3-9
クレアは少し休憩した後、エナと交代して村の警護に入った。クレア達と村からそれぞれ二人ずつ計四人で、分かれて村の警護をしている。
クレアが道なりに歩いていると、その先に見覚えのある巻き毛の男性に気づいた。後ろ姿であるがランプを持って彼も巡回しているようだ。するとロンガもこちらに気づき、お互いに歩み寄って立ち止まった。
「ロンガさん、お疲れ様です」
「ああ。クレアさんもな」
その後どちらからともなく沈黙する。少しひんやりとした風がクレアの長い二筋の髪を揺らした。
「あのさ……」
ロンガが口火を切った。クレアはロンガの顔を見る。
「岩をどけてくれて助かった、ありがとう」
「いえ。私の力でお役に立てたなら、よかったです」
穏やかにそう答えるクレアを見て、ふと彼は思い出して言った。
「……それにしてもあんた、ほんとにすごいな」
「え?」
「あんたが岩をどけた時の事だよ」
ロンガは一度クレアを見てそう言うと、再び前方の何もない暗闇に視線を向けた。
「俺もちょっとは都会暮らしをしていたから、唱術は見たことあるんだ。でも、こんなすごい唱術は初めて見た」
ロンガはふと岩をなくすと言い、銀色の槍をどこからともなく出して左手に握り締めたクレアを思い出した。
彼女は岩を見据えると何やら唱え始め、槍にはめられた緑色の石が光りを放った。そして彼女が槍を落石の方に向けると、何かが大きな岩を数回切り裂いた。透明で何だったのかはっきり分からなかったが、岩を切り裂く瞬間、一瞬だけ見えた。
「あの大きな三日月形の刃。一体何だったんだ?」
どこか鋭い瞳でクレアを見つめるロンガに、クレアは答える。
「風ですよ」
「風?」
「ええ。あれは風の刃なんです」
ロンガは自分の巻き毛を揺らす風を感じると、うつむいて小さく笑った。
「風が刃に、か。ほんとすごいな」
そして顔を上げてどこか悲しげな表情で天を仰いだ。
「そんなすごいものを見ると、俺も力を持ちたくなる。今度こそ大切なものを守れるように」
ロンガと話を終えた後、街の中央広場にやって来たクレアは足を止め周囲をざっと見渡した。そしてすぐにあるところで目がとまった。ぼんやりとした街灯の明かりの下、ベンチに座っている見覚えのある外はね髪の男。クレアは彼の前まで近づくと足を止めた。
彼も突如自分にかかった影に気づき、その影の主をゆっくりと見上げて口元をわずかに緩めた。
「……クレアか」
「隙があり過ぎるわよ。私がこんなに近づくまで気づかなかったの?」
クレアが腕組みをしたままどこか呆れたように言うと、ヴィロは苦笑した。
「悪い。気ぃつけるよ」
そう言って視線をやや下に向けたヴィロをクレアはただじっと見つめていたが、彼の様子を伺いながらゆっくりと口を開いた。
「それから……」
そのままクレアはヴィロの隣に座りながら、視線を合わせないで話を続けた。ギィ……と木製のベンチが鳴る。
「その作り笑い、あなたには似合わないわよ」
その一言にヴィロが小さく反応した。
クレアは横目でそんな彼を見たが、彼はただ黙って俯いているだけだった。
何の反応も見せない彼にクレアは少し言い過ぎたかしらと俯いていると、隣から大きな溜息が一つ聞こえた。
「まいったな……」
そう呟いてヴィロが小さく笑った時、肌寒い風がヴィロの明るい茶髪とクレアのダークグレーの髪を揺らした。クレアは視界を遮る二本の長い髪を抑えながらヴィロの言葉を待った。
「俺……」
それはどこかため息混じりの小さな声だった。クレアはヴィロの隣で彼の横顔を見つめる。
「この村のために何かできることはないかって、そう言おうとした」
ヴィロはベンチの背もたれに寄り掛かると、上を向いて目を閉じた。
「止められた。今の君じゃだめだって」
ずっとそばにいて協力してやれるわけでもない。自分にはやるべき事があるから。それなのに思わせぶりな事を言い相手に夢を見せてしまう。自分は明日には去ってしまうのに。それは無責任だと思う。期待させて、結局自分は何もしないでここを去っていく。じゃあ自分が言った言葉は単に同情の言葉だったんだと、その場しのぎの言葉だったんだとそう思われても仕方がないかもしれない。優しさや思いやりの言葉が決して相手のためになるとは限らないのだ。
「あの森でのクレアとレイルの言葉も、今なら分かる。よく考えて行動しろって、レイルに言われてんのにな」
自嘲気味にそう呟くと、隣から小さなため息が一つこぼれたような気がした。
「そうね」
ギィッとベンチが軋む音と共にクレアの声が聞こえた。
「でも、ヴィロはそれに気づいたんでしょう?」
「ああ」
「だったらそれでいいじゃない」
目を開けると二、三歩離れた先にクレアが背中を向けて立っていた。
「誰だって間違う事はあるわ。それを気づかせてくれたのが、この機会だったのよ」
クレアは振り返ってヴィロを真っ直ぐに見た。
「確かに言いかけていたその言葉で、その人を傷つけたかもしれない。でも誰も傷つけずにいれる人間なんていないわ。考え方、捉え方なんて人それぞれだもの」
ヴィロは怖いほど冷静で客観的なクレアを怪訝そうに見た。
「だから傷つけるのは仕方ないって?俺はそうは思えない。それで……」
クレアは平気なのか?
