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3-4


エナが一段落してある家から外に出ると、見慣れた紺の髪の後ろ姿が見えた。

「レイル!」

その声にレイルが振り返った。エナは走って近づくと乱れた金髪の癖髪を整えた。

「クレアは?」

「だいぶ前に出発したようだ」

「誰も見送りなしで?」

「……俺は、ナイーゼさんと話してたからな」

「話してた?逃げ込んでいたの間違いじゃないですか?」

どこかからかったようにエナが笑うとレイルが不機嫌そうにエナを見た。

「……見てたのか」

「はい。モテる男はつらいですね」

「……あんなにくっついて回られたら、仕事もできないだろ」

「確かに」

それはエナが二件目の怪我人の治療を終えて家に戻りかけた時の事だ。レイルが早足で見回りながら、二、三人の女性達に追いかけられているのが見えた。遠くからでも彼が不機嫌なのはエナにも分かった。あれでは見回りどころか彼女達が気になって仕事にならないだろう。

「エナも、今まで治療して回ってたんだろ?」

「え、あっ、はい」

突然話しかけられてエナは慌てて返事をした。

「この村にはちゃんとしたお医者様がいらっしゃれないらしくて、軽い怪我や病気の方が結構いらっしゃるんです。大医院のある町まで行くほどでもないので、自分で出来る限りの治療をしていたそうです。うー、あと五件ほど依頼が来てます」

「なるほど。辺鄙な町だからな」

「はい。それにしても……今回一番大変なのはクレアですけど、でも……」

そう言いかけてエナは沈黙し、その意味をすぐさま理解したレイルは小さくため息をついた。

「あいつの事は放っておけ。お前も他人を心配してる場合じゃないだろ」

「……そうですね。仕事に戻ります」

振り返ってエナが戻ろうとするとレイルが呼び止めた。

「エナ……あまり無理をするなよ。疲れたら人を待たせてでも休みを取らせてもらえ。お前が倒れたらここでは誰も治療できないぞ。お前は頑張りすぎるところがあるから……ほどほどにな」

そう言って彼は背を向けて去って行った。黒のロングコートをなびかせ、すらっとした体格のレイルの後ろ姿はこのひっそりとした町に何となく合うような気がした。

何だかんだ言ってレイルもクレアもヴィロも優しい。そしてちゃんと気遣ってくれる。

エナは一度小さく笑うと腕を伸ばして背伸びした。

「よし、やるぞー!」


その頃ダハラへ向かうクレア達は軽い休憩を取っていた。何分小柄な馬に乗っているので体力もさほどなく、村を出て一時間を過ぎた今、馬を休ませ水を与えていた。クレアは暴れ馬として村で有名なジェンディの胴体を撫でていた。ベンとネルターは何やら荷馬車の座席で談笑しているらしい。ロンガは馬の手綱を持った状態で、馬の黒い大きな瞳を覗き込んでいる。クレアはそっと手綱を引いて先頭にいるロンガに近づくと、ロンガはクレアに気づいて彼女を見た。

