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経営難な料亭を立て直すため、料亭で修行することに。だがなぜかラブコメ展開に!?  作者: 彼方夢
京都料亭は波乱万丈⁉

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覚悟

 豚カツの肉切り音が厨房に響く。

 ざく、ざく、ざく。

 大嶺おおみね あきらはただ一心に切り続ける。

 どう切れば豚カツの肉汁を閉じ込められるか。ただそれだけを考え続けていた。


「あぁ、あんた。またやってるの?」

「うん」


 母親がシャッターを開ける。それから準備中の札を玄関に下げる。


「いつも驚くよ。朝四時半の仕込みの時間には、もういるんだから」

「ああ」

「……料理は好き?」

「もちろん」


 実家は三十年以上続く定食屋だ。「しなもの」という屋号。

 客に長年愛され続けているし、大嶺の好きな店でもある。 

 名物は晶が拘っている豚カツではなく、かつ丼だ――似たり寄ったりな感じもするが……


「どうしようか。仕込みを軽くして朝飯作っちゃうか」

「分かった」


 油の用意や、予め魚を捌くこと、そういった調理分を仕込んで終える。作業時間おおよそ二時間。朝焼けしていた外は、すっかり陽光が射し込んできている。


「よぉ。おはよう」

「おはよう」


 リビングに入ると父が新聞を読んでいた。


「母さん、明日は俺が仕込みをするからな」

「はいはい。分かってますよ」


 両親は、店の仕込みは曜日ごとに代わる代わる行っているのだ。

「ん? 今日の朝飯は豚カツなのか?」

「重たいわよね」

「ひとつは頂こうかな」

「ありがとう。父さん」


 豚カツを食べた父はいつもの仏頂面で、「美味い」と言う。


「もうそればっか。マシな感想は無いの?」


 母がそんなことを言いながらテレビの電源を点ける。


『クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号にて、コロナウィルス陽性者の数は急激に増加し――』


 コロナウィルスの増加、そのことがまさか飲食店にあそこまで大打撃を食らわせるなんて思わなかった。……思いたくなかった。

 コロナのせいで都市部はロックダウンをし、客足は当然遠のき、飲食店に対する助成金も所詮は暖簾に腕押しでしかなく、実家の定食屋も経営難になった。

 父は言った。何度も、何度も……「潰れるかもしれない、もう駄目だろう」と。

 それでもしかし、晶は諦めたく無かった。


「俺、この店継ぐから」

「……ありがとう」


 母はぽろぽろと泣いた。それほど嬉しかったらしい。


「頑張って俺がこの店を軌道に戻すから……」

「分かった。――でも、大学は行くのよ」

「え? いや、学費とかかかるし。俺は――」


 力強く大嶺の肩を叩く。


「いい? このご時世どうなるか分からないんだから。それはあんたもコロナで分かっているでしょ」

「……ああ。うん」


 確かにそうだ。コロナウィルスのことを誰も予見できなかった。そもそも、世間や時代の流れを完全に見切ることは不可能なのだから。


「学費はあんたのために貯金があるから」

「……本当にごめん」

「いいのよ。……でも、店の手伝いはしなさいよ。将来、店を継ぐ倅なんだから」


 屈託なく笑う。そんな明け透け無い笑顔に、こちらの表情まで緩んでしまう。

 




 春。

 第一志望の国立大学に無事合格し、両親にも最高の恩返しが出来たと思う。

 そしてそこから厳しかったけれど、でも楽しめた日々があった。

 店を継ぐために毎日朝早く起きて、仕込みの手伝いや、実際に現場に入ってその空気を感じることや、父と一緒に卸屋との交渉にも出掛けた。すべてが身になった。

 大学のコマとコマの合間に帰省し店を手伝うなんてこともやったが、そんなことも今となっては笑い話で。

 けれどもそうしていても、やはりコロナ前までの収益には戻らなかった。


 だからこそ、俺は提案する。

 ミシュランのパンフレットを持って。


「父さん……」


 書斎で本を読んでいた父、疲れていたのか眼鏡をはずしていた。晶を確認してゆっくりと掛け直す。


「どうした?」

「店のことなんだけど……」

「ああ……いつもありがとうな」

「実は経営を立て直すために俺、実は考えたんだけど、ミシュランの審査ってあるだろ?」

「ああ」

「それで星を取れば、客が帰って来るんじゃないのか?」

「……少し、考えさせてくれ」

「え……」


 即答されると思った。即答で了承してくれると。

 なにが駄目なのだ。





 それでも晶は突っ走った。

 ミシュラン三ツ星の老舗料亭である、京都の店に修行をさせてもらえないかと尋ね、何度も説得し、「コロナの件ではお互い様ね」というご好意を頂いた。

 大学では、コマを数個と長期休暇を併せてもらい、京都へ赴く準備が整った。

 荷物の最終確認を行っていると、「ちょっと話いい?」と母が訪ねてくる。


「どうしたの?」

「お父さんが言うのよ。あいつと話がしたいって」

「……分かった」


 書斎に顔を出すと、父がまたいつもの仏頂面で言った。


「店のこと、お前に全部任せるつもりだ」

「……」

「頼んだぞ」


 きっと、ミシュランの件も含めて晶に店を任せるべきかどうかをずっと、ずっと悩んでいたのだろう。

 そして、ようやく答えが出たのだ。


「頑張るよ」




 翌日。家の外に出ると緊張感と清々しさがどこか共存した。

 駅舎で新幹線に乗り込み、そして発車ベルが鳴る。

 流れる景色を映す車窓。

 ……駄目だ、実家に戻りたい。

 安寧の地から離れることが、これほどまでに苦しいことなんだって分かると、かなり辛い。

 握りこぶしを作る。

 自分は店を立て直すんだろ。ならやるしかない。そう、自己暗示をかける。

 


 そして京都市に到着した。祇園の神社仏閣などを見て回りたいが、いまは先方の店への挨拶が先だ。

 観光客でごった返しているなか、目的地まで突き進む。

 ようやく着いたときには、少し息が上がっていた。


「あれ? お客さん……? 店はまだ開店前ですよ」


 大がかりな荷物を持っている晶を訝しんでいる、赤毛のショートカット少女。


「すみません……場山ばやま女将さんにお会いしたいのですが……」


 赤毛の少女は合点がいったのか、「ああ。女将が言っていた人か」と独り言ち、それから「こっち来て」と裏口を案内される。


「私は筑波つくば 梨丘りおか。よろしく。十七歳。ちょっと年上にみられるんだけどね」

「別に年相応だと思うけど」


 そう言うとムッとした顔を向けられる。

 見た目と言うより、そういうすぐに感情を向けるところが年相応なのだと思うぞ。

 年季が入ってはいるが、細かなところまで掃除され、丁寧にワックスがけまでされている廊下を渡り、客間に通される。

 数分後。「おいでになられてありがとうございます」と声を掛けられ、反射的に立ち上がる。着物姿の六十歳ぐらいの女性だ。こんな自分に対し、腰の低い態度で対応してくださる。


「いえ、こちらこそご迷惑を言って申し訳ありません」

「コロナの件でこっちも痛手でね。だから人件費なしで人が雇える口実が出来てよかったわ」

「はい」

「……覚悟してね。容赦はしないわよ。あくまで修行なんだから」

「もちろんです」

 俺は軽く頭を下げた。


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