久しぶりのカップラーメン
帰省できればどれほど楽だろう。逃げ出せればすべてが解決するような、そんな気がする。
社会と戦う気力など、晶には残されていなかった。
惰性で生きる――これが、大人になるということなのか。
失敗すればするたびに料理長から激昂され、意気消沈していると暴力を振るわれる。その繰り返し。精神が摩耗していっている感覚を覚える。これをあと、どれほど繰り返せばいいのだろうか。
歯がゆさから奥歯を嚙み続けて、奥歯が欠けた。
表情が険しくなっているだろうな、と晶は思う。
イベリコ豚のとんかつ調理、延べ十回。この神経質な作業もそろそろ佳境であってほしいものだ。
皿に盛りつけたものを料理長に確認してもらうと、
「……まぁ、わりと良いんじゃないか?」
「あの……」
「なんだ?」
「今までの失敗の原因って、何だったんですか?」
料理長の三白眼がこちらに向けられる。
「そんなことも分からねぇのか?」
「すみません。勉強不足で」
そいつは鼻を鳴らし、先ほどまで持っていたとんかつが乗った皿をキッチンに置いた。しばらく考える。
「油の余熱管理だ。お前、いままで挙げ終わったらすぐに取り出していただろう」
「はい」
「それが駄目なんだ。最低でも百八十度の油に五分はくぐらせていないといけない。でもまぁ、その塩梅が難しいんだけどな」
「…………」
「じゃあまぁ、今後も頑張れや」
料理長はこの場を後にした。
「何なんだれ?」
「気いたことないか?」
晶は振り返ると、そこには先輩が立っていた。
「左官又という料理店であの人、修行していたんだが、そこでかなりのしごきを受けて、そこで思い込むようになったんだよ。才能があるやつは先輩からしごかれるんだ、ってな」
「それで……俺に?」
その先輩はため息を吐く。
「あの人なりの愛情表現だよ。ねじ曲がっているかもしれねぇが。我慢してやってくれ」
「……わかりました」
「とりあえず休憩してこい。神経使っただろ」
そう言ってくれたので、晶は厨房を後にする。
「気に入っている奴にはあえて厳しく、か」
毒づいてしまいたい気持ちに襲われるも、かぶりを振る。
休憩所では、恰幅のいい料理人がカップヌードルを啜っていた。晶はその後ろを通ってコップに水を入れる。
「カップヌードル、食べる?」
「いいんですか?」
「いいよ」
晶は料理人の前に座る。彼は袋の中からチリトマト、カレーヌードル、醤油を取り出した。
「これ三つあげる」
「ありがとうございます」
――残りふたつは姉妹のために持って帰ってやるか。
沸いた薬缶からヌードルにお湯を注ぎ、五分待つ。
料亭でも屋敷でも、仰々しい食事しかしてこなかったから、ジャンキーなものは久しぶりだ。
五分たったので、啜り始める。
美味い。頬が落ちそうだ。
「片意地張らずに頑張れよ」
そう先輩から言われ、励まされた。




