第12話 迷い
本部ではたまにカルヴァン団長を見かけることがある。アリは直接、団長に転属を訴えようと考えていた。
(このまま飼い殺しにされるよりは別の隊で活躍したい)
そんな希望があった。
その日も本部の廊下の掃除をしていた。するとそこにカルヴァン団長が通りかかった。アリはすぐにそのそばに駆け寄った。
「団長。お話があります」
「ん? アリか? どうした?」
「転属を御願いできないでしょうか? どこの隊でもかまいません」
するとカルヴァン団長は「はあっ」と息を吐いた。
「ここでは不満なんだな?」
「いえ・・・」
「それはわかっている。だが君はそれでいいと思っているのかね?」
「どういうことでしょうか?」
「君は何をしていたのかね? 本部にはいろんな人物が来る。その動きを見ることができるのだ。掃除も大事だが、それが君をここに配属させた理由だ。聖騎士団のことを理解するにはここが一番だ」
ここでアリたちに特別なことを学ばせようとしていたのだ。そのことを理解しなければここにいる意味はない。その意を汲み取れなかった前任の見習いは転属していったのだろう。
(そういえば殿の小姓もそうだった。様々な政策の話をそばについて聞き、また重臣の取次ぎをして顔なじみになったものだった・・・)
アリはここでやっと理解した。
「申し訳ありませんでした。私が浅はかでした」
「まあ、剣の鍛錬はいつでもできる。だが怠るな。剣あっての聖騎士団だ」
「はい!」
アリは頭を下げて掃除に戻った。
(ここにいることは特別なことなんだ!)
そう思うとアリにさらにやる気が出てきた。それをビッケルやカーランは不思議そうに首をかしげて見ていた。ただクロスだけはいつもように暗い顔をしてただ黙々と作業していた。
◇
この日は訓練用の剣を使って打ち合いをした。少しでも油断するとその剣でケガをしてしまう。アリたちは緊張しながら剣を振っていた。
だがクロスと打ち合いをしているとき、アリの剣が彼の左腕をやや強く打ってしまった。
「ううっ!」
クロスは声を漏らして左手を押さえた。ポタリと血が流れている。
「すまない。すぐに医務室に行こう」
「大丈夫だ。これしきの傷・・・」
だがクロスは顔をゆがめている。かなり痛いようだ。
「すぐに医務室に行くんだ! アリ! 連れて行ってやれ!」
訓練を監督していたロウ従団員にそう言われて、クロスはアリに連れられて渋々医務室に向かった。
「モウ先生、おられますか?」
医務室のドアをノックして開けると、モウ先生はいなかった。代わりにアリと同じくらいの少女が椅子に座っていた。
「モウ先生は?」
「今は出ているわ? 私は留守番。代わりに話を聞くわ。どうしたの?」
「訓練中に剣でクロスの左腕を打ってしまって・・・。彼がケガしているんです」
「それなら私が診るわ」
「君は?」
「エレーヌ。魔法使いよ。腕はいいのよ」
エレーヌはヒーリング魔法をクロスにかけた。すると彼の左腕の傷はみるみる消えていった。痛みも軽くなって、ほっとした顔をしている。
「痛みは少し残っているけど、明日には消えるわ」
「ありがとうございます」
アリは礼を言った。クロスも小さく「ありがとう」と言って頭を下げていた。
「どう? すごいでしょう。私の腕は」
「ええ、そうですね」
「私がいれば安心よ。エッヘン!」
エレーヌは得意げだった。そこにモウ先生が帰ってきた。
「どうしたの?」
「クロスにケガをさせてしまって。でもエレーヌさんに治してもらったのです」
アリがそう説明した。するとモウ先生はエレーヌに言った。
「ダメよ。まだ見習いなんだから。私が見ているところで・・・」
「大丈夫ですよ。こんな傷なんか、簡単に治せます」
「それはそうだけど・・・」
「もう見習いから卒業させてくださいよ。大抵のことはできますから。じゃあ、先生、あとをお願いします。また来ます!」
そう言ってエレーヌは医務室を出て行った。それを見てモウ先生はため息をついた。
「腕もいいし、いい子なのにねえ・・・」
「見習いの魔法使いなのですか?」
「ええ、そうよ。1か月前にここに来たの。魔法はよくできるのだけど・・・。さあ、クロス、左腕を見せて」
モウ先生はクロスの左腕を診察した。
「ヒーリング魔法でよくなっているから心配ないわ」
「ありがとうございます」
「クロス。無理だけはしないでね」
「わかっています。では僕は行きます」
クロスは頭を下げて医務室を出て行った。モウ先生は心配そうに見送った後、アリに言った。
「クロスはあなたと同じ本部付きだったわね」
「はい、そうですが・・・」
「ひどい怪我をしてここに来ることがあったのよ。無理な鍛錬をして・・・」
それはアリには初めて聞く話だった。クロスは陰でかなりの鍛錬をしていたのだ。
「聞いていると思うけど、彼はかなり苦しんでいるのよ。お兄さんは三番隊の隊長までなった。それに引き換え自分は・・・。お兄さんの仇の魔獣を倒したいけど、それができない自分にもどかしさを覚えている」
クロスはずっと暗い顔をして悩み続けていたのだ・・・アリにもそう思った。
「アリ。仲間として彼を支えてやって」
「わかりました。僕にどれほどのことができるかわかりませんが・・・」
アリはそう言うしかなかった。前世でも自分の実力不足を悩んでいた者を多く見てきた。その多くは不幸にも無理をしてつぶれていった・・・。
(クロスもそうならなければいいが・・・)
アリは心配していた。