「な、何だ」

「いえ、何をしていらっしゃるのかと……」

「ああ。馬の状態を見ていたんだ」

「馬の状態?」

クレアが首を傾げていると背後から声がした。

「……そいつは獣医を目指してたんだよ」

クレアが振り返ると、不機嫌そうに顔を背ける赤毛のベンの隣で、眼鏡を取ったネルターがこっちを見ていた。

「なぁ、ロンガ」

「ただ、動物が好きなだけですよ」

そう言ってロンガは顔を背けた。突然ロンガが不機嫌になったように感じ、クレアは彼の後ろ姿を見つめた。

「そういやずっと気になってたんだが……」

ネルターがそう言いかけたのでクレアは再びネルターの方を見た。

「はい、何でしょう。」

「あんたら、傭兵とか言ってたよな。どこから来たんだ?」

「どこと言われると……難しいですね。」

「お前、真面目に答えろ!」

今まで黙っていたベンが少し声を荒げた。

「本当に分からないんです。私はヴィラシスクで彼らに会いましたが、彼らがどこの出身かは知りません。まだ彼らと旅を共にし始めて、十日余りですし」

「ヴィ、ヴィラシスク……」

ベンがそう呟くと、ロンガも驚いたようにこちらを見て振り返った。

「あんた、ヴィラシスク人なのか?」

「どうでしょうね。その時は私、ヴィラシスクにいましたけど、この前まではサージェスタの首都にいましたし、半年前はマルキアにいましたし……」

緊迫していた空気が少し変わった。しかしベンはもとよりロンガも疑わしくクレアを見ている。

「つまり、放浪していたと?」

「放浪とは違いますけど、似たようなものですね」

ネルターの問いにクレアは少し考えながら答えた。

「な、何で放浪していたんだ?」

ベンの問いにクレアは一度目を閉じた。

「……見つかるかもしれないと、そう思ったから」

「は?」

クレアはゆっくりと目を開いたが俯いたままでいた。その表情はどこか哀しげに見える。するとその様子を見ていたネルターが眼鏡を掛けて言う。

「話はそこまでだ。遅くなる前に、そろそろ出発するぞ」


「ヴィ……ロ?」

夕飯にナイーゼに呼ばれ、エナがナイーゼの家に戻ろうとしていた時、見慣れた外はね髪の後ろ姿を目にした。しかし振り返ったヴィロの顔を見るとエナは一瞬立ち止まった。作業着に着替えていたヴィロは首からタオルを提げ、少し砂で汚れた白いティーシャツの袖を捲り上げ、緑の作業パンツを着たいでたちだった。

「お、お疲れ様です……」

ヴィロは深くため息をついた。

「ほんとにな……」

二人は並ぶと、ナイーゼの家へゆっくり歩いて向かった。

「今ならバッチリ、村に馴染んでますよ」

「それは、慰めてくれてんのか?」

「あは、は……」

「……にしても男達も早く戻って来ないと、女だけでこの仕事はきついぞ」

「ですよね……」

エナがそう呟いてナイーゼの家のドアを開けた。中からは夕食のいい香りが漂って来る。家の戸を閉めるとナイーゼがキッチンの方から現れた。

「二人共、お疲れ様。夕飯出来てるよ」

エナは手伝います、と言ってキッチンへ行った。ナイーゼはエナにお皿を運ぶように言うと、ヴィロを見た。

「食べる前にまずは着替えておいで。部屋に着替えは置いているから」

「助かります……」

疲れた様子のヴィロを見てナイーゼが苦笑する。

「すまないね。あんたみたいな体力のある働き者の若者達が、今この村にいないから。みんな無理を言ってるだろ?全部引き受けなくてもいいんだよ」

ヴィロは外はねの明るい茶髪の髪を掻きながら、ナイーゼの顔を見た。

「まぁ……男達がいつ戻って来るのか分からないんじゃ、仕方ないですし。ナイーゼさんも遠慮せず、出来る事は何でもしますよ。体力が続く限りは……ですけどね」

そう言ってにっと笑うヴィロにナイーゼは瞳を数回瞬かせた。

「あんたはちょっといい男過ぎるね。女達が騒ぐのも無理もない。もう一人の方くらい、相手をしなかったらいいのに。」

「……レイルの事ですか?でも、逆にあのクールさがいいって受けるんだよなぁ。あいつ、気づいてんだか……」

そう呟くヴィロを見てナイーゼが笑った。

「さ、早く着替えておいで。外も暗くなってきたし、もう誰も仕事を頼まないだろう。安心して休むといいよ」

ナイーゼの言葉にヴィロは頭を掻きながら言った。

「その言葉を聞いて、正直ほっとしてます」

どこか照れたようにそう言ったヴィロを見てナイーゼは笑った。

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