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3-8


クレアが帰ってきた事を伝えると、エナは寝癖が付いたのもかまわず急いで階段を駆け上がった。そして部屋に入ってクレアを見ると彼女に抱きつき、そして怪我は?疲れてない?と彼女を窺がった。クレアが大丈夫だと笑顔を見せるとエナはようやく安堵したように落ち着いた。そんな感動の再会もほどほどに、クレアは今まで遭った出来事について話した。

「そんな事が……」

「大変だったな、クレア。もういいから今日は休めよ」

「そうだよ。今日はもう休んで。あとは私達に任せて!」

そんな優しいエナとヴィロの言葉にもクレアは沈黙している。そして彼女はふと隣にいるレイルに視線を向けた。

「どう思う?」

「おそらくお前と同意見だ」

「……やはり長居は無用ね」

二人のやりとりにエナとヴィロは首を傾げた。そして深刻な表情のクレアにおそるおそる尋ねた。

「あのー、クレア?」

「何?」

「全く話が噛み合ってないっていうか……つまり、どういう事?」

クレアは困惑した表情のエナとヴィロを見た。

「追っ手が迫ってる可能性があるわ」

エナとヴィロは驚いたがすぐに表情を引き締め、真剣な顔つきになる。そしてヴィロが何かに気づいて言う。

「おい、まさかその崖崩れって……」

「え?まさか……」

勘のいい二人にクレアは頷く事も首を振る事もなかった。

「乾燥した大きな落石が、雪崩を起こしたように滑り落ちた跡が残っていた」

「乾燥した土地で突然数時間後に崖崩れが起きる。無くはない話だが、不自然といえば不自然だな。タイミングが良過ぎる」

レイルの言葉にクレアが頷く。

「ええ。さっきネルターさんにも確認してきたんだけど、ここ一週間は雨も降ってないし、風の強い荒れた天気の日もないそうよ。ぬかるんでいるわけでも滑りやすい場所でもない。そんな環境の中でさほど急斜面でもない場所で崖崩れなんて、単なる自然現象で片付けるには早すぎるわ」

「まるで帰りを見計らって起きたような崖崩れだ。それに加えて俺達の今の立場。その可能性は高い」

少しの沈黙後、ヴィロはくしゃっと自分の明るい茶色の髪を掻いた。

「……くそっ、やっぱ他にもいたか」

「だが、まだ可能性に過ぎない。警戒する必要は十分にあるがな」

「ただ崖崩れを人間の手で起こしたとなると、唱術士が絡んでいる可能性が高いわ。下手をすれば一発で、広範囲の人間が傷つく事になる」

「それじゃあ、ナイーゼさん達を巻き込む事も……」

エナの一言にみんな沈黙する。複数の暗殺団となるとさすがに四人では厳しい。そして思いきり戦うにしても、ここにはナイーゼさんを始め多くの民間人がいる。元々よそ者を嫌う村だ。よそ者を招き入れた事によって起こったごたごたとなると、彼らは余計に閉鎖的になるだろう。そして招き入れたナイーゼさんにも責任は問われる。彼らをこの件に巻き込むのは、どうしても避けたい。

「……俺達がこの村を早く出るしかない。そしてリオシカへ急行する」

レイルの言葉に三人は顔を上げた。

「町の規模からして、リオシカの方がここよりは安全のはずだ。町が大きければ大きいほど人目に付きやすいから、追っ手も迂闊に手を出せないはずだ。日が明ければ、なるべく早く発ちたい」

「まぁ……それが一番か。かえってナイーゼさん達に迷惑かけちまったな」

「ナイーゼさんには、私から明日出ていく事を伝えます。クレア、ネルターさん達に……」

「ええ、分かったわ」

ヴィロは立てかけていた大きな紺の槍を手に取った。

「それじゃあ俺は村の警備の方に。レイルも少しは休めよ。疲れてんだろ?お前がぶっ倒れるぞ」

「……わかった。そうさせてもらう。少し休んでから合流する。少し時間がかかるかもしれないが……」

「それは私がフォローに入るわ」

「クレア!?」

エナが驚いて声を上げる。しかし心配そうな彼女をよそにクレアは話を続けた。

「大丈夫。ダハラに向かう時もこまめに休憩を取っていたから、それほど疲れてないのよ。それに現状からしても警備はなるべく厳重にした方がいいわ。とにかく少し休んだら私が入るから、レイルは明日の事頼んだわよ」

エナの視線を感じながらレイルは大きくため息をついて答えた。

「分かった。明日からの経路については俺が引き受ける。エナも、分かったな」

「…………分かりました。でもクレア、くれぐれも……」

「大丈夫よ。それにきつかったら言うから、その時は頼んだわね」

エナが頷くと、四人はすぐさま行動を開始した。


エナはナイーゼに朝すぐに発つことを告げた。ナイーゼはそれでは悪いと引き止めたが、最後はエナの説得に応じた。クレアも町の警備をしているネルター達にその事を告げると、彼らはただ分かったと頷いた。その間にレイルは休みを取り、明日からの経路などについて計画を立て始めた。ヴィロは一人、町の警備をしていた。

