立ち上がって本部を出て行った。
(さて・・・この罰はいつまで続くのか・・・)
一人になったアリは窓の外を見た。もう日が暮れかけている。
(今日一日、いろいろあったな。しかしあのマリウスの剣の技はすごかった。かつての彼より数段、腕を上げている。早く手合わせしてみたいものだ・・・)
前世でも競争相手はいた。お互いに切磋琢磨して剣の技を高めていった・・・アリは思い出していた。そしてマリウスがその存在になると確信していた。
夜遅くなって本部の照明は消えた。この時間になってもお許しは出ない。アリはじっと正座を続けていた。するとそこに明かりを持った者が近づいてきた。
「新人。武道場まで来い!」
それはオーガ副団長だった。彼はそう言い捨てるとさっさと先を歩いて行った。アリはその後を追いかけた。
照明の消えた武道場は薄暗い。オーガ副団長が床に置いた灯がほのかに辺りを照らしている。
「新人! そこの剣を持て!」
足元には訓練用に剣が置かれている。アリはその剣を手に取った。オーガ副団長もそばの訓練用の剣を持った。
「新人! かかってこい! 相手をしてやる!」
オーガ副団長は自ら稽古をつけてくれようというのか・・・こんなことは初めてだった。
「さあ、遠慮なく、かかってこい!」
そう言われてアリは向かって行った。アリの攻撃をオーガ副団長は的確に受け止めていく。
「さあ、どうした! こんなことでは剣技会に出ていても勝てなかったぞ!」
オーガ副団長はそう挑発してくる。アリはさらに攻撃の手を強めた。剣が交差して火花が散る。戦いながらオーガ副団長はアリに話しかけた。
「どうして本当のことを言わなかったんだ! さっき俺のところにクロスが来た。奴がおまえを武具倉庫に閉じ込めたそうだな」
アリは黙ったままで剣を動かした。
「確かに奴には事情がある。だがそれにしては卑劣なやり方だ。 おまえは腹が立たないのか?」
アリはそれにも答えず、ただただ剣を振るう。
「クロスをかばうためか? どうしてそこまでする?」
そこで初めてアリは口を開いた。
「仲間だからです」
「仲間?」
「副団長もご存じでしょう。クロスさんは厳しい鍛錬を続けてきた。それで勝てたのです」
「だがこの聖騎士団にふさわしくない! 俺は奴の罪を問うつもりだ!」
そこでアリは後ろに引いた。
「お願いです。このまま何もなかったことに。クロスさんを従団員に昇格させてください」
「どうしてだ?」
「クロスさんは早く活躍したいのです。お兄さんのように。それが亡くなったお兄さんへの一番の供養になると考えているのです。そのために必死に鍛錬をしてきたのです。どうかお願いいたします」
アリは剣を下して頭を深々と下げた。それが彼女の偽らざる気持ちだった。オーガ副団長は「ふうっ」と息を吐いて剣を下した。
「馬鹿野郎め・・・」
オーガ副団長はボソッとつぶやいた。その表情は穏やかだった。
「すまなかったな。俺はおまえの話を聞こうともせず、殴りつけて罰を与えてしまった。考えてみればおかしな点があったんだ。俺は馬鹿野郎だ・・・」
アリはそれをじっと聞いていた。
「そしておまえもな。そんなことをされたのに仲間だと言ってかばうのだからな。おまえはお人よしの馬鹿野郎だ!」
オーガ副団長は剣をアリの方に放った。
「片付けとけ! おまえの言うとおり、クロスは咎めない。アリ! 明日から鍛えてやるからな!」
「はい。ありがとうございます」
アリは頭を下げた。そういえば・・・
(オーガ副団長は新人と呼ばずにアリと呼んでくれている)
それがアリにはうれしかった。認められたようで・・・。
「アリ。おまえの腕は確かめた。その腕なら優勝だ」
オーガ副団長はそう言いながら武道場を出て行った。
アリが寮に戻るとそこにはクロスが心配そうに待っていた。
「大丈夫だったか?」
「ええ。でもどうして?」
「僕は何もかも副団長に話した。すると目の色を変えて飛び出して行かれたんだ」
「ちょっと稽古をつけてもらっていました」
それを聞いてクロスはほっとしているようだった。
「僕はここを追い出されるだろう。君ともお別れだ」
「そんなことはありません。副団長はおっしゃいました。お咎めはないと。だからクロスさんは従団員になれるのですよ!」
「本当に?」
「本当ですよ。昇格おめでとうございます」
それを聞いてクロスは目から涙が流れた。
「ありがとう。アリ・・・」
「お礼は副団長に言ってください。それより気になることが・・・。あなたは僕の秘密を何か知っている・・・のですか?」
「秘密? いや、知らない」
「でも手紙に。あなたが書いたのでしょう?」
「僕じゃない。僕も手紙を受け取ったんだ。『邪魔なアリを武具倉庫に誘い込んだ。閉じ込めれば試合に出られる』と。それで僕は・・・」
今回のことを企んだのは別の者だった。その正体はわからない・・・アリはこの聖騎士団内に何か不気味な影を感じていた。




