第14話 魔犬
あの子犬はそこにいた。だが様子がおかしい。その子犬の周りに黒っぽい煙がとりまいている。アリにはそれに邪悪なものを感じるのだ。
「離れて! 魔犬になるわ! それは魔獣よ!」
モウ先生の声が響いた。すると子犬の体が急に大きくなり、口には鋭い歯と牙が生え、足の爪が伸びて鋭くとがった。
「ウーッ!」
魔犬はアリにいきなり飛びかかってきた。その喉を食いちぎろうとして・・・。
「うわっ!」
アリはさっと身を引いて避けた。だが魔犬の爪が左手をかすり、手に持っていた訓練用の剣が飛んでいった。
魔犬はアリたちをにらみながら、うなり声を上げて威嚇している。
(これが魔獣か・・・)
魔獣にはいろんな種類があると聞いたことがある。これは魔犬だ。やはり何者かが呪いをかけて子犬をこんな姿にしているのだ。始めて見る魔犬にアリは少なからず動揺していた。
「ウーッ! ウガア!」
魔犬がまた飛びかかってきた。今度はエレーヌに向かっている。彼女は恐怖で固まったまま動けない。アリはすぐにエレーヌの上に覆いかぶさって守った。魔犬の鋭い爪がアリの背中を切り裂く。
「ううっ!」
焼けるような痛みが走る。あわててモウ先生が呪文を唱えて拘束魔法を放った。それで魔犬は縛られているかのようにもがいている。
「アリ! エレーヌ! 早く逃げなさい! 魔犬を抑えているから!」
だが魔犬はひどく暴れているから、拘束魔法はすぐに破られてしまうだろう。アリは落ちている剣を拾った。
「ここは任せてください!」
「何を言っているの? 相手は魔犬よ! 見習いのあなたでは危ないわ!」
その時、拘束魔法を抜け出した魔犬がアリに襲い掛かってきた。もはや逃げ場はない。アリはできるだけ心を平静に保って腰を落とした。剣を抜いた瞬間の一撃に賭けたのだ。
「ウガァ!」
魔犬が間近まで迫る。その鋭い爪が届きそうなところまで・・・。そこでアリはさっと剣を抜いてそのままはね上げた。それは魔犬の首をとらえた。
「グワッ!」
魔犬が悲痛な声を上げた。刃がない訓練用の剣だが、その衝撃は強い。魔犬の体は浮き上がった。そこにアリは止めとして剣を振り下ろした。
「グゥーン・・・」
魔犬はそのまま激しく地面に叩きつけられ、動かなくなった。そしてその体は灰になっていった。
アリは剣を鞘に戻すと「ふうっ!」と息を吐いた。試合ではない久々の実戦での興奮を抑えようとしていた。
モウ先生が駆け寄ってきた。
「大丈夫なの? アリ!」
「ええ、大丈夫です。かすり傷だけです」
「よくやったわ! さあ、医務室で治療するわ」
モウ先生はアリを連れて行こうとした。だがアリはエレーヌが気がかりだった。彼女はまだ恐怖で固まっている。
「エレーヌ! もう大丈夫だよ」
アリが声をかけた。そこでやっとエレーヌははっと我に返ったようだ。
「わかっているわ!」
エレーヌはアリにはまだ強気だ。そんな彼女にモウ先生は言った。
「アリが助けてくれたのよ。あなたをかばって・・・」
「そんなことはわかっています」
エレーヌはアリの方を向いた。
「助けてくれことには感謝するわ。でもこれくらいできて当然よ! あなたはマリウス様に勝ったことがあるのだから」
「いや、まあ・・・君が無事でよかった」
アリは笑顔でそう言った。するとエレーヌは顔を赤らめた。
「勘違いしないで。こんなことで私があなたに好意を持つとは思わないで!」
エレーヌの言葉だけはアリに厳しい。
「いや、そんなことは・・・」
「いい? 私の気を引こうと思わないでね!」
エレーヌはそう言って背を向けて去っていった。それを見ながらモウ先生はため息をついた。
「素直じゃないな・・・」
「何がです? 僕はエレーヌさんに完全に嫌われていますね・・・」
「そう思っているならそれでいいの。そのうちわかるから。ふふふ」
モウ先生は意味ありげに笑った。アリは首をかしげていた。
◇
剣技会の日が近づいている。何か決め手があれば・・・アリは剣の素振りをしながら考えていた。
(いかに早く敵に剣を当てるか・・・あっ! そうか! あれがあった!)
アリはあの魔犬との戦いのことを思い出した。それは居合抜刀術だ。前世でも武芸者との立ち合いの時に使ったことがある。鞘に納めた刀を一瞬で抜いて相手に浴びせる。その動きを極めれば一瞬のことで相手は何もできない。
(その技なら今の体でも鍛錬すればできそうだ)
もちろん試合ではお互いに剣を突き出してから開始となる。相手の攻撃を受けないように剣を引き、抜刀する位置まで下げられるか・・・そこが問題だった。距離を取って剣を引く。相手が間合いの入った時に剣をはね上げて、一瞬の剣撃を加える。
アリはそれを誰にも見つからないように練習した。それは試合の前日になってやっと何とか形になり、試合で使えるくらいまでになった。
「これでいざという時の切り札になる」
アリはほっとしながら寮に帰った。すると部屋のドアにメモがはさんであった。表には「アリへ」と書かれてある。
「何かな?」
彼女は何気なくそのメモを見てみた。するとそこには・・・
『おまえの秘密を知っている。ばらされたくなければ正団員の試合が終わった後、武具倉庫に来い』
と書かれていた。
(秘密を知られた! まさか!)
アリはひどく動揺した。女であることがばれればここを追い出されるかもしれない。この手紙の相手はアリを脅迫してどうしようというのか・・・。
「一体、誰が? ひょっとして・・・」
部屋にそっと入るとレイクが読書していた。アリを見て欠伸をしながら「お帰り」と声をかける。そののんびりした様子から彼が脅迫者のように見えない。
「レイクさん。誰か来ませんでした?」
「ん? 誰も来なかったが・・・誰か訪ねてくる予定なのか?」
「いえ、そうではないのですが・・・。誰かメモを挟んでいきませんでしたか?」
「気が付かなかったなあ」
レイクはメモがはさまれたことにも気づいていない。アリは考えてみた。だが手紙の相手に見当がつかない。
(とにかく脅迫した相手に会わなければならない。何をするかはその後考えるしかない・・・)
アリは緊張してその夜を過ごすことになった。




