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ヴィロが着替えて二階から下りて来ると、向かい合って座っているエナとナイーゼが話していた。どうやら待っていてくれたらしい。ヴィロはエナの隣に座ると暖かい野菜スープから食べ始めた。エナがナイーゼさんにこの作り方教えてもらったんですよと、少しはしゃいぎながら言う。ヴィロはもう一度スープに口を付けると、ふと気になった事をナイーゼに尋ねた。
「そういや……レイルは?」
その問いにナイーゼが答えた。
「まだ仕事してるよ。夕飯は、って聞いたら戻る気がないみたいで。だからさっき、いくつかおかずとスープを届けに行って来たんだよ」
それを聞いたヴィロはどこか呆れたように呟いた。
「あいつ……真面目過ぎんだよ。休みなしだとあいつの方が倒れるぞ」
「あたしもそう言ったんだけどね……」
するとエナがナイーゼの後ろにある木時計を見ながら言った。
「あと2時間後に私もレイルに合流するんですよ……って、そう言えば私、レイルに伝言頼まれてたんだった」
そう言ってご飯の器を置いてヴィロを見た。
「俺に?」
「他に誰がいるんですか」
「で?」
「確か0時だから……今から5時間後くらいに一度代わってくれ、だそうです」
ヴィロも時計を見た。今19時を過ぎたところだ。
「そんなに俺、休んでいいのか?」
「いいみたいですよ。何だかんだ言っても、一番忙しそうでしたから。いくら体力馬鹿でも、あんな図体がでかい奴に倒れられたら困る、だそうです」
「何だそりゃ」
ヴィロは脱力した。
「レイルなりの気遣いですよ。それまで寝るなり、お風呂入るなりして下さい」
「……分かったよ」
「それから、クレアが帰って来たら先に休んでもらうつもりだし、夜番は私達3人になるみたいですよ?だから頑張らないと」
すると話を聞いていたナイーゼが話に加わった。
「そんな心配しなくていいよ。夜番は男達が戻って来るまででいいから。人に任せっぱなしは嫌だとか、変なプライドがあるからね。だからそれまで……」
「え?そうですか……なら、イテッ」
エナがヴィロの左腕をつねった。ナイーゼからは見えないので、ナイーゼは少し驚いたように二人を見た。
「エナ、何す……」
ヴィロが言い終わる前にエナはヴィロの足を踏んだ。思いっきり。ヴィロは声にならずに俯くと、エナが笑顔でナイーゼに答えた。
「何でもありません。あ、でも、一人は夜番につけさせて下さい」
「え?そりゃあ助かるけど、あんた達大丈夫かい?」
エナが首を縦に振る隣で、ヴィロは眉間にしわを寄せたまま笑顔のエナを見つめていた。
夕食の後片付けを終えた後一旦部屋に戻ったヴィロは、二人きりになった途端ににっこり笑って自分を見るエナに気づいた。エナの笑顔がどことなく怖い気がするのは気のせいだろうか。
「……あの、エナ……さん?」
ヴィロがそう言うとエナの笑顔が真顔に変わった。
「もう、何考えてるんですか!?」
エナの大きな声にヴィロは驚いて何も言えなかった。
「それで私の上官なの!?あーもう、信じられな……」
ヴィロは慌ててエナの口を塞いだ。
「おい、エナ。声、でけぇよ」
エナははっと気づいたように黙った。ヴィロはエナの口を塞いだ自分の手を離した。
「それで、何にそんなに怒ってんだ?」
「……あなたにです!」
「?」
ヴィロが頭を掻いて黙っているのを見ると、エナは声を潜めた。
「私達は今、追われてるんですよ。どこに追っ手が潜んでいるのか分からないんですよ。そんな状況の中でこの村の人達にお世話になってるって事は、彼らの身に危険が及ぶ可能性があるって事です。人質にされたり、もしくは国家機密さえばれる可能性だってあるんです。私達が夜、近辺警護をするのは当たり前でしょ?すでにナイーゼさん達を、巻き込んだ事になってるんですよ」
