3-2
「さすが、レイルとクレアだな」
ヴィロがそう言うとレイルが正面に座るヴィロとその隣のエナを見た。
「お前達は感情で突っ走り過ぎだ。まったく、こっちの事も考えろよ……任務中だぞ。それに引き受けるにしろ、これからの旅の事も考えて行動しろ」
「う……すいません」
「まぁまぁ。いいじゃねーか。人助けと思って……な?」
「…………」
「まぁ、にしてもさ……」
そう呟いてヴィロは時計を見た。あと数分で出立時刻の1時だ。しかしナイーゼは戻って来ない。
「ナイーゼさん、遅いな」
するとクレアは席を立って買出しメモを手に取った。
「見てくるわ」
三人が頷くのを見るとクレアは部屋から外へ出て行った。レイルは斜め前に座るエナの顔を見る。
「エナ、お前は夜までナイーゼさんの手伝いを」
「分かりました。レイルは……」
「俺は村の警備に入る。小さな村だ、造作もない……昼間はな」
そう言ってレイルは冷えたコーヒーに口をつけた。ヴィロはふと気づいて隣に座るエナと正面に座るレイルの顔を交互に見た。
「ちょっと待て。俺は?」
「お前はもう決まってる」
「は?」
ヴィロの疑問にレイルとエナが視線を合わせた。
「それはあれだ」
「ええ。言うまでもありませんね」
ヴィロが分からないように首を傾げるとレイルがぼそっと呟いた。
「村の警備はもちろんのこと、力も体力のある奴が畑仕事を手伝わないでどうするんだ?」
クレアはナイーゼの家を出ると話し声が聞こえてきたので、その声のする方へ向かった。すると村の中央広場に馬二頭からなる荷馬車があり、そのそばで三人の人影が一人の女性に詰め寄っているのが見えた。クレアがおそるおそるその人込みに近づくと何やら揉めている様な声が聞こえてくる。よく見ると実際詰め寄っているのは二人の男だけで、もう一人の眼鏡を掛けた黒髪の男は腕組みをして立っているだけのようだ。
「ですから、俺は反対です。そんな今日あったどこの誰だか分からない人間に村を任せるなんて。ナイーゼさん、正気ですか?」
「だいたい傭兵を四人もそんな事で雇えるはずがない。きっと、何か企んでますよ。だいたい……」
「黙んなさい!」
それまで黙って聞いていたナイーゼが大きな声で彼らの声を消し男達を睨み付けた。
「そりゃあ、あんた達が言いたい事も分かるよ。でもね、どうしようもないだろ。今さら追加注文の依頼を断るって言うのかい!?この村のお得意様の店なんだよ!?」
「そ、それは……」
赤毛の紺の服を着た男がそう呟くとナイーゼは彼に大きな声を出した。
「ベン、何ビクビクしてんだい!あたしはねぇ、この村の女達から了承を得て話をしてるんだ。まったく、女達の方がよっぽどしっかりしてるよ。ちゃんと仕事しないで、どうやって生活していくって言うんだい!?それにねぇ、あたしは村長の娘だよ。旦那がいない間はあたしが村長だ。それでも言うことが聞けないってのかい?」
ナイーゼの言葉にさすがの男達も口を噤んだ。しかし男達の納得していない表情と不安そうな顔を見てクレアはその輪の中に入り込んだ。男達はクレアを警戒するような目で見ると、ナイーゼが振り返ってクレアの顔を見て謝った。
「クレアさん……悪いね、嫌な思いをさせて。うちの村は滅多に人なんて来ないから、特によそ者に敏感でね。警戒心が強いんだよ」
クレアはちらっと男達を見るとナイーゼを見た。
「いいえ。彼らが警戒するのも当然だと思いますよ。知らない人間に村を預けるなんて、なかなか受け入れられるものではありませんからね」
クレアはそう言うとこちらを睨み付けている男達に近づいた。
「それで、どうすればよろしいですか?出て行けとおっしゃるなら、我々は出て行きます」