ヴィロは平静を装って言葉を発していたが、言葉が詰まると同時に手のひらを強く握り締めた。
視線を地面へ反らし何かに耐えるような様子のヴィロに、クレアも視線を自分の足元に向ける。
「傷つける事を恐れる気持ちは大切だと思うわ。むしろ当然あるべきものだと思う。でも大事なのは受け止める事だと私は思うわ」
ヴィロは何も言えなかった。傷つけた事に傷つく自分の事で精一杯だったから、クレアの言う受け止めるという事がどんな事なのか、分かっていないのかもしれない。
「それに……」
そう言ってクレアは言葉を切った。そして彼女はヴィロに背中を向けた。
「今いくら後悔したって、その時を取り消す事なんてできないのよ。過去は変えられないから」
彼女の長い二本のグレーの髪を揺れる。彼女の長い右袖も風になびいていた。
「だから積み重ねた過ちの分、私達は前に進まなくてはならない。自分の間違いに気づいたのならなおさら。その人達のためにも、自分のためにも、これから出会う人のためにもね」
その言葉はヴィロの胸に響いた。
平気なわけじゃない。クレアは背負ってる。今まで出会った人々の気持ちを。自分の過ちを。
だったら自分は?後悔するだけで、本当に彼女のように前に進めていた?
しばらくしてヴィロは大きく息を吐くと立ち上がり、クレアの隣に並ぶようにして立った。
「悪かったな」
「何が?」
ヴィロはちらっとクレアの横顔を盗み見た。そしてふと小さく笑った。
「いろいろとな」
「一体どれの事かしら?」
前科がありすぎて分からないわとクレアは口端を上げてヴィロを見上げた。ヴィロもそんな彼女を見て苦笑する。
「……クレアの喝、結構効いた」
「そう?ヴィロは結構分からず屋だったのね」
「おい……」
クレアは一度小さく笑った。
「こんな時じゃなかったら、きっと嬉しかったと思うわよ」
「ん?」
ヴィロは前を真っ直ぐ見るクレアを見た。
「苦しんでいる時やつらい時、あなたみたいに救い手を伸ばしてくれたら誰もが嬉しいはずよ」
ふとヴィロの脳裏に最後に微笑んでくれたネルターの顔が浮かんだ。
「あなたの気持ち、きっと伝わってるわ」
そしてどこか吹っ切れた様に微笑を見せるヴィロにクレアも安堵したように微笑んだ。
「んー」
エナは両腕を伸ばして、ナイーゼの家の前に立っていた。そして町の中央に向かって歩いて行くと、街灯がぼんやりと照らすダークグレーの髪を持つ少女の後ろ姿を見つけた。
「クレア!」
近づきながら声をかけると彼女は振り返って僅かに微笑んでみせた。彼女の背後では見覚えのある外はね茶髪の男が、元気によっ!と言って顔を出した。
「交代の時間よ!ヴィロもお疲れ様です」
「おー、お疲れ」
「もういいの?まだ2時間程しか経っていないわよ」
「いいの、いいの。その前から寝てたし……」
ヴィロがそうそう、と言いながら大きく頷くのを見てエナが少しムッとした顔をした。
それじゃあ私、ずっと寝てたみたいじゃない。そんな事を思っているとクレアがエナを見て小さく笑った。
「そうね。じゃあ、少し休むわね。二人共、何かあったらすぐに連絡して」
「え、うん。りょーかい。……ってそうねってクレア、どーいう意味!?私、そんなに寝てな……」
「クレア、ゆっくり休めよ」
するとクレアはじゃあ頼むわね、と言ってその場を離れた。クレアの後ろ姿を見送ると笑顔のヴィロと目が合う。エナがまだムッとした顔でいると、ヴィロがエナの金髪のウェーブの髪をクシャクシャと撫でた。
「もう……何なんですか!!」
エナがその大きな手から逃れ乱れた髪を手ぐしで整えていると、ヴィロが笑いながら答えた。
「お前、説得力ねぇんだよ」
「何がです」
「その髪」
「髪?」
エナが怪訝そうにヴィロを見上げるとヴィロが大きく頷いた。
「寝癖だよ、寝癖」
「……へ?寝癖!?」
エナは手を止めて自分の金の髪を押さえた。すると右側の髪が不自然に外にはねているのが分かった。
「……ほんとだ」
「そうね、の意味分かったろ?」
エナは恥ずかしそうにこくりと頷くと、微笑むヴィロを見上げた。
「……なんか」
「ん?」
「ヴィロ、機嫌良くありません?」
「そうか?」
「いい事でもあったんですか?」
ヴィロがんー……と言いながら視線を逸らした。
「いい事か……微妙に違う気もすっけど、うん。まぁそんなところか」
そう一人で勝手に頷くヴィロにエナはますます首を傾げた。