ヴィロは腕を組んで話を聞いていた。しかし話を終えても黙っているヴィロを見てエナは居心地が悪くなった。
「……何とか言って下さいよ。私一人で馬鹿みたいじゃないですか。なんか自信なくなってきた……」
さっきの威勢とはうって変わり、突然しおらしくなったエナを見てヴィロは小さく笑った。
「あー、悪い悪い。これでも気配を追ってはいるんだよ」
「え、そうなんですか?それでその気配は……」
ヴィロは突然真剣な顔つきになった。
「いや。全くない。だから、気を抜いていたのかもしれないな……」
「えっ?」
「エナ、奴らに会ったのはいつだ?」
「二日前です」
「そう。あの時、追っ手の生き残りがいたとしてもそいつらだけで俺達を倒すのは厳しいはずだ。そうなれば奴らは俺達を追いながら俺達の動向を他の仲間に、鳥文でも使って伝令しているはずだ。援軍要請も含めてな。となると、少なくともその援軍と合流し体制を立て直し、さらに俺達に奇襲を謀るにしても四、五日は時間がかかるはずだ。だからまだ大丈夫だと思ってたんだがな。……あんま神経尖らせると、肝心な時に集中出来ないだろ?」
ヴィロの思いのよらない返答にエナは唖然とした。さすが24という若さで少長になるだけはある。入隊して五年以内となると研修兵から一般兵に上がっているのが普通だ。その上の少長など、この年齢ではあまりいない。レイルは別だが……
エナは悔しく思った。この人達と肩を並べる事が出来ないならせめて、力になりたいとそう思っていたのに。でもどんなにがんばっても、自分はこの人達の役には立てないような気がした。
(私の悪い癖だ。弱気になっては駄目なのに。でも……)
「ん?どうした、エナ。黙りこくって……」
「………………」
「おーい、聞こえてるかー?」
「……え?何ですか?」
ヴィロはため息をついた。
「俺……お前の考えてる事、だんだんわかってきた……」
「な、何の事ですか?」
素直じゃないなとヴィロは小さな声で呟いた。そしてエナを見る。
「エナ、あんまり背伸びするなよって……無理か。テムド教官が言っても、森で言い聞かせても駄目だったからな」
「な、何を……」
「面子がこれじゃあ、焦るのも分かるけどね。でも焦っても答えは出ないぞ」
「…………そんな事、分かってます」
「嘘つけ」
間髪入れて答えたヴィロにエナは今度こそ言葉を失った。ヴィロはそんなエナの顔をじっと見下ろす。
「お前はそうだな……もっと堂々としてりゃあいいんだよ。胸張ってさ」
ヴィロはエナの金髪のウエーブの髪を大きな手でもみくちゃにした。ヴィロは時々エナにこうするが、エナはこうされるのが嫌いだった。まだまだ自分が子供だと言われているようで……
「それとも何か?今更ながら俺の凄さにびびってかしこまってんのか、エナ」
ちゃかすようにヴィロが言う。いつものエナなら頷かないだろう。しかしエナはこくりと頭を縦に振って頷いた。ヴィロはぎょっとした。さっきまでの勢いはどこえやら……
「何か調子狂うな……」
そう言って頬を掻く。
「……とにかく、顔上げろよ」
エナが恐る恐る顔を上げると、ヴィロは少し困った顔でエナを見ていた。
「そんな顔すんなって。俺はそういうのが一番苦手なんだ。それにお前の言うとおり、俺の考えは甘い考えだと思うしな」
「え……」
エナの顔色が変わった。突然話の空気が変わったからである。
「俺達を追っているのは、一つの暗殺団とは限らねぇだろ。複数いたとしたら、もしかしたら今も……だからまだ気を抜くには早いかもしれない」
「複数……って、じゃあクレアが……」
「分かんねぇな。でもレイルが行かせたんだ、大丈夫なんじゃねぇの?」
そう言って二つ並んだベッドに横になると、おやすみと一言言って眠ってしまった。
(何なのよ、最後の安易な考えは。せっかく見直しかけていたのに。それに……)
「この状況で、何事もないように寝れるってどうなの……」
エナはがっくりと肩を落とした。