「まったく、君達は嵐のようだな」

ヴィロは振り返って、ネルターを見た。ヴィロにとってネルターはクレアがダハラへ人質となって向かうと言った時、一度会った人物というだけだった。そしてさっき共に町の警備をするということで、レイルとエナと自己紹介を軽くしたところだった。

「ははは、すいません。世話になったのに、何のお返しも出来なくて……」

苦笑いをしながら明るい茶髪の髪を掻くヴィロにネルターは肩を落とす。

「ま、君達の職業柄、余計な詮索はしないよ」

「………………」

無言になったヴィロを見ることなく、ネルターはかけていた眼鏡を取って話を続けた。

「君達が、久々の外からの訪問者だったんだ。取引先は別にしてだけど、ね」

ヴィロは顔を上げてネルターの顔を見た。ぼんやりと辺りを照らす街灯の明かりで、ネルターの顔がかすかに見える。

「だから余計に警戒していたのかもしれない、君達を。嫌な思いをさせた事、本当に悪かった」

「気にしてないですよ」

ネルターはその優しい声を聞いて、隣に立つヴィロの顔を見た。

「でも、さすがにクレアを人質として連れてくって聞いた時はむかつきましたけどね」

ヴィロがネルターにいたずらっぽく笑ってみせると、ネルターもふっと表情を和らげた。

「ほんとに君達は傭兵らしくないな」

「へっ!?」

ヴィロはぎくりとして思わず抜けた声を出した。

「人が良過ぎる。傭兵っていうのはもっとこう……金でしか動かない野蛮な、そんな種類の人間だと思ってたよ。でも君達はそうじゃない、そうじゃなかった。だから村の人達も心を開いた」

「……そうなんですかね」

するとネルターは町の入り口の方をどこか遠い目で見た。

「この村は……昔から貧しかったが今ほどではなかった。明るい声が一日中耐えない村だったよ」

その表情から分かる。ネルターは穏やかな笑みをしていた。しかしふいに表情が曇る。

「でもある出来事を境にこの村は変わってしまった。村人の心は傷つき、それ以来容易に人を信じられなくなった。外部との関わりさえも避けるようになり、この村は閉鎖的になっていった」

ヴィロが黙って聞いていると、ネルターは彼を見た。

「君にだってあるだろ?ある出来事やきっかけが自分や、自分の人生を変えてしまう事。この村はその最悪なケースと言っていい」

何がこの村であったのか、それはヴィロには分からない。ただネルターからは哀しみと苦しみが伝わってきて、言葉が出なかった。ただ自分に投げかけられた言葉で、自分の過去を思い出していた。

ネルターはそんなヴィロの顔を見て苦笑すると話を続けた。

「今回君達はナイーゼさんの連れてきた客人として招き入れられたために、村人の大半は君達を信じ心を開いている。でもこの村にとっては、普通ではありえない事なんだよ。だから君達が今、ここにこうしているのは私達にとって大きな意味を持つんだ。これをきっかけに、昔のような明るく賑わう村に変わってほしいと、私は思っている。ベンは反対するだろうがね……」

ネルターは穏やかに語っているが内容は深刻なものだった。

ヴィロは何と言葉にしていいのか分からずただ黙っていた。しかししばらくすると隣から大きなため息が聞こえてきたので再びネルターを見た。

「こんな話をするつもりはなかったんだがね。すまない。……忘れてくれ」

ネルターは困惑しているのか額に手を当てた。そんな彼を見てヴィロは口を開かずにはいられなかった。

「俺に何か……」

ネルターは突然ヴィロの方に右手を向けた。ヴィロはその行動の意味が分からず困惑する。

「すまない。君のその気持ちは……受け取れない。今はね」

その時ヴィロは以前どこかで話しをしたような場面だと、ふとなぜかそう思った。そして思い出す。

ここは彼らの国。彼らの手でどうにかするべき問題だ。ずっとそばにいるのならまだしも、通りすがりの自分達が口を挟むべき事ではない。自分達が口を挟んで、余計な問題や期待をもたせるような軽率な事をしてはならない。今やるべき事は、自分に課せられた任務を遂行する事。ただそれだけだ、と。

あれは……森でのレイルとクレアの言葉だ。そして今ならヴィロは彼らの言葉の意味を理解できた。

自分達は明日にはこの村を去って行く。それは変えられない事実だ。それなのに自分に何か出来る事はないか?そう言おうとしたのだ。

“明日には出て行く人間が何を言う。何ができるっていうんだ。奇麗事を言うな。”

あの敵意剥き出しの赤髪の青年ならそう言ったかもしれない。

(……やっぱあいつらってすげぇな)

ヴィロは改めてそう思った。彼らは極めて冷静であって、無関心ではない。その言動は人を思っての事だ。ただ、その表現する方法が分かりにくい。常人には冷たいと思われてしまう。

(絶対、人生の大半を損してるな)

ヴィロの百面相顔にネルターは困らせたと思ったのか、優しく語りかけた。

「でも、君のその人を思いやる気持ちだけは頂いておくよ。ありがとう」

そう言って向けられたネルターの瞳は今までで一番優しかった。

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