クレアの言葉に男達は複雑そうな顔をした。人手不足なのは事実で、村を女子供だけにするのは不安であるのも確か。しかしこの人達を信用していいものかも分からない。だからと言って、お得意様の依頼を無視するわけにもいかない。どうしたものか……
「ではこうしよう」
突然、今まで沈黙していた三十代後半くらいの眼鏡を掛けた男が答えた。
「ネルターさん?」
紺色の服を着た二十代後半くらいの茶髪の巻き毛の男が彼を見てそう言うと、次の瞬間ネルターと呼ばれたその男性は意外な事を口にした。
「この村を君達に任せようじゃないか」
「何を……!ネルターさん!?」
赤毛頭のベンが驚いて声を上げる。
しかしネルターは一度瞳を閉じると、再び茶色の瞳を開けてクレアの顔を見た。
「だが……君には私達と一緒にダハラまで来てもらおう」
その言葉にその場にいる全ての人が驚いて沈黙した。
「人質……ですか?」
クレアの返答にネルターは眼鏡を上げた。
「人聞きの悪い。でも、そう言った方が分かりやすいかな」
「……分かりました」
ナイーゼは驚いてクレアの顔を見た。しかしクレアはネルターから視線を外さない。
「万が一、戻って来た時に私の仲間がこの村に何か危害を与えるような真似をしていたら……私の首を刎ねるなり憲兵に突き出すなり好きにして下さい。」
「なっ!?」
「そのための人質でしょう?」
男達はその申し出に動揺を隠せないでいるが、当の本人は至って顔色一つ変えていない。
「私があなた達と一緒にいる限り、この村の安全は保障されます。そう言う事ですよね」
「ああ、そうなるな。ベン、ロンガ。どうだ?」
「………………」
「………………」
沈黙して一向に口を開く様子もない彼らを見ると、今度はナイーゼの方を見た。
「ナイーゼさんも、いかがですか?」
「こんなやり方、ほんとは好きじゃないがね……」
「それは私もです。でも……」
ネルターは男二人に視線を向けた。ナイーゼも男二人を見るとしぶしぶ了承した。
「分かったよ。好きにおし」
「……待った」
その時赤髪のベンと呼ばれていた男が口を挟んだ。クレアは彼の顔を見た。
「俺からも条件がある」
「条件?」
「あんた達の武器を、こちらで預からせてもらう」
ベンは鋭い瞳でクレアを睨みつけた。
「いきなり現れたよそ者に、凶器を持たせたままうろうろさせるほど俺達も馬鹿じゃない。それが条件だ」
ベンもクレアもそのまま視線を反らそうとはしない。
張り詰めた雰囲気の中、ナイーゼが思いっきりベンの頭を拳で殴った。突然の出来事にその場にいる全員がぎょっとしてナイーゼを見、ベンは頭をさすりながらナイーゼを怪訝そうに見た。
「村の警備を頼むのに、武器を取り上げる?そんな馬鹿な話があるかい!それでどうやってこの村を守ってもらうと?そんな馬鹿な条件、却下だね」
「でも……!」
「でも?丸腰で村の警備をなんて、よくも言えたものだね。あんたが村を心配しているのはよーく分かった。でもねぇ、それ以前に自分がどれだけ無茶苦茶な事を言っているか考えな!」
ナイーゼの声が響き渡った。しかしナイーゼ自身、ベンが言う事にも一理あるという事は分かっていた。今日知り合ったばかりの他人が、本当に村を守ってくれるのだろうか。不安は誰にでも、もちろんナイーゼにもあった。しかし今は緊急事態で、彼らを監視したり追いやったりする事は懸命ではなかった。今はクレア達を信じるしかないのだ。
しばらく様子を見守っていたネルターはやれやれと肩を落とし、クレアの前に来ておもむろに右手を差し出した。
「何はともあれ、とりあえず自己紹介をしよう。私はネルターだ。赤毛の奴はベン、それからそこの巻き毛はロンガだ」
どこかまだぎこちない空気の中クレアはネルターの手を取った。
「クレアです。よろしくお願いします」